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第三章
秋
しおりを挟む社交シーズンは終わりを迎えた。
その期間にヴォルテローノ家はたった1回しかパーティーを開かなかった。そもそも家に未婚の女性はおらず、かつ2回も王家主催のパーティーで“不慮の事故”に遭ってしまったため、それを理由にパーティーは多く行わなかった。その代わり、参加できるパーティー招待には参加し、社交での地位を保つことにした。それにはアグラウが少々不満気味だが、ユシルの状態も合わせて考えると本人はなんとか納得した。
ユシルのお披露目とも言えるパーティーを終えたせいなのか、カツラギは疲れ気味だった。馬車の中で終始無言で項垂れている。
カナトはちらりと隣にいるアレストを見た。部屋を同じにしてからずっと落ち着かなかったが、想像していたようなことは何も起こらず、普通に寝て、朝起きると抱きつかれている姿勢で目を覚ます。
そんなことが繰り返されているとカナトも慣れ始め、帰る頃になると自分から抱きつくようになった。もちろんそれは寝ているあいだ、無意識にやっているので毎回目を覚ます頃には驚いて手を離してしまう。
しかし、てっきりキスをしてそれ以上のこともするんじゃないかと心構えていただけに、何もされないとわかるとついつい気が緩む。
そしてうれしいことに、カツラギと話すこともわずかばかりだが許されるようになった。
そのまま平穏に春は過ぎて、短い夏が過ぎ、秋が到来したーー
「だから俺じゃねぇんだって!!」
「カナトさん以外に盗み食いなんて誰がするのよ!!」
「ムソクいるだろ!あいつは!?」
「首都でカナトさんから盗み食いを教えられて以来一回もしてないわよ!」
昼下がりの午後、メイドに追いかけられながらカナトは庭で逃げ回っていた。罪名は盗み食いである。
もうすぐ秋の狩猟シーズンになるので、収穫祭に向けて食材の買い込みが始まった。今年初の収穫祭は、例年通り敷地の大きいヴォルテローノ領にある狩猟場で開催されることとなった。そのために今から使用人たちは料理を考えている。それなのになぜか厨房から異国より取り寄せた柘榴がなくなっていた。これは由々しき事態である。
いつもより張り切って追いかけてくる厨房勤めの使用人のうち、メリンダという去年の冬に雇った狂女がカナトを追いかけていた。社交シーズンに首都へ来ていないはずなのに、なぜかムソクに盗み食いを教えたことがバレていた。
「今度は本当に俺じゃねーよ!!」
「嘘おっしゃい!」
「なんで信じねーんだよ!」
「日頃の行いでしょ!?」
カナトはぐうの音も出なかった。まさにその通りだからである。
「アレスト!アレストー!!」
「坊ちゃんに助けを求めるなんて卑怯よ!」
「だって本当に俺じゃねーし!」
カナトはメリンダをまくためにあちこち走って、障害物のある場所を狙って通った。そして見覚えのある場所に来るとカナトは迷わずに駆け込んだ。
「カツラギ助けてくれ!」
休憩スペースに駆け込んできたカナトを見て、カツラギは思わず紅茶を吹き出しそうになる。
春はほぼ終わりまで首都にいたため、ちょうどいい季節感で休憩スペースを利用できる夏秋は貴重だった。
とはいえ立地的に少し寒冷地に近いので、秋でも寒さ対策はちゃんとしなければいけなかった。
肩に毛布を羽織ったカツラギは休憩スペース内であちこち隠れ場所を探すカナトを半目で見つめた。
「今度は何をしたんだ」
「なんもしてねーよ!盗み食いって濡れ衣着せられて追いかけ回されてるとこなんだよ!」
「濡れ衣?お前でもそんな言葉知ってるんだな。というか盗み食いならいつものことだろ?」
「だから本当にしてないだっつってんだろ!」
「わかったわかった。こっちにメイド来たらいないってごまかすから、あっちに隠れてろ」
そう言ってカツラギは植物の壁を指さした。
「マジか!ありがと!」
言うなりカナトの姿は植物の壁の向こうに消える。
「はあ……」
成長しないやつだなぁ。
そこへメイドらしき人物が顔を出した。
「ユシル坊ちゃん!お邪魔して申し訳ありません。こちらに盗み食いの常習犯は来ませんでしたか?」
「………来なかった」
「そうですか……。失礼しました」
メリンダが去っていくとカナトが頃合いを見て顔を出した。
「行ったか?」
「行った」
ホッと息をつきながらカナトがカツラギの向かいに座った。
「危なかった。捕まえられたらまた1時間も2時間も説教されるんだよ」
「自業自得なのでは?」
「今回は本当に違うのに……」
どこかすねたようにカナトは唇を突き出した。日頃から子どもぽいところがあるためか、そうされると余計に子どもぽく見えた。なんなら可愛いとすら思えてくる。
……………………ん?
「ゲホッゲホッ!!」
「うお!?どうした!」
カツラギは激しく咳き込みながらなんとかこぼれそうな紅茶を丸テーブルに戻した。
自分の胸をたたきながらなんとか落ち着きを取り戻す。
「な、なんでもない………BLの世界が恐ろしいと思っただけだ」
「何言ってんだ……」
カツラギは気まずさをごまかすように何度もない眼鏡をくいくい上げる。
正気を保てカツラギ!男が可愛いわけねぇだろ!
「その、なんだ。盗み食いした真犯人は誰なのかわかるのか?」
そう言われてカナトは真剣に考え込んだ。
「いや、まったくわからない」
「お前に訊くべきじゃなかったな」
「なんだよ……でもなくなったのは柘榴らしい」
「柘榴か……」
確か柘榴ってバカの隠語として使われることもあったな、そう考えながらカツラギはどこか感慨深げにカナトを見つめた。
「まあ、真犯人は誰なのかはともかく、どうせいつものことだからそのうち追われなくなるだろ」
「だといいけどなぁ。あれ、収穫祭で出される予定の果物なんだよ」
「収穫祭な。それは大変なことで」
すっかり元に戻ったカツラギは優雅に紅茶を飲んだ。が、すぐにカナトの一言で固まる。
「なに関係ないみたいな顔してんだよ。お前も参加するんだぞ」
「なに!?俺も?」
「アレストも毎年参加していた。しかもほとんどの収穫祭で優勝してんたぜ?」
なぜかカナトが誇らしそうに腕を組んだ。だがカツラギはそんなのにかまっていられなかった。
「カナト……」
震える声にカナトが不思議そうにする。
「なんだよ。平気か?寒いなら部屋に入るか?」
「一つだけ聞く。ユシルの運動神経はどうだ?」
「ユシルの運動神経?普通だと思うけど」
「そ、そうか……」
「どうし……あ、まさかお前運動苦手なのか!?」
「そのまさかだ。俺は優秀で完璧な天才だが、唯一運動だけはできなかった」
「それはもう完璧とは言わないだろ……でも、体が違うからできるかもしれないぞ?」
「中身が違うからな。体の動かし方もよくわからない。なんとも言えないんだよなぁ。…………ちなみに俺の50m走記録は12秒だ」
「……は?50m走で12秒!?100mじゃなくてか!」
「100mを12秒で走れたらこんなに悩むわけないだろ!」
カナトはショックからなかなか戻れなかった。
「マジか……弓は引けるか?」
「引けない。触ったこともない。そもそも学校では文化部以外に入ったこともない」
「…………どうするんだ?」
「とりあえずあんたは運動神経いいんだっけ?収穫祭まで練習手伝ってほしい」
「いいけど、俺あんまり教え方上手じゃないぞ。中学の時、テニスラケットの振り方教えたやつがラケットを振り飛ばすようになったんだよ」
「………そうか」
………終わった。
収穫祭当日。
カツラギは猛特訓の後遺症…ではなく、努力の結果あって弓が引けるようになった。ただし、最初は真前で落ちる矢が、なぜか一周回って目の前に落ちてくるようになった。まことに摩訶不思議である。
「終わった……」
「カツ……じゃなくて、ユシルがんばれ」
「……ああ」
それぞれの席で休んでいたカナトたちは周りがどんどん人が増えていくのを見て、アグラウが立ち上がってカツラギを連れてあいさつをしにいった。
なんだかやけに小さく見えるカツラギの背中を見送りながらカナトは軽く頭を振った。そして隣のアレストを振り返る。と、本人が遠ざかるアグラウとカツラギを見つめたまま黙っていた。
そうか。そういえば毎回アグラウのジジィはアレストと一緒にあいさつしていたんだっけ。
「なあ、アレスト、あいさつなら俺が付き添うぞ」
振り向いたアレストは、声をひそめてくるカナトを見て思わず笑った。
「大丈夫だ。ちょっと余計なやつを見かけただけだ」
「そうなのか?」
同じ方向を見ると、なんとニワノエがいた。なんとか冤罪を晴らしたらしく、社交界にも顔を惜しげなく出すようになった。
あいつじゃないって思ったんだよな。
さらに見ると、驚くことに第二王子のフランもいた。その隣には見慣れない高い背の穏やかそうな男もいる。
「あれは第一王子のフレジアド殿下だ」
見かねたアレストが解説した。
「第一王子?そうなのか。通りで豪華な服着てるわけだな。雰囲気があのフランってやつとまったく違うな」
「王子をやつと呼ぶ使用人はカナトだけだよ」
「き、気をつける……」
「かまわない。あの人はただの目立ちたがり屋だからな。それに比べてフレジアド殿下はお人柄がよくできている」
どうやらアレストのなかでフレジアドへの評価は高いようである。そう思うとカナトの目にもフレジアドがより輝いて見えた。
小説の中で王家に関する描写は王様以外かなり少ない。
王子たちの名前もフラン以外ほとんど出てこなかった。
大丈夫か、これ。収穫祭で確か狩り用の獣に途中から迷って入った大型の鹿がいて、その鹿がフランを襲おうとしたところをユシルが助ける予定なんだけど、カツラギを見ると無理に思えてきたな。
大型の鹿が出たことで責任を問われるが、アレストが対処するも王子を助けたことでユシルが簡単に解決してしまう。
小説の内容を思い出しながらカナトはアレストに耳打ちをした。
「アレスト、頑丈な剣とか弓矢を使え、な!あとフランのやつ危なくなったら助けてやれ!そうすると恩を売れるからさ!」
「ははは!カナトがそんなことを言うなんてな。わかった。死にかけたら助けるよ」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
フラン、お前絶対死ぬなよ…じゃないとアレストの立場が悪くなる!
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