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第三章
収穫祭——誘惑
しおりを挟む急遽な専属使用人バトルを終えたあと、会場の熱気はまだ収まらず、狩猟大会で誰が優勝するかの話に移った。
そのまま時間は過ぎて、夕方前に参加者と審判が帰ってきた。
なんと、あの事を起こすはずの大型鹿が第一王子とイグナスに狩られていた。
……化け物かあいつら。
ゆうに成人男性を超える高さのヘラジカみたいな鹿が斬首されている。
見ていられない淑女たちがいるせいで断面に素早く布をかけられた。
カナトは剣を持つ第一王子を見た。穏やかな顔に血痕がついている。駆けつけた使用人に血痕をふかれながらその目がふいにカナトと合った。
思わず顔ごとそらす。
フランに代わって第一王子が出ていたのか。
ちらっとのぞくとあきらかにカナトがいる場所へ向かってきた。
「きみはアレストの専属使用人なんだね?」
「は?はい」
「アレストはどこにいるのかな?」
その目が周りを見た。
「アレストなら飲み物を取りにーー」
「カナト……それに、フレジアド殿下。なぜここに?表彰台に行かないのですか?」
「おかえり。表彰ならまだ大丈夫だよ。発表するまでもう少し時間があるから。あとこれ。貸してくれてありがとう」
フレジアドは持っていた剣をアレストに渡した。
「いえ、お役に立てたなら何よりです。それではこれにて失礼します」
そのままアレストはカナトを連れて離れた。少し離れたところに来るとアレストは持っていたジュースのグラスを差し出した。
「はい、りんご味。しぼりたて」
「ありがとう」
カナトはジュースを一気に半分以上飲み込んだ。
「ぷはっ!あー、生き返った」
「欲しいならまたメイドに言うから」
「大丈夫大丈夫、一杯だけで充分!それより、お前第一王子と仲良いのか?剣を貸してみたいだけど」
「あー、さっきの。たまたま森の中で殿下に会っただけだ。剣が折れたみたいだから僕のを貸しただけだよ。………もしかして、嫉妬?」
「しっ……!?嫉妬なわけねぇだろ!!」
「顔が赤くなるところが本当に可愛いな」
「可愛いって言うな!」
カナトが全身の毛を逆立てるのを見てアレストはそれ以上言うのをやめた。
遠くでそのやりとりを見ていたフランはフッと笑った。周りを見渡してムソクの姿を見つけるとおもむろに近づいていく。
「きみがムソクでいいのかな?」
空になった食器の片付けをしていたムソクは無言で顔を上げた。
「……フラン殿下。何かお手伝いが必要ですか?」
「いや、ただきみの有能さに驚いてぜひ仲良くなろうと思っただけだよ」
「いえ。滅相もございません」
「それで提案なんだが、城で働きたくはないか?」
「いえ、今の職場を気に入っていますので、お気持ちだけいただいておきます」
フランはなんてことないように笑った。
「城にくればきみを私の尊属使用人にできる。給料もヴォルテローノ家で専属使用人になるよりずっと多い」
「すみません。まだ研修期間なので」
「研修!?春から雇われていると聞いたが……」
「はい。まだ研修中です」
誘いをためらいもせずに断られ、本当かどうかもわからない研修期間さえ持ち出されてフランは一瞬眉をひそめた。
「王族と一般の貴族じゃ使用人同士でも差が出る。それにきみほどの者があのカナトよりも地位が低いことに何か思わないのか?きみのほうが優秀なのは目に見えている」
「いえ、お言葉ですが(アレスト様にとって)カナトさんは(そこにいるだけで)優秀です。私自身もカナトさんが教育担当で後悔したことはありません」
「どうして断る?城に勤めることの何が気に食わない?」
「気に食わないのではありません。ただ契約上研修期間を無断でやめてしまえばそのあいだの稼ぎがもらえず、違約金も払わないといけません」
「そんなことか。それなら私が代わりに立て替えよう」
「それでもダメです」
「なぜだ!」
「今辞めてしまえば信用に関わります。他のところで働こうにも信用がなければ雇ってもらえません。この度はお誘いありがとうございます。まだ仕事が残っていますのでこれにて失礼いたします」
去っていくムソクをねめつけながらフランは奥歯を噛みしめた。
使用人ごときが!
だがすぐにその顔が笑う。
大丈夫だ。まだあのバカ黒毛がいるじゃないか。脳みそが抜けているようなやつだ。誘惑に勝てないのは目に見えている。
大会の優勝者が発表された。
例外なくイグナスだった。イグナスは勝利の言葉を「身に余る光栄です」とテンプレートみたいにすませて高台から降り、花冠を持ってユシルの前ーーを素通りした。
中身はカツラギだが絵面だけならイグナスとユシルである。
小説の中のシーンをじかに見れると思ったカナトは期待に胸をふくらませていたが、予想が外れたことで肩透かしを食らったように固まった。
イグナス何をやっているんだ!!浮気か!まさかユシル以外に好きになったやついるのか!中身は違うがソレ間違いなくユシルだぞ!!この(ピー)自分の恋人もわからなくなったのか(ピーー)(ピーーーー)お前ーーあれ?
放送禁止用語を使いながらボロクソに罵っていたカナトはピタリと止んだ。
なぜかイグナスがこちらに向かって来ているからだ。
まさか、という思いのもと、イグナスはカナトの目の前で止まった。アレストはちょうどケーキが食べたいとただをこねるカナトのためにいない。
なんでこっちに……。
「カナト」
「え?」
「これはお前にやろう」
会場からざわめきが広がった。どれほど大きいではないが、特にメイドたちの悲鳴がカナトの耳をつんざく。
「な、何言って……」
「カナト!!」
アレストは人前では滅多に見せない表情で呼びかけながら戻ってきた。戻ってきたアレストを見てカナトの全身からドッと冷や汗が吹き出す。
誤解される!!
「ユシルは!?」
イグナスはどこか意味深く笑い、花冠をカナトに手渡した。同時にアレストが勢いよくカナトの腕を引っ張り腕の中に囲う。
青い瞳と赤い瞳が空気中でぶつかり合い、見ていた周りの者たちが固唾をのんだ。先に沈黙を破ったのはイグナスのほうである。
「その花冠、好きなやつにあげろ」
そう言い残してアレストを一瞥するとユシルのもとへ戻っていく。肝心のユシルは手に持った何かを見つめており、まったくこちらの騒動に気づいていない。
カナトは首をギコギコ動かしながらアレストを見上げた。
「ア、アレスト……」
「ん?」
さっきと打って変わりその顔がいつもの笑顔に戻った。
その変化についていけず、カナトが花冠を渡そうとしたのを忘れかける。我に返った頃にはアレストはフレジアドの使用人に呼ばれて離れてしまった。
1人花冠を持ちながらぽつんとその場に立つ。
……渡せなかった。誤解、してないよな?
カナトの脳裏に思わず首を絞められた時の光景がよみがえる。それにぶるりと体が震えてしまった。
さっきのことで人目が多いと、休憩小屋の裏に行ったカナトはぼうとしていた。そこへ、ついてきたのかフランが姿を現す。
「あ、お前……」
フランは人の良さそうな笑みでカナトに笑いかけた。
「きみ、城で働かないか?」
「なんだって?」
「だから、城で働かないかとーー」
「行きたくねぇよ」
ムソクよりも話す余地がないほど、迷わずに断られてフランの笑みに亀裂が走った。
「これはどういう意味かわかっているのか?」
「引き抜きだろ?行かねぇって」
つーか、あんなことあって誘いにくるとか何考えてんだ。メンタル強いな。
「城の給料はーー」
「しつこいな!行かねぇって言ってんだろ!ます!」
また敬語使った使わなかったていちゃもんつけられるんじゃないかと思ったカナト慌ててますと付け加えた。
しかし、フランはそのことをまったく気にするほどの余裕がない。
「たかが平民のくせに図に乗るな!こんなこと他の人は二度とないんだぞ!お前みたいなやつにこんな機会なんてもう巡ってこないんだぞ!それなのに断るなんて……っ、何処の馬の骨とも知らない者同士くっついて傷の舐め合いでもしていろ!おぶっ!!」
カナトは思い切り花冠を投げつけた。
「言葉に気をつけろ!さっさと行かねぇと殴るぞ!!」
カナトの目が本気なのを見て、フランは思わず一歩後ずさった。
「……っ、平民こどきがっ」
吐き捨ててフランは表に出た。
ちょうど表でフレジアドと話していたアレストは視界の端でとらえたものにハッとした視線を向ける。
小屋の裏からたった今顔に耐えられない怒りを浮かばせながらフランが出てきた。
「アレスト?」
フレジアドが不思議そうに首を傾げた。アレストの視線の先を追うと自分の弟がおり、どうやら怒っているらしい。
しかし、アレストの視線はずっとその手に持たれているものに注がれていた。
花冠である。
なぜ、あのボンクラが花冠を………。
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