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第ニ章
ハエ
しおりを挟む夕方にさしかかる頃、シドが目を覚ました。
カナトは暖炉から離れられず、暖炉前のソファで寝ている。いつもひざに乗ってくる猫たちは知らない人に警戒してまったく出てこない。
ちょうどカナトの目が覚め、背伸びをした時にわずかな音が聞こえた。
「んあ?シド?起きたのか」
ベッドの上で寝ていたシドはパッと起き上がろうとした。だがすぐに異変に気づく。
「手足縛っているから動こうとするな。自分を殺そうとしたやつを野放しにするわけないだろ」
カナトは手に小型のナイフを持ちながら近づいた。
「これ、お前のだろ。よくも木の上にいた時にナイフ投げてくれたな?」
シドは何も言わずにカナトを見返していた。
「助けてやったんだ。一言くらい感謝しろ!頼んでないとか言うなよ?死にかけで名前呼んできたのお前だからな!」
「……なぜ助けた」
はあ?とカナトは顔をしかめる。
「俺が知るか……。これでもう殺してくるなよ。助けてやったんだ」
「わかった」
「そう言うとおも………え?」
「わかったと言った。もう殺さない」
そんなに素直とは思わず、そもそも恩とか感じて感謝するような人に見えないため、手に持ったナイフが落ちてしまった。
慌てて拾いあげて突き出す。
「お前何を企んでいる!」
シドは顔をそらしてため息を吐き出した。
「企んでない。もう殺す意味がなくなった」
「どういう意味だ?」
「俺がなぜお前を殺そうとしたのか、知ってるか?」
「知るわけないだろ!むしろこっちが訊きたい!」
「だったら教えてやる。……俺のことは覚えてるか?」
「覚えてねぇよ」
「そこから説明するか」
カナトは警戒しながらも耳を澄ませる。シドはぽつぽつと独り言のように話し始めた。
「俺とお前はもともと『コドク』の暗殺者だ」
「なにっ!!俺がなんだって!?」
最初に飛び出してきた言葉に驚いてカナトが声をあげた。シドはわずかに不満げに顔をしかめて続ける。
「うるさいから黙って聞け!はあ……『コドク』はもともと身寄りのない子どもを本人の意志問わずに捉え、生存戦と呼ばれる戦いをさせる。基本的な技を教え、食料と水を与えず暗い部屋に閉じ込めて殺し合いをさせ、残った最後の子どもが虫の名前を与えられる決まりだ。その生き残った子どもにもっと高度な暗殺技術を教えるやり方で『コドク』は組織されている」
それならカナトもおぼろげながら覚えていた。だが、まさか自分が暗殺者という身分なのは思わなかった。
「そしてハエの名前を賭けた生存戦の生き残りは俺とお前の2人だけだ。いや、2匹と言ったほうがいいな。俺とお前のどちらかが死んでしまえば残った人がハエの名前をもらえる」
「ハエって……お前そんな名前が欲しかったのか……」
「欲さなければいけない環境だった……その中でお前は逃げ出した。逃げて拾われ、飼い主に可愛がられていた」
言い方になんかおかしさ感じるな。
首を傾げたカナトに構わず、シドはただ淡々と続けた。
「お前の飼い主は貴族だからな。貴族相手に商売もしている組織は基本貴族に手出しがしにくい。特にお前は可愛がられているからなおさら難しかった。だからずっと機会をうかがっていた」
カナトは少しおかしさを感じた。今度は言い方にではなく、その機会という部分である。拾われる頃から狙っているならばいくらでも殺す機会はあったはずである。3年も経って、暗殺と思しき場面はたった2回しかない。どう考えてもおかしい。
「暗殺しようとした頃、予想外なことが起こった。どうやらお前の身の回りに誰かがまとわりついて守っていた。たぶん水路でお前を助けたあの人だ」
カナトはそろそろ話の内容に頭の容量を使い切ろうとしていた。
どういうことだ?まとわりついて守っていた?まとわりついて?誰が?アレストの暗殺者が?
カナトはあの日、素顔を隠して水路そばで助けてくれた人物を思い返した。身のこなしの良さとわずかに見えた髪色で作中に出てくる暗殺者なのではないかと思っていたが、改めてその事実を裏付けるような話をされるとやはり驚く。
「ちゃんと聞いているのか?」
「え?ああ、聞いているから続けろ」
「……まあ、あれが与えられた最後の機会だった。でも失敗した。だから『コドク』は俺を処分することにした。これがお前を殺してももう意味がない理由だ。と言っても、誰かが俺の居場所を告げ口したせいで、お腹の傷がふさがらない内に殺されかけそうになった」
「告げ口って、お前って恨まれてるな。でもさ、失敗したからと言ってなんで処分なんか……一応暗殺を3年も待ってくれたようなとこだろ?」
「しびれを切らした組織が新しいハエの名前を賭けた生存戦を開くつもりだからだ。そのため生き残りは必要じゃなくなった。それだけのことだ」
「最悪な組織だな!!子どもをさらっておいて酷い仕打ちした挙句用済みだからって殺すのか!殺し返せよ!」
「できるならやっている!というか吠えるな!傷に響く!」
カナトははたと口をふさいだ。すぐに、自分がこの人に気をつかう必要あるか?と思い直して手を外す。
「けどお前の言う通り最悪な組織だ、あそこは。……お前も気をつけたほうがいい」
「あ?俺は狙われないんじゃないのか?」
「狙いにくいだけだ。お前の飼い主がずっと猫可愛がりしてくれるならいいが、そのうち飽きられたら……」
シドはそこで言葉を切ったが、カナトにもその後に続く言葉がなんとなく想像できた。
『コドク』に狙われる。絶対そうだ。
「一つだけ教えておく」
「なんだ?」
「これは狙ってきた他の暗殺者から聞いたが、どうやらムカデという名前の暗殺者がお前を狙っているらしい。おおかた組織に命令されただろうけど、本当かどうか関係なく気をつけたほうがいい。お前を狙うなら身近にいる人が暗殺者の可能性がある」
カナトは冷や汗を流していた。
身近も何も、ムカデってアレストの雇っている暗殺者の名前じゃねぇか!!
固まったカナトを見て何を思ったのか、シドは目を伏せて息を吐き出す。
「今の生活がいいのか?」
「当たり前だろ!」
「俺の首を持って『コドク』に戻れば狙われずに済む」
「戻るわけないだろ。殺人業に就きたくねぇよ」
そもそも生前が殺されたようなものである。
「そうか、わかった。……少し眠い」
言うなりシドはもう目を閉じた。
静かになったのを見てカナトは部屋を出ようとした。
ドアに手が触れる直前に口を開く。
「ひとつだけ、訊いていいか?」
しばらくしてから、なんだ、と返ってきた。
「俺ってさ、人を殺したのか?子どもを……」
答えが返ってくるまでカナトは指先が冷えていくのを感じた。
「………お前は」
ごくりとのどを鳴らす。
「殺してない。あの生存戦で誰も殺してなかった」
聞いた瞬間、カナトは息をつめていたことに気づいた。ほっとした息を吐き出して、
「そっか!よかった!じゃあ、夕食持ってくるから待ってろ!」
ドアがガチャリと閉められた。
ベッドの上にいたシドは腕を目に乗せ、拳をきつく握りしめる。
いつの間にか解いた縄はシドの手によって床へ投げ捨てられた。
………お前は誰も殺してない。全部俺が、俺がした。
シドの脳裏に長らく思い出さないようにした記憶があふれかえった。
全部1人の少年の姿で埋め尽くされている。よくわからない単語ばかりを言うその少年はシドがゴミ捨て場から拾い上げた子どもだった。
鬱陶しく思いながらも少しずつと成長を見てきた。
だがすぐに自分の境遇を思い出した。
死にたくない、殺されたくないーー
シドからフッと笑いがもれる。
「……最悪だな」
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