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第一章
暗殺者
しおりを挟むドンッ、ドンッ、ドンッ。
重苦しい音を出しながら太い木の棒が藁人形に打ちつけられた。
カナトは怒りを発散するように何度も棒を振るい、ありったけの力をぶつけた。
「クソッ!」
ダンッと棒を地面に突き、額の汗をぬぐう。
荒い息継ぎをしながら怒鳴られた場面を思い返す。ぎゅっと唇を噛み締めた。
「……もう勝手にしろ」
棒を担いで休憩しようとした時、「カナト!」と呼び止められハッとして声の方向を振り向く。アレストが手を振りながら走ってきた。
驚いたが、すぐに口をへの字に曲げる。
「なんだよ」
近くにきたアレストは手に持った包み紙を差し出した。
「厨房からもらってきた焼き菓子だ」
「は?」
「さっきは悪かった。八つ当たりをしてしまったことは本当に……不本意だった」
カナトは目を細めてその様子を眺めた。菓子を受け取って先に行く。アレストは受け取ってくれたとうれしそうに顔を上げたが、何か思い出したようにカナトは足を止めた。振り返って、
「ありがとうございました。アレスト坊ちゃん」
アレストの笑顔が固まった。そして困惑したように眉を寄せ、何か言おうと口が開く。その前にカナトは行ってしまった。
アレストはさっきカナトが使っていた藁人形を見た。顔部分に張り紙がされており、『性格の悪い若造』と書かれている。
その張り紙を見て思わず笑いそうになる。
会ったばかりの頃のカナトを思い出したのだ。当時は勤務態度が悪いせいでメイド服を着させ、そのせいで性格の悪い若造と呼ばれた。
なんだか懐かしくなって張り紙の表面をなでる。
「こんな難しい字も書けるようになったんだな」
カナトは昔から悪ガキみたいだったが、変なところで大人ぽい。とはいっても周りから突出したようなものではなく、あくまでふとした瞬間、雰囲気が年相応に見えないことがある程度だった。そして稀によくわからない単語を言ったり、変な習慣がある。
アレストは八つ当たりしたことを後悔するも、時はすでに遅かった。カナトへの理解だけで言えば、
「あれは、一定期間は怒るな」
木の上に登って焼き菓子をボリボリ食べていたカナトはなぜさっき素直に許すと口にしなかったのかを後悔していた。
「こんな時期に仲違いしてる場合じゃないのにな」
だが、ちんけなプライドがこのまま素直に許すのは気にくわないと言っている。
姿勢を崩して悩ましげにボリボリ食べる。やがて焼き菓子がすべて食べ終わった。
包み紙を折りたたんでズボンポケットに入れようとする。だが包み紙がはらりと下に落ちた。頭を出して下をのぞいたその時、シュッ、シュッと二種類の風切り音が聞こえ、コキンと金属音を出した。さっきまで頭がいた場所に何か刺さっていた。
カナトの髪が二本落ちていく。
固まっていた体を動かして首を回すと、木に刺さっていたのは小さなナイフだと確認できた。もう一つの風切り音があったが、それもナイフかどうかはわからない。
瞬時に全身を悪寒が走り、ぶわりと毛が逆立つ。
なんなんだこれ!?
いきなり不穏な事態にカナトが混乱する。
怖くて木から降りていいのかどうかわからなかったが、その後特に何か起こるということはなかった。
襲われたナイフを持ってカナトが自室で悶々とする。
なんでこんなものが飛んで来るんだ?
事務室で報告を聞いていたアレストはトン、トンと机の表面をたたいた。
「石でナイフを弾いたのか?」
「はい」
「それじゃあ、カナトは平気だったんだな?」
赤茶髪の暗殺者はこくとうなずく。
「引き続きカナトの周りを守ってくれ」
「………っ!?」
「僕のことはいい。カナトを狙ったやつを引きずり出さなければな」
窓際に立って下をのぞく。仕事中の使用人が慌ただしく通り過ぎていった。
「以前カナトに彼自身を守るほどの力はないと言われたことがある。今もあるわけじゃない」
アレストは振り返って自分の暗殺者を見た。どこか仕方なさそうに笑って言う。
「だから他の人の力を借りるしかない。今日は少し言いすぎた。怒らせてしまったからな。たぶんしばらくは会ってこないだろう。そのあいだきみに彼の安全を頼みたい」
「………はい。お任せください」
暗殺者はドアの外から足音が聞こえ、素早く身を闇に潜り込ませた。
翌朝、カナトはメイドから替えようの茶器を丸ごと渡された。
緊急の仕事があるからアレストのために持っていけないらしい。
カナトはトレーを持ったまま廊下にぽつんと立つ。
「いや、昨日喧嘩したばかりなんだけど……」
散々悩んでからため息をつき、大人しくアレストの事務室へ行った。
ノックして返事を待つ。
「入ってくれ」
許可をもらってさらにため息をつく。
くそ、入りたくねぇな。
ドアを開けると部屋の主人は頭を下向きながら何かを書き込んでいた。
部屋の中に妙な沈黙が訪れる。いつものあいさつがないと不思議に思い、アレストが顔を上げた。カナトを見てその目が少し驚きに見開く。
「カ、カナト?きみが来てくれたのか?」
「……言われて来ただけだ」
渋々といっと様子でいつも使っていた休憩スペースにトレーを置き、慣れない手つきで紅茶を入れる。
ソーサーを持って満杯に入れた紅茶をこぼれさせないように慎重に運ぶ。アレストもその様子に固唾をのんで見守った。
ソーサーがことんと机に置かれるとどちらからともなく安心した吐息がもれる。
「次からはしなくていい」
「なんだ。上手くできないからじゃまなのか?」
「違う!そういう意味じゃない!」
「そうかよ」
ぶすっとした表情でカナトは部屋を出て行こうとする。出る直前で振り返り、
「失礼します」
とそれらしく言ってドアを閉めた。
ダメだなこれは。
アレストは椅子に座り直して息を吐き出す。
そして自分がカナトに八つ当たりした理由を思い出した。
ただ単に、失敗を前に悔しがるというみっともないところを見られたくなかった。
八つ当たりをしたのは部屋を見繕ったあと、自室で朝に届いた未開封の手紙を読んだことが原因である。
ずっと冬に来るだろう飢餓に備えていろんなところへ手紙を出して協力を仰いだ。もうすでに半年ほど続いている。やっと少し解決が見えて来たところでユシルという存在が出て来たのだ。
すべての準備と努力が水の泡になったのは言うまでもなく、協力相手たちからは、散財しなくてよかったな、いい弟を持った、という内容とともにユシルとアレストの関係を何気に探ることが書かれていた。
ユシルの出現、努力の無駄に加えて父親の態度。すべてが一気に襲いかかった。
アレストは今までにない空虚感と挫折を感じた。そして周りの態度にもわずかな怒りを感じる。とはいえ貴族としてこれらを返信しないわけにもいかない。
貴族……とつぶやいてアレストが目を覆う。自分の出自を思い出して思わずフッと笑う。
部屋の中に低く抑えられた笑い声が響いた。
◇—————————————————————
明日は可能であればお昼と夕方に更新予定です!
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