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第三章
収穫祭——対決
しおりを挟む次からもう少し真面目に仕事するか、と思ったことをカナトはすぐに後悔した。
後悔というより、合わない、そんな気がした。対決内容は使用人としての能力を問うものである。
ボトルからワインを注ぐ時の姿勢、ボトルの角度、ラベルの見せ方……一つの動作の細かいところの良し悪しを論議する貴族たちを見てカナトは宇宙になった気がした。
なんなんだ、コレ………。
それどころか、食器の置き方、置く順番、位置、すべてに厳しい審査が入った。テーブルクロスの折りたたみ方やつま先の向きさえ審査に含まれ、カナトはますます放心状態になる。憤りに任せて対決を受けるなんて言わなくて本当によかった。今なら確実にそう思える。
「お前がムソクを出させる理由がよくわかった……」
アレストはただ微笑んだ。カナトの耳に近づいてそっと言う。
「きみが仕えるのは僕だけでいい。他人のために動くな」
カナトはそれを冷や冷やしながら聞いていた。なんとかうなずくことで返事をする。
「そ、それより、大会棄権してよかったのか?」
「うん。本来参加予定のフラン殿下が事前辞退したから少しおかしいとは思ったけど、まさかこんなことになっていたなんてな」
「いったい誰からこっちのこと聞いたんだ?」
それに対してはただ微笑むだけで、アレストは何も言わなかった。
そしてしばらくして対決が最終段階に入り、ムソクがやや点数が高いところに来た。そこでやっとカナトが気づく。
そもそもムソクって教育担当必要か?
普通に考えて、王族の専属使用人と互角にやりあえるほどの人物が自分の、それどころか教育自体必要ない気がした。
カナトはちらりとアレストを盗み見した。
こいつどこでムソク見つけたんだよ。あんなやつが専属使用人になればアレストももっと肩の重荷が軽くなるよな。
カナトは少し悶々とした。
そして改めてムソクの正体が気になり始める。とはいえ、以前相手の顔をこすった際、メイクで傷跡隠しているのかと思ったがそんなことはなかった。
しかしムソクの目を見ていると、あの日水路で助けてくれたムカデらしき人物と似ていなくもない。何より髪色が同じだ。
シドを助けた時にムカデに狙われている話だったが、あれから何もなく平穏に過ごしている。しかも唯一命の危機を感じたのがアレストのせいである。加えて自分の身分とか、解けない謎がたくさんだ。
あ、ダメだ。考えすぎて頭が痛くなってきた。
カナトが手を持ち上げて額を抑えようとすると、その手をつかまれた。見ると、アレストが意味深い目でカナトの持っているものを見ている。
カナトも見たが、瞬時に目をそらした。
しまった!!
持っていたのはケーキである。お城のパーティーで毒入りワインを飲んでからお腹の調子はまだ完治していなかった。
アレストは充分にカナトの飲食を管理していたが、ほんの一回だけ、カナトが頑なに自分の部屋で寝たいと泣き落としを使った。許したその晩、カナトが厨房に入って残り物を盗み食いしていると食べ過ぎて腹痛を起こした。立っていられないほどの痛みに気絶し、次目が覚めるとベッドの上だったことがある。
それ以来、アレストはますますカナトの飲食に厳しくなった。厨房への立ち入りも禁止された。だが盗み食いは治らない。
「ア、アレスト……その、言い訳をーー」
「カナト。少しは食べられるようになったとはいえ、食べすぎはよくない。胃に刺激のあるものや消化しにくいものがあると負担がかかって腹痛になるだろ?見たが、渡した果物はほとんど食べているな。もう少し空腹になってから食べようか。ケーキは消化に悪いから僕が代わりに食べるよ」
有無を言わせぬ圧力にカナトは大人しくケーキを渡した。そして、お皿から取ったものは戻せないので目の前で食べられたのを見て血の涙を流す。
あのスケルだかストルだかわからないやつのせいで!!あいつさえ余計なことしなければ今頃食べれたはずなのにクソ!!あのナルシロン毛王子も許さん!!
カナトは思い切りフランをにらんだ。
しかし歯痒く観戦していたフランはまったくそのにらみに気づかない。むしろ今頭の中は激しい感情に占領されていた。
なぜだ!!なぜ一介の使用人が選抜された王族の専属使用人より頭一つ抜き出ているのだ!!あのムソクというやつ、絶対あのバカ黒毛が教育担当じゃない!調べてやる!調べてお前の使用人を奪ってやる!
ムソクを見てフランはフッと笑う。
しょせんは金だ。使用人が気にするのもようは金払いのいい主人かどうかだ。
そう思うとフランはますますムソクを欲しくなった。そしてムソクを手に入れる算段を立てる片隅で、カナトまでアレストから奪おうと考えた。
あのバカ黒毛を大事にしているのだろう?私が手に入れたらどんな顔をするのだろうな。楽しみだよ、アレスト。
フランは青い目を歪めて笑った。
そして程なくしてムソクは数点の差でストルに勝った。
カナトは手をたたきながらよろこび、ケーキの恨みと合わせてフランを見た。が、なぜかフランは笑っていた。少しも負けたことで悔しさを感じない顔である。
「アレスト、あの王子何も感じないのか?自分の専属使用人が負けたんだぞ」
何よりあんなに自分の身分に誇りを持っている人物が、自分の専属使用人が負けたというのに悔しさを感じないことが信じられない。
アレストもフランの表情に注目した。
「……ああ、そうだな。何か企んでいるような顔だな」
「マジか!もしかしたらまたいちゃもんつけてくるんじゃ……」
「どうかな」
アレストはほんの少し表情を暗くした。浮かんでいる笑みは変わらず、しかしその目から冷めた笑み以外のものは読み取れなかった。
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