転生と未来の悪役

那原涼

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第ニ章

黒髪の兄

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最近、カナトの親兄弟を名乗る人が増え、さらには親族まで出てきた。

避ける理由が見つからず、事務室に来たカナトはクッションに顔を埋めながらもたれるように座った。

「大丈夫?紅茶入れようか?」

「いいのか?」

この場にユシルもいる。実践として仕事に関わっていた。そのため茶器に手を伸ばそうとしたのを見てアレストが止めた。

「それなら僕がやろう。ユシルは先に帳簿の計算をしててくれ。明日には商会との話し合いもあるし、忙しいだろ」

言いながらもすでに休憩スペースへ来て紅茶を入れ始めた。それをカナトの前に押し出す。

「ほら」

「あ、ありがとう」

つい最近まで避けていたため、なんだか態度もぎこちなくなる。ちなみにこの期間の避けに気づいていないのか、アレストは一度も触れない。

「最近疲れているの?」

ユシルが訊くとカナトは乗ってきたのか自分の苦労を話し始めた。

「聞いてくれ、ユシル。俺の親と名乗るやつらがもう四組いるんだよ!さらに姉が1人、兄が2人、生き別れの弟が1人と出てきてんだぞ!あり得ないだろ!俺が記憶ないのをいいこと全員ナメやがって!しかもわざわざ髪を黒染めにするんだぜ?わけわからん!毎回呼び出される気分にもなれよ!」

ばふんと体を背もたれに投げ出す。

「解決策なら2つある」

手元の書類に視線を落としながらアレストがおもむろに言った。

カナトがパッと身を起こす。

「ま、マジなのか?」

「ああ。一つはきみの偽物両親を雇うことで他をあきらめさせる。もう一つはきみが家族の記憶を戻したと言って偽物たちを減らすことかな。後者のほうが秘密を守れる人が限られるが、ほんの少し期待を込めてあきらめる人は完全にはなくならないだろう。記憶が戻ったと言って親を雇うのもありだ。こっちのほうが確実なのもある」

カナトは真剣に考えた。

このままずっと親だ兄弟だと言われてたかられるのもめんどくさい。

アレストの言う通り後者は少し問題が残るが、かと言ってわざわざ金を使ってまで対策することはない。

そもそもの話、自分ですら自分の身分がなんなのかよくわからないのだ。

「記憶が戻ったってことにするか。今より減ればいいし、金使うことないだろ。俺の金だし、もったいないし」

するとアレストは笑った。

「ははは!カナトには使わせないさ。僕が雇うよ」

「俺の問題だからいいって」

「いや、毎回屋敷まで来られるのも迷惑だし、いい機会だと思うけどな」

そう言われてまた悩み始める。それを見かねてユシルが口を開いた。

「とりあえずカナトが言ったみたいにまずは家族の記憶が戻ったことにしない?それで様子見をしてまた対策をしよう。だって、カナトはあまりお金を使わせたくないよね?」

聞いていたアレストの手がぴくりと反応する。まるで自分よりカナトの考えをわかっている物言いに少しイラつきを覚えた。

まったく気づかないカナトはうんうん!とうなずく。

「それでいい!そうするか!後々対策すればいいしな!」

そこでノックが鳴った。

「入ってくれ」

アレストの許可を得てメイドが1人入ってきた。

「先ほど、カナトさんの兄と名乗るお方が来られました」

さっそく来たか!

カナトが腕まくりをして臨戦態勢に入った。

「よし!記憶戻ったって言ってきてやる!」

怒気満々で接客室に向かったカナトは思い切りドアを開けた。

中にいた人物は振り返ることなく手の中の紅茶を見つめ、そしてゆっくりテーブルに戻してからやっと顔を向ける。

どこか陰湿な目がカナトをとらえた。その目に一瞬体が動かなくなる。

だがすぐに我に返り、カナトはその向かいにどかっと座る。

「テメェも黒髪染めか?言っておくけど、もう家族の顔は全部思い出しーー」

「カナト」

「あ?」

「お前の名前だ」

1秒経ってからカナトが苛立たしげにチッと舌打ちする。

「そんなの、知っている人もいるだろ。俺の存在がそもそも市民のあいだで知られているし」

どうやらこの“兄”は演劇派ではないらしい。一組目の夫婦のようにハルロとかテキトーに考えた名前を使って、いろいろ偽過去をさも本当のように言う人たちがいる。

そこへ遅れてアレストも現れた。

「なんでお前が来たんだ?」

「ちょっと心配でな。やっぱりきみの主人としてこの場に居合わせようと思って」

「そうなのか?いいけど……」

仕事まだ残ってるだろ。

兄と名乗る青年もアレストを見た。カナトの隣に座るまでの動きを目におさめてから姿勢を正す。

「カナトの兄、シドです」

「カナトの主人、アレストです。兄だとおっしゃるようですが、いかんせん最近偽物が多く、何か証拠はありますか?」

いつの間にかアレストが話を進め始めた。

「証拠になるかどうかわかりませんが、カナトの背中に傷はありませんか?背骨の近くで縦にある傷跡です」

カナトは驚いてシドを見た。

「なんで、知ってるんだ?」

「……お前の兄だからな」

聞いていたアレストはちらっと横目にカナトの反応を見た。

「じゃ、じゃあ他にも何か言ってみろ!」

「小さい頃、お前がよくつぶやいていた単語たちがある」

「単語?」

「そう、単語。すまほ、まんが、じてんしゃ。正直なんなのかわからないが、いつも言っていた。覚えてないのか?」

カナトが固まってしまった。

イントネーションこそ妙におかしなところがあるが、それらは間違いなくスマホ、漫画、自転車である。

どういう、ことだ?なんでこいつがそんな単語を知っている?本当に兄なのか!この世界の!?

カナトは開いた口が閉じれず、シドと見つめ合った。

やっぱり、この体に入ってしまった?じゃあ、なんで来てないはずの小さい頃にスマホを知っているんだ?どういうことだ?もしかして、14あたりにこの世界に来たわけではない?

「カナト」

「ハッ……あ、アレスト。どうした?」

「平気か?固まっていたから」

「うん……平気」

口を覆いながら、カナトは自分の出自にとてつもない謎を感じた。

その後はとりあえずシドを送り返し、カナトとアレストは事務室へ戻った。

ユシルが帳簿から顔を上げる。

「2人ともお帰りなさい」

「ただいま!」

「どうだった?」

カナトはユシルの向かいに座るとあったばかりのことを話した。

「本当にお兄さんだったの?」

「んー……まだわからないけど、古傷の位置とか、俺がよく言っている単語とか知ってたしなぁ」

「そうなんだ。本当に家族だったらいいね」

ガシャンーー

カナトとユシルは驚いて音の出所を見た。アレストが申し訳なさそうに笑って言う。

「ごめんごめん。手が当たってしまったみたいだ」

そう言って床に落ちて割れたカップとソーサーを拾おうとする。

「おい!俺がやるから!」

カナトは慌てて駆け寄ってその手に触れる。

「お前が怪我したらどうするんだ」

「大丈夫だよ。カナトのほうが怪我しそうだけど」

「お前な、ここに使用人いるだろ。お前は仕事してろ。領地巡りだって近いのに怪我するな」

幸いカップの中身が空だったので、カナトはハンカチに破片を乗せながら片付けた。小さい破片はほうきがないとダメだが、大きい破片だけでハンカチはいっぱいだった。

なんとか怪我せずにできた!と思ったところで、ハンカチで包もうとした時に親指を切ってしまった。

「あ……」

なんでいつもこうなる?

アレストはカナトの切ってしまった指を見て手を伸ばした。手首をつかんで顔に持っていく。

「消毒しないとな」

そう言うとぺろっと傷口をなめる。

「お、お前!」

しっ、とアレストが人差し指を口の前に持っていく。目線でユシルのいる方向を示した。

今2人は事務机の裏にいることでユシルからは何も見えない。強いて言えばカナトの足が見える程度である。

「カナト?何かあったの?」

「あ、いや!なんでもない!」

「そうなの?」

「そうそう!ユシルは仕事に集中してくれ!」

「わかった」

ふう、とカナトは安堵の吐息をもらす。そして目の前で笑う人をにらんだ。

だが、にらまれた人はただカナトの手のひらに顔をこすりつけながら傷口をなめた。

くすぐったさと恥ずかしさにカナトが震え出す。

「……っ」

口の形だけで、離せ、と作ってもアレストはまるで理解してないようにちゅ、と傷口を吸った。

それに恥ずかしさが沸騰したカナトはせっかく拾った破片を捨てて、無理やり自分の手を引き寄せた。

素早く立ち上がって事務室を走り去っていく。

ふたたび地面に落ちた破片を見つめながら、アレストは消えた温もりを惜しむようにしばらく動かなかった。

「に、兄さん?さっき、カナトが」

その声に浮かんだを笑みを引っ込め、顔に一瞬だけ影を落とす。

そして立ち上がった頃にはもういつもの笑顔に戻した。

「大丈夫だ。手を切ってしまったみたいだから処置しに行ったんだろう」

「手を切ったの?大丈夫かな」

「ユシルが心配しなくても大丈夫なはずだよ」

「そっか……」

アレストはカナトが出て行った時に閉め忘れたドアを見つめた。

思わずなめとった血の味を思い返す。

血まで甘美だな。本当に、カナトの何もかも愛おしく思える。








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