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第ニ章
社交シーズン
しおりを挟む春は貴族にとって社交シーズンである。
特に成人を迎えた男女が顔合わせをする婚活シーズンでもある。
ただをこねてついて来たカナトは少し後悔をしていた。
カナトはアレストの隣に座り、ななめ向かいにはカツラギがいる。重苦しい沈黙の中でただただ下をうつむいた。
なんで来たいとか言ったんだろ……。
「カナト」
「なっ、なんだ?」
「到着後はとりあえず支度をして一緒に来て欲しいところがある」
「いいけど、どこだよ」
「首都にある友達の邸宅だ」
首都のお城周辺は貴族の邸宅で埋め尽くされている。社交シーズンになるとこの国のいろんなところの貴族たちが集まる。そして社交シーズンが終わるとまた自分の領地に戻る。
つまり、一定期間はあの屋敷に帰れない。
カナトはすでに屋敷が恋しくなった。
あの日、アレストにヤンデレ属性があるのではないかと疑った日から観察してみたが、観察しなくても確実に病んでいた。
部屋を一緒の部屋にしたり、カナトの一日のスケジュールを把握しようとしたり、少しでもユシルに笑いかけると酷い嫉妬を見せたりと、接するのにとてつもなく精神を使った。
ちなみに、あの日のことをカナトはアレストの発狂事件と呼んでいた。
ついて来たいと言わなければ今頃解放されて自由にできたのにな、そんなことをつらつらと思ってしまう。カナトは自分の愚かさにため息をついた。
とはいえ、アレストの口から出てくる友達が誰なのかも正直気になる。
馬車が目的地につくと、ひしめくように大きな邸宅たちが並んでいた。
そのうち、真っ白な外壁に色とりどりな花が花壇に植えられた邸宅の前には、すでに数日前から到着しているメイド3人と男性の使用人1人が立っている。
馬車を降りたカナトは目を剥きながらその男性の使用人を見つめた。
赤茶色の髪に誰かを思い出しそうになる。アレストが雇っているムカデという暗殺者だ。
小説の中の描写だと頬には傷があるはずである。しかしどう見てもこの使用人にそんな傷はない。
考えすぎか。ムカデが使用人として働くシーンなんてなかった気がするし。
カナトはアレストに言われた通り支度を終えると一緒に出かけた。
歩きながら周りを見ると、同じようにわざわざ首都まで集まってきた貴族たちがいる。その中に赤髪のやつを見かけた気がしたが、カナトは見なかったことにした。
ちなみに2週間後にはお城でのパーティーがある。参加する貴族たちはそれまでに首都へ到着しなければならない。そして、お城のパーティーが終わると今度は貴族同士でパーティーの催しが始まる。
貴族同士のパーティーでは色々と気をつけなければいけない点があったが、教えてもらったはずのカナトは一つも覚えていない。
「ここだよ」
そう言ってアレストは同じ白壁の邸宅前で足を止める。
待っていたとばかりにどこからともなくメイドが現れた。
「……ヴォルテローノ家のアレスト様と専属使用人のカナト様ですね。お待ちしておりました」
暗い雰囲気のメイドがすくそばにいたことに死ぬほど驚いたカナトはバッとアレストに抱きついた。
「お前どこから現れた!」
同時に周りから「きゃ」と小さな声が聞こえてきた。見渡すと、貴族令嬢と思しき少女たちが控えめにカナトたちを見つめていた。
そうだった!あの本の影響があったんだ!というかまだその影響続いていたのか!
「……申し訳ありません。驚かせるつもりはなかったのですが…主人がお待ちです。中へどうぞ」
邸宅の中へ招かれたカナトはまだアレストに抱きついていた。邸宅内の雰囲気にビビりながら震えている。
お化け屋敷かここは!
「なんでこんなにも暗い色にしたんだ?」
「内装のことですか……?それは主人の好みです。素敵ですよね」
素敵か?
素敵箇所がまったくわからないカナトは何かがいきなり死角から飛び出して来るんじゃないかという恐怖に怯えながらアレストにびっとりとくっついた。恐怖から腰に手を回されたことにも気づいていない。
「あ、あのさ、お前……えーと名前なんて言うんだ?」
「私ですか?私のことはシアンとお呼びください。それで、ご用件はなんですか?」
カナトはどうしてもこのメイドの口から出てくる“主人”の名前が知りたい。いったい小説のどのキャラなのか把握したかった。
「その、お前の主人の名前って……」
「フェンデル様です」
………知らねぇなぁ。
まったく知らない、もしくは覚えていない名前だった。
誰だっけ?そんな名前の人いた?
案内されるまま一階の接客室へ来た。シアンはコンコンコンと軽くノックした。
「フェンデル様、お待ちの方がいらっしゃいました」
「通しなさい」
「失礼します」
ドアを開けたシアンは道を開けて浅く頭を下げた。
「お入りください」
カナトはアレストと中へ入ると、ソファから立ち上がった青年は穏やかな笑みで笑いかけてきた。
い、糸目キャラ!?
フェンデルを一眼見た瞬間からカナトは口を開いた。
絶対小説の中にいなかったぞ!!糸目キャラは絶対脇役じゃない!!いたら絶対覚えている!!じゃあ誰だお前!!?
カナトはこの作品の作者はただの脇役に糸目キャラを使うような人じゃないのは知っている。だからこそ作中では単語にすら出してない糸目キャラがいることに驚いた。
「おや?噂には聞いていたのですが、本当に仲が良いのですね」
「ああ。彼が僕の専属使用人だ」
「初めまして。私はフェンデル・トリテジア。以後お見知りおきを」
差し出された手に気づかず、カナトはポカーンとした表情で固まった。その時だった。アレストはカナトのあごをつかんで目を合わせた。
「そんなに見つめてどうした?」
笑顔なのに声がいつもよりワントーン低い。至近距離から見下ろされ、カナトはここに来て初めてこんなにくっついていたことに気づいた。
「あ、いや……思ったより普通の人だったから!」
抱きついた手を離してもアレストは手を離さなかった。カナトの腰に腕を置いたまま力込む。
「そうなのか?」
「もちろん!!」
カナトは腰を回して両手でフェンデルの手を握った。ぶんぶん振りながら、
「よろしくな!俺カナト!」
「はは、元気な方ですね。ところでカナトさん」
「なんだ?」
「お金に困っていませんか?」
「お金?」
「私は偶然にも銀行業をやっておりまして、いつでも、どれだけでもお貸しできますよ」
「いや、急になんの話だ?」
はたとカナトが固まった。
銀行業!?小説の中で出てきた、あの後々巨大化したナントカ銀行のやつか?
カナトは目の前で穏やかな笑みをした優しげな青年を見つめた。だが、なぜか不穏な何かを感じた。
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