転生と未来の悪役

那原涼

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第ニ章

ユシルの変化1

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領地巡りの事故から1週間経ってもユシルは帰ってこなかった。

カナトはますます心配になって心ここにあらずな状態が続いた。

しかも心配から事務室に通い続けてもアレストとの会話はほとんどない。原因はぎこちないカナトの態度のせいにある。

今日も事務室にいたカナトは息抜きと言って抜け出してきた。

すうと息を吸い込んで溜めていたものを吐き出す。

もう庭にまで出てきていた。壁に手をつきながらつぶやく。

「ダメだ。やっぱり小説の内容自体思い出せない。そもそも紅茶店の売り上げが出てくる前にこんな事故あったか?」

紅茶店の利益でユシルの評判はさらに上がり、アレストの嫉妬も上がるはずである。しかし、原作にあったかどうかわからない事故内容にカナトは混乱していた。

さらにこんなにも早くアレストが心の内を話すとは思わず、もはや反応の仕方もわからなかった。

仮にユシルが帰ってきたとして、自分は今までのようにユシルに近づくなという意味だろうか?アレストの言葉を振り返りながらカナトはうなる。

「うぅ、ダメだ!スマホが欲しい!!内容確認したい!!」

ダダダッという足音に続いて、

「貴様今なんと言った!!」

「うおぁあっ!!」

驚きすぎてカナトが飛び上がった。

心臓を押さえて振り向くと、すごい形相したイグナスが立っていた。

「な、なんで……あんたが……」 

だがイグナスは大股に近づいてカナトのえり首をつかみかかった。

「今、なんと言った!」

「な、何が?」

「すまほだ!なぜその言葉を知っている!」

どういう意味だ?

カナトはまだ状況を整理できずに目をしばたたかせる。

「どこで知った!」

イグナスの力が強すぎて、カナトはシャツのえりが首に食い込んで締められるような感じがした。

「おっ、落ち着け!俺も何がなんだかーーおぉあ?」

息苦しさが急に和らいで、体を誰かに抱き込まれた。

「ケホッ!ケホッ!」

カナトが涙目で見上げると、アレストが自分を抱き寄せていた。

「辺境伯、何をしているのですか?」

アレストの顔に笑顔はなかった。

イグナスも少しばかり冷静になれたのか、肩で息をしていたが次第に呼吸が落ち着いてきた。

「ユシルが目覚めた」

カナトがパッと振り向く。

「マジか!よかったな!」

だが、イグナスの表情はなぜか晴れない。

「……よくわからない言葉ばかりをつぶやくんだ」

「どういうことだ?」

カナトはアレストの腕から抜け出してイグナスに向き合った。その苦しげな顔を見てただ事じゃないと気づく。

「目が覚めてから人が変わったようによくわからない言葉ばかり言う。俺のことも、周りのことも何一つ覚えてない」

カナトは自分でもいやな憶測を立てた。さっきイグナスが言ったなぜスマホを知っていると問う場面、そしてユシルの状態。二つを合わせて考えると背筋が凍る。

「ぐ、具体的に何を言ってたんだ?その、スマホ以外に」

「自分はユシルではない、ここはどこだ、かいしゃに遅刻するなどと繰り返していた。聞いたこともない言葉ばかり言う。だからこの言葉たちがなんなのか、何か手がかりはないかと今日伯爵に尋ねようと思ってな。そしたらたまたまお前が同じ言葉を言っていた」

かいしゃって、やっぱり会社だよな?

カナトは口を覆ってその場をぐるぐる回った。

どういうことだ?ユシルの体に誰かが入った?俺と同じような状況か?でもなんでだ?この事故でユシルに何かあった?いや、この物語にそんな部分は絶対ない。何かあったとしても誰かが体に入ったとか、そんな重要な内容を忘れるはずがない。

カナトは自分でも気づかないうちに眉間に深いシワを刻んでいた。アレストはぴとっと指をその眉間に置いた。自然と回るのも止まる。

「え?」

「カナト、考えすぎだ。そんなに考えなくていい」

スッとその目がイグナスを見る。

「カナトは確かに昔からよくわからない言葉をつぶやく子だったけど、きみのユシルとは関係がない。巻き込まないでくれ」

「お前……ッ」

イグナスの赤い目に怒りが湧き上がった。対してアレストはただ薄ら笑みを浮かべている。2人を見比べてカナトは慌ててその視線のあいだに体をはさみ込んだ。

「待て待て!そうだ!とりあえずユシルに会わせてくれないか?な!!」

「……それもそうだな」

イグナスはアレストを一瞥すると馬車に向かった。振り返り、

「早くついて来い」

「今から!?」

「当たり前だろ」

「わ、わかった!」

だが、ついていこうとするとぱしっと手首をつかまれた。

「な、なんだ」

「カナト」

思わずその呼びかけに少し前、事務室で言われたことを思い出す。カナトは困ったように眉を寄せて目線を泳がせた。

だがイグナスが将来アレストを殺すと知っているためか、ここでついていかないのは得策じゃない気がした。それにユシルの状態も正直気になる。

「ごめん、アレスト。やっぱり行かないと。大丈夫だ!離れないから!ちょっと見てくるだけだ!ほらそれに、ユシルにもいっぱい助けてもらったことあったし?困った時はお互い様?てやつ?」

「……わかった。僕もついて行く」

「え?」

アレストはにっこりと笑って続けた。

「カナトを1人にするのは不安だ。それにユシルも僕の大事な弟だし、確かに容態は気になるな」

帰ってきてから一度もユシルの容態を心配する言葉や素振りのない人がそう言うとどうにも違和感がある。

せめてカナトの前でそのような様子はない。

それゆえに、カナトは頬を引きつらせてうなずいた。

「わ、わかった……」


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