転生と未来の悪役

那原涼

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第ニ章

事故

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3日経った頃、カナトは全快した。

しかし、同時にとんでもないことを聞いた。アレストとユシルが領地巡りをする途中、馬車が事故を起こして転倒しらしい。その際、ユシルは頭を打ち昏睡状態に陥った。ただ、ユシルをかばったアレストはかすり傷程度で済んだのが不幸中の幸いだった。

カナトは厨房でそのことを聞き、慌ててアレストの事務室へ向かった。

「アレスト!!」

ドアを開けるなり名前を呼ばれ、事務机の前にいるアレストはやや驚いていた。そしてペンを置き、カナトの前に来る。

ドアを閉めてカナトを抱きしめた。

「お前!怪我したのになんで仕事してんだ!」

ちなみにユシルは今イグナスのところにいる。

「少しこのままでいさせてくれ。それと、約束のお菓子を持ち帰れなくてすまない」

「もうお菓子とかどうでもいいって。なあ、平気なのか?」

「僕は見ての通り何もない。でもカナト、きみも怪我したと聞いたが、何があった?」

アレストはその静かな瞳をじっと向けた。勝手に屋敷を出た後ろめたさにカナトは目線をそらす。

「その、エルサから聞いたのか?顔と腕の傷はただ訓練中にできただけだ」

「風邪も引いたらしいな。きみこそ平気なのか?」

「俺のことは全部お前に報告がいってんじゃないか?」

「まさか」

アレストが肩をすくめて笑った。カナトは目をすがめたが、すぐに思い出す。

「それでさ、ユシルが昏睡状態らしいな?大丈夫なのか?」

休憩スペースに座ったアレストは優雅に紅茶を入れて飲み始めた。

「さあ、本人は辺境伯に引き取られたからな。気になるのか?」

「それは、まあ……心配だろ」

なんだか、こいつ機嫌いいな。

「心配か……」

「な、なあ!その、領地巡りはどうなるんだ?」

「ああ、終わらずに帰ってきたからな。でも心配ない。もともとユシルのために急に入れた予定らしい。また次の機会にすればいい」

「なるほど、それはいいな……じゃあ、俺は部屋に帰るな!」

「少し待ってくれ」

ドアを開けようとしたカナトは振り向きざまに大きな影に包まれた。

ゆっくりとドアに手をついて、カナトを自分の影で覆ったアレストは穏やかな笑みで手を伸ばした。

冷たい手がカナトの頬をなでる。

「僕の心配はもうしないのか?」

「し、したから来てるだろ。なんともないみたいだけど」

「この後は屋敷を抜け出してユシルに会いに行くのか?」

カナトが思わずぎょっと目を剥いた。本当にするかどうかはともかく、確かにその考えはあった。

思わずごくりとのどを鳴らす。

「その、まさか!ハハハ!」

だが、アレストはただ穏やかな笑みを浮かべたままカナトの頬を片手で包む。

「僕はあの人が嫌いだ」

ほんの少し、見つめ合う2人のあいだに沈黙が流れた。

カナトの頬に冷や汗が流れる。急にカラカラとなったのどから言葉が発せられなかった。

どういう意図で今それを言われたのかわからない。

「そ、それは……」

「馬車の前に飛び出してきた人がいてな、おかげでユシルの代わりに僕が途中までの報告書を作らないといけない。父様は今ユシルを見に行くために屋敷にいないけどさ」

どこか仕方なさそうに言ってアレストは離れた。そして事務机の前で振り返る。

「だから、僕はあの飛び出してきた人は嫌いだ」

「………な、なんだ!そういうことか!話の流れでてっきりユシルのことかと思っただろ」

「仮に、嫌いな相手がユシルだったらどうする?」

カナトが言葉につまった。

なぜか今のアレストはかなり攻撃的に思える。

「嫌い…なのか?」

俺は何をわかりきったことを。

アレストはただ笑顔で椅子に座り頬杖をついてカナトを見る。

「きみは僕の専属使用人だ。僕の考えを知って理解して欲しい。きみはそうでなければならない」

「………何が、言いたいんだ?」

「確かにユシルは苦手だ。あの顔も、声も、目線ですら苦手だ。だからきみにも好きになって欲しくない。わかるか?」

アレストは初めてここまではっきりとカナトにユシルへの思いを話した。そのことにカナトは胸騒ぎがした。

もしかして領地巡りで何かあったのか?

居心地が悪くなり、カナトは逃げ帰るように事務室を出た。

1人残ったアレストは椅子の背もたれに体を預けて、しばらく考え込むように黙った。そしてこの部屋にいるが、姿を現してないもう1人を呼んだ。

ひじかけにトン、トン、トンと指先を打ちつける。静かにカーテンの端が揺れ、アレストのそばで1人の青年がひざをついていた。

「カナトの行動報告書は見た。お前の考えが知りたい」

暗殺者は迷ってからゆっくりと口を開いた。

「カナト殿はおそらく『コドク』の暗殺者だと思われます」

「根拠は?」

「シドという人はハエの名を冠する生存戦の生き残りです。もう知っておられるかと思いますが、我々はそれぞれの名を冠する生存戦で命を賭けます。最後の1人になるまで終わりません。シドの言葉から察するに、おそらくカナト殿とシドはハエの名を冠する生存戦の最後の2匹でございます。どちらかが死ななければハエの名は継がれず、その名を賭けて新しい生存戦が開かれます。そうなれば終わらなかった生存戦の生き残りは排除される決まりです」

「つまり、お前はカナトを殺すつもりなのか?」

暗殺者は小さく息をのんだ。

「いいえ、しません。あなたの意思に背くようなことはいたしません」

「それでいい。お前は僕を裏切るな。いいな?」

「……はい」

部屋の中にまた静寂が訪れた。

すでに暗殺者の姿はいない。

アレストは昔からカナトの身のこなしが良かったことを思い出す。盗み食いで逃げるために窓に張り付くことはもちろん、専属使用人としての勉強期間も窓から飛び降りて脱走することがあった。

フッとした笑いがもれた。

きみの謎は多いな。でも僕はそんなきみのすべてが知りたい。誰にも奪われないように……。

そのために、すべきことはただ一つ。

アレストは机の上に広がるいくつかの書類の上に指を乗せた。

何かを守るためなら自分だけの勢力を伸ばすことが必要だ。

カナトが読んでいた小説の中では、アレストの有能さと闇堕ち過程において、孤独であることが必要だった。

その有能さを表すためにすべてのくわだてはアレスト1人の力で成してきた。しかし、カナトと出会ったことでその1人でしなければいけない考えに変化が訪れた。

アレストはますます笑みを深める。

病的な色がにじみ出り、机上の紙類がすべて横へどかされる。

机に手をついて胸に触れる。

「この鼓動も、きみだからこそ感じる」

邪魔なものは全部、消してあげるから……だから全部忘れて僕だけのことを考えろ。カナト!



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