転生と未来の悪役

那原涼

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第ニ章

ユシルの変化2

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一行がイグナスの郊外にある邸宅に行くと、ユシルの部屋の前で足を止めた。

「ユシルはこの中にいる。……混乱しているからあまり刺激するな」

「わかった」

カナトはうなずいてドアをノックした。

だが中から何も返事がない。見かねてイグナスが声をかけた。

「ユシル、お前が言っている言葉を知っている人を連れてきた。入ってもいいか?」

部屋の中、ベッドの上でうずくまっていた人物がぴくりと動く。ひじが後ろにぶつかってギシンと音が響いた。

その音を聞いてカナトは息を吸い込むと声量を上げて言った。

「なあ、会社って楽しいか?俺はずっとアルバイトばかりで、やっとタクシードライバーとして正式採用される時に川に落ちたんだ!お前はどんな仕事しているんだ?なんだっけ、あれだあれ!社畜って聞いたことあるが、お前は?」

バカな質問だとは思うが、たぶん向こう側には伝わったはずだ。カナトは期待しながら待った。

すると、ゴトッと音がしたあと「入れ!」と悲鳴に近い、しぼり出したような声が響いた。イグナスは驚いたようにカナトを見る。

やっぱり伝わった!社畜とかタクシードライバーとか絶対この世界にないもんな!

「じゃあ入るぞ!」

「待て!お前だけだ!お前だけ入ってくれ!」

「わかった!」

イグナスとアレストに目配りするとカナトはドアを開けた。

ドアを後ろ手に閉めながら見ると、天蓋付きのベッドの横で1人の男が地面に座っていた。

淡い緑かかった金髪がこの人はユシルだと物語っている。だがその顔はやつれ、酷く怯えているような表情はあの柔らかい雰囲気で微笑む人と似ても似つかない。

「ユ、シル…じゃないよな?」

「違う!」

叫んでからユシルではない誰かは口をふさぎ、ドアに目線を送ると慌ててカナトの手を引いてベッドそばへ来る。

「お前もなのか?お前も現代人なのか?」

「現代人……やっぱりお前もか!ちょっと待て!じゃあユシルはどこに行った!」

「この体の主なら寝ている!」

「どういうことだ?」

「俺もよくわからないけど、自分が寝るとこの体の持ち主の姿が見える。意識のなかと言えばいいのかな?何もない暗い場所でずっと寝たまま起きないんだ。ただ……」

「ただ?」

「何かをつぶやくことがある。反動とかつぶやいていた」

反動?繰り返してカナトが何かに気づいた。

そういえば、占いをしてもらった時に言いすぎると反動なんとかみたいなこと言ってなかったか?

これが!?と開いた口が閉じなかった。カナトはまさか自分も原因の一つだと思わず、イグナスにだけは知られたらダメだと思った。

「い、いいか!その反動って言葉絶対あの黒髪赤目のやつに言うな!いいな!」

そこでカナトは目を細める。

「もし言ったら、必ず恐ろしいことになる」

俺が!

だがそうとは知らず、自分の身に起こることだと思った誰かはこくこくうなずいた。

「言わない!でもどうすればいい?俺はもう3日も会社を無断欠席したんだよ!」

「心配することそれか?バカだろお前」

というか目覚めたの3日前か。イグナスもなす方法がなくて伯爵邸に来たんだろうな。

「とにかく、今はしっかり食べて寝る。いいな?もうやつれてきてんじゃねぇか」

「無理だ。食欲がない」

カナトは落ち込んだその肩を引き寄せて言った。

「テメェ……それ誰の体かわかってんだろうな?」

「えと、ユシル?」

「そうだよ!この小説の主人公受けユシルだ!」

さすがに外に聞こえられるためここは声を落とすしかなかった。

「小説?なんのことだ?」

「ここがBL小説の世界だからだ!知らないのか?」

「びっ!?そ、そうだったのか……どおりであの赤目男の態度が……くっ、小中高大主席で入学卒業して有名大企業にも就職できたのに!人生が輝きを増しているときに何が悲しくて男とイチャつかなければいけないんだ!!しかも受け側だなんて!ふざけるな!」

カナトがジト目になった。

こいつ、なんかイラつくな。経歴が俺とまるで真逆じゃねぇか。

「声落とせって。外に聞こえられたらまた面倒なことになるぞ」

誰かはパッと口をふさいだ。

「俺はカナト。お前は?さすがに2人だけの時はユシルって呼ぶわけにはいかねぇだろ」

「俺のことはカツラギでいい」

「よし、カツラギだな。とりあえずお前は頭打って記憶が混乱したことにしろ!」

「都合がいいな……まあ、それが一番だろうな。俺はまだもとに戻れるのか?」

「死んだんだろ?戻れないだろ」

「え?」

「え?」

「死んでないと思うぞ」

「じゃあどうやってこの世界に来たんだ!!」

「俺はエレベーターに乗った時に突然強い光に包まれて、目が覚めたらこの体に入っていた」

俺と、違うパターン?いや、でも反動らしいし、同じじゃない可能性充分あるな?

カツラギはあごに手をそえて考え込んだ。

「うん。まとめるとこうだな。俺は小説の世界に転移させられたんだろうな。そしてこの体の持ち主はあの赤目男と恋人関係。中身が違うことをごまかすために記憶の混乱を装わないといけない。なるほどな。とりあえずこの体の情報が欲しい。カナトと言ったか?きみの知っていることを教えてほしい」

「お前……飲み込み早くなったな」

カツラギはふんっと鼻を鳴らした。腕を組んで、

「当たり前だ。前代未聞の事態に巻き込まれて色々と動揺したけど、俺は人生の勝ち組だ。エリートコースまっしぐらに進んで来たことをナメないでほしい。必ず帰る方法を見つけ出して俺の人生を取り戻す!」

やっぱりこいつムカつくな。

「まあ、知ってることは教えるけど、まず一人称換えろ。ユシルは私って言うんだよ」

「安心しろ。俺は優秀だ。とにかく情報をくれ。うまくやってみせる」

「自信あるなお前……」

しかし、とりあえずユシルは今のところ安全だということがわかってカナトは安心した。

もしこのカツラギが体に入ったことでユシルの意志がなくなることこそ最悪の事態である。










色々と話し終えて、聞いていたカツラギはうむとうなずいた。

慎重な顔で目を細める。

「この体の持ち主、つまりユシルは魔女。俺が入ってきたことも何か関係があると。なら帰る方法もある可能性が大きいな」

「本当か?ユシル戻れるのか!」

「可能性はある。こういった魔法だとか不思議な力とか、それらに対して何かしら打開策は出てくるものだ。じゃなければ物語として成り立たない」

あと、とカツラギはさらに目を細めてつぶやいた。

「このユシル、攻めという可能性はないか?」

「ない」

きっぱりと言われてカツラギはため息を吐き出した。

「だいたい理解できた。まあ、演技はやったことないけどできることはしよう。幸い何かあれば記憶が混乱したせいにすればいいしな」

そう言ってカツラギは両目の真ん中を押し上げるような動作をした。したあとに、あ、と気づく。

「今は眼鏡かけてないんだった。とりあえず外に出るか……なんか、騒いでいるぽいしな」

え?とカナトが振り返る。耳をすませると確かに言い争うような声が聞こえる。

あの2人喧嘩したのか!?やばい、アレスト!!







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