転生と未来の悪役

那原涼

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第ニ章

発狂1

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カナトが夕食を持って部屋に帰った頃、シドはすでに姿を消していた。

めくれた布団の下と床には手足を縛っていたはずの縄が捨てられ、開かれた窓から雪が吹き込んでいた。












長い冬がもうじき過ぎ去ろうとしていた。ヴォルテローノ領は春を迎えるために色々と準備が始められ、カナトもそわそわとし始めた。

春時期は社交シーズンであり、貴族たちが首都に集まってパーティー、情報交換、婚活と様々なことをする。

アレストも成人を機に毎年その集まりに参加し、専属使用人としてカナトもついて行った。

もちろん使用人らしいことはできないので、毎回参加するたびに遊び呆けている。パーティーで出されるお菓子や首都の街を回るのがおもな目的だった。

しかしーー

「なんでだよ!!」

事務室にカナトの悲痛な叫びが響く。アレストは申し訳なさそうな顔で笑っていた。

「すまないな、カナト。やっぱり今年は少し難しいかもしれない」

「理由は!?」

「ユシルが行くからな。その補佐で手が離せないかもしれない。別の領地で問題が起きたから父様はしばらく来れない可能性があるし、今年に限って友達と一緒の邸宅で過ごすことになったんだ。だからかなり忙しくなると思う。すまないな、カナト」

カナトはぐぐぐと口を引き結んで泣きそうになる。

そもそもお前を1人にするのが心配なんだよ!というかお前が言ったじゃねぇか!心を許せるような友達はいないって!なのに一緒に過ごすような相手って誰だよ!

そう言っても、アレストに友達が新しくできたのはわかっていた。アレストは冬のあいだかなり忙しく動いていた。普段の仕事に加えて、いきなり今まで習ってきたことの全てをユシルに再教育し、そのかたわらで友達と会っていた。

そしてアグラウに関してはアレストの交友関係に特に口出しもせず、黙認を貫いている。そして本人もカナトには何も言わないのでいまだにその友達が作中に出てきたどのキャラなのかまったくわからない。そもそも本人に友達がいたのが驚きである。

加えて社交シーズンの期間にアレストはユシルと一緒の邸宅で過ごしていたのか、それとも別々の邸宅で過ごしていたのかもわからなくなってきた。

ただ、話し方によると2つの邸宅を行き来するようである。物語通りなのか、それともカツラギや自分の出現てオリジナルな展開になったのかも判然としない。だからカナトはどうしてもついて行きたかった。

そしてついに最終の技として事務机に突っ伏して「行きたい!行きたい!行きたい!」と足をバタつかせながらただをこねた。

「カナト……」

「お前と一緒にいたい!!」

「………っ……!仕方ないな。じゃあ来るか?」

「行く!!」

バッと顔を上げたカナトが事務机から降りてガッツポーズをする。

「よっしゃあ!!」

その茶番劇みたいな展開を休憩スペースで聞いていたユシルことカツラギはただ無言で書類をテーブルの上でトントンとそろえた。

俺はいったい何を聞かされているんだ?












廊下でカツラギとカナトは並んで歩いていた。

「いつまでついて来る気なんだ……」

「暇だろ?」

「お前だけは、だろ?こっちの身にもなってほしい。事務室を出る直前のあの雰囲気に気づかないのか?」

「なんのことだ?」

カツラギは頭痛するように片手で額を押さえた。

「正直に訊くけど、お前本当にアレストの闇堕ちを阻止するつもりあるのか?」

「当たり前だろ!」

「しっ!今廊下だ。声そんなに出すな」

「……そうだな」

「頼むからしっかりしてくれよっ。まったく、この前アレストが誠実で明るい少年だったっていう話してくれただろ。あれについてよく考えてみた」

「マジか!俺頭悪いから今アレストがどんな段階なのか知らないんだよなぁ」

「だろうな。とりあえず」

カツラギは廊下の左右を見てカナトの腕を引くとすぐ近くの空き部屋に入った。

中身はなんの家具もない、用途もわからない部屋である。

「いいか、カナト。アレストはすでに闇堕ちしている可能がある」

「………ん?」

「ん?じゃない。闇堕ちしかけそうだとか、寸前のところにあるわけじゃない。すでに堕ちているって話だ。まあ、可能性の話……待て。聞き返したいのはわかるが話のテンポが乱れるからまず聞け。あんたが言っただろ?一番怪しかった場面があると」

「うん。雪山から帰ったあと、アレストがアグラウに呼ばれた時」

「そう。本来ならあの時期は恨みがある程度なんだな?でも本来演技上手なアレストがあきらかに内心を表情に出していた。間違いないか?」

「間違いない。あれがけっこう怪しかったけど、その後、特にこれといったあきらかな反応はないけど……」

「本当にないのか?あの日のことをよく思い返してみろ。アグラウに呼ばれた以外何か異変はないか?」

「特にはないぞ?でも直前までユシルと話していたことかな」

「それだ」

カツラギは表情を厳しくした。

「この世界が小説の世界なら、お前はイレギュラーな存在だ。本来のアレストには心から尊敬する人がいても信頼する人はいない。尊敬する父親は実の息子ばかりひいきし、利益を重視する貴族は価値のない“養子”からどんどん離れていく。そこへ敵対相手の嫌がらせや裏切りがあって悪役として完成するはずだ。なのに、カナト、あんたが現れたんだ」

カナトは緊張から知らずのうちに体が強張った。

本当にカツラギの言う通りなら、もしかしたらアレストの闇堕ちに自分が大きく関わっているのではないかと考えてしまう。

その思いを証明するようにカツラギは続けた。

「この世界で唯一アレストの信頼できる人になり、こんな状況でも常に周りにいた。まあ、言葉にしなくても日頃のあんたたちを見ているとわかることだけど。だからこそ、アレストはあんたに執着している可能性がある。それがあの日の変化、つまり感情のむき出しに繋がったと考えられる。ユシルが現れてから父親は実の息子ばかり見て、しかも雪山で他の貴族からちょっかい出されていたんだな?それを加えて考えるとすでに悪役として形成される初期段階に来ている。そこへ本来いないはずあんたがいることでアレストの心境に変化が訪れたはずだ。やけに距離が近かったり、ユシルへの思いを想定より早く打ち解けられたことが証拠だ。だって、この段階ならまだ恨みがある程度なんだろ?」

カナトはカツラギの言うことをよく考えてみた。

「つまり、あの日は俺がユシルと話していたのが問題だった?」

「やっとわかったか!」

「じゃあ今度からちゃんと許可を取って話しかけたらいいってことか?」

カツラギが思い切り頭を押さえて下唇を噛んだ。

初めて怒りで窒息しそうになった。

「本当に……アレストの思いに気づいてない、のか?」

ないはずの持病の発作のしかけで声が震える。

「つまり俺に執着しているってことなんだろ?今まで勝手にアレストが嫌いなユシルに話しかけたりしたのが問題ならちゃんと許可取ればいいって話じゃないのか?」

「……お前は、本当に今まで生きてきて何を習ってきた?そんなわけあるか!もうユシル、今は俺だけど、もう話しかけるなってことだよ!」

「なんでだ?」

「ああ!もう!」

頭を雑にかき回してカツラギはギロッとにらんだ。顔を近づかせて言葉を噛み締めるように言う。

「もし今のアレストが闇堕ちしていると仮定して、大嫌いなユシルに話しかけるお前を見てどう思う?裏切られた?奪われた?どっちもあり得る。なんなら俺を見る時の目をちゃんと観察してみろ。あれに嫉妬の感情があるとわかれば俺の言っていることに共感できるはずだ」

「嫉妬?俺ってアレストにとってかなり特別だな!」

「目をキラキラさせるな!真面目な話だ!俺はなんでお前みたいなバカにこんなこと話してんだ!そうだよ!お前はあの人にとって特別だ!もともと国王を手玉に取ったり、父親を毒殺すらできる人なんだろ?完全に闇堕ちするのはその後らしいが、よく考えろ。そういう人が思いつきでどんな行動に出るのかを」

カナトは重苦しい雰囲気で黙り込んだ。

「あと、これも注意したほうがいい。父親、アグラウだっけ。その人の毒殺がもとのシナリオ通りに進むとは限らない。いきなり毒殺という可能性もある。俺やお前というイレギュラーがどんなバタフライ効果を生み出すのかわからないからな。俺は嫌われているし、お前は執着されている。どう考えても危ない。アレストが悪役と知っているからかもしれないが、あの笑顔が胡散臭くて寒気すらする」

「じゃあさ、今後なるべく話しかけないからさ、お願い聞いてもらってもいいか?」

「どういうことだ?」

「俺話しただろ。ユシルとイグナスのファンだって。今後ほとんど話しかけられないなら今俺の手を握ってカナトがんばれって言って欲しい!もちろんユシルらしく健気に言ってくれ!」

もはや行くところのない怒りが一周回って冷静になり始めてきた。カツラギは目を覆って、わかったわかった、と手を振る。

「手を出せ」

「ほら!」

カツラギがカナトの手を両手で握りしめた時だった。突然カナトの後ろでドアが開けられ、驚いたカナトがそのままカツラギに抱きついた。

「何をしているんだ?」

ドアの向こうにいたのはアレストだった。






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