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第三章
収穫祭——終
しおりを挟む収穫祭から帰りの馬車でカナトは小さくなっていた。
先ほどからアレストが怒っているように思えるからだ。表情から無以外のものが見えない。
「その、アレスト……?」
試しに呼びかけてみると、アレストは口もとをほんの吊り上げながら振り向いた。
「どうした?」
「……怒っているのか?」
「なんでそう思うんだ?」
「いや……なんか、雰囲気が……」
「怒ってない。気にしなくていいよ。今日はただ余計なやつらに会いすぎて目が痛くなっただけだ」
「へ、へぇー」
怒っているぞ!!絶対怒っている!!俺何した!?
基本アレストがカナトの前でわかりやすいくらいに不機嫌になるのはカナト本人が何かしでかした時が多い。それをわかっているカナトは必死に何したのかと思い出そうとした。
思い出せ!思い出せ!……ハッ!もしかしてフランの野郎にお城で働かないかと誘われたの気づいた!?いや、だとしても断ったし、ここまで怒るのは違うような。
カナトは結局理由がわからず、最終の解決策に出ることを決意した。
緊張したようにもじもじとしたあと、馬車の中にアレストと2人きりなのを確認してその隣に移動した。
「ア、アレスト」
体を寄せて相手の反応をうかがう。アレストは顔を寄せてきたカナトをただ静かに見返した。
緊張はするものの、意を決したカナトは少し身を起こしてアレストに口付けをした。
相手の機嫌が悪い時、カナトはキスを通してなだめられることに気づいた。
まだつたない技巧の口付けはすぐにアレストの荒れた感情を鎮めていく。
「……んうっ!」
舌が口の中に割って入ったのを感じた。腰に腕を回されて体がぴとりとくっつき、カナトは自分の心臓音が相手に伝わるのではないかと心配した。
静かな馬車のなかに、まだキスに慣れないせいでもれた小さく熱い喘ぎと粘着質で執拗な視線を送る青い瞳の冷たさだけが型取られたように留まった。
数日後、収穫祭からずっとイグナスのところで住み込んでいたカツラギが帰ってきた。
カナトはよろこんでいたが、なぜかカツラギの表情がなんとも言えないものを浮かばせていた。
カナトをユシルの自室に連れてきたカツラギは紅茶を淹れ、お茶菓子をカナトに出した。
ちなみにこの話せる時間はアレスト承認済みである。
「どうしたんだ?」
ベッドに座りながらお菓子をポリポリ食べていたカナトは不思議そうに首を傾げた。
カツラギはその向かいに椅子を引っ張ってきて座り、足もとのトランクケースからガラス瓶を取り出して掲げた。
ガラス瓶の中には琥珀色のような透明の液体が入っている。
「なんだこれ?」
「以前、秋にしか取れない樹液のことを言ったのはまだ覚えているか?」
「秋……樹液……ああ!現代に帰るために必要なやつーーこれがッ!?」
バッとカナトが立ち上がる。カツラギになだめられてまた座るとまじまじと瓶の中にある液体を見つめる。
「目的の木が狩猟場にあった。狩りをしていた時に見つけたんだ。あのでかい鹿覚えているか?あの鹿が木にぶつかった際、ぶつけられた大木が魔法書の挿絵にある木とそっくりなことに気づいたんだ。特徴も同じだった」
「じゃ、じゃあお前」
「今はまだ帰らない。今帰ったところですでに1年近くこっちにいるし、こっちに来た時と同じ時間に戻れるのかどうかもわからない。それならいっそうのこと冬に帰ろうと思ってな。もういつ帰ってもそんなに変わらないだろ」
「本当か?」
「本当」
「でもなんで冬なんだ?」
「……お前の誕生日が冬だと知ってまあ、誕生日くらいは過ごしてやろうと思って。勘でしかないが、帰ったらもう会えない気がする」
「そっか……」
その後、カナトはカツラギと少し話してからアレストの部屋に戻って来た。
時間はもう夕食を過ぎている。
「おかえり、カナト」
「ただいま」
カナトはつかれたようにベッドに突っ伏した。
「何かあったのか?」
「なんでもない」
アレストの目がわずかに細められる。
「ないならいい」
夜、ほとんどの人が寝静まった頃、カツラギは寝れずに廊下を歩いた。
窓から空を見上げると、現代と違ってだいぶファンタジーな空が広がっていた。星々の明るさに心を打たれそうになる。
「この夜空を見れるのもあと少しか」
収穫祭でカツラギは自分の事情をイグナスに話した。
中身が違うことに気づいているようだが、それでも驚いていた。
「あと少し……」
そうつぶやいて、こっちに来てから起きたいろんなことを思い出してみた。不思議とカナトの姿が記憶のところどころに散りばめられている。
正直帰らなければいけないのは一方だが、情が移ったのかカナトのことが放っておけなかった。アレストとくっついているようにしか見えないが、カナトが感情の隅々までつかまれているのは目に見てあきらかだった。
あんなに気づかないものなんだな。
アレストがカナトと自分が会ってもいいと言うのはもしかしたら何かからカナトの意識をそらそうとしているのかもしれない。カツラギはそう感じた。
カナトの話によればアレストはユシルに対して敵対感がある。小説通りならいろんな事件を起こして主人公をおとしめようとする。
つい春のお城でのパーティーの事が浮かび、まさか、という念が湧き上がった。あれから特に何もないが、それがかえって怪しい。
今までのことを振り返って、アレストは少し思想的に極端な方へ走りやすい傾向がある。それなのにカナトはアホにも離れようとしない。被害を受けた本人なのにも関わらずである。
「離れるのはもう少し先にした方がよかったんじゃ……」
「何が?」
「なっ」
声がして振り向くと、いつの間にか近くにアレストが立っていた。
ゆったりとしたシャツに細身のズボンを合わせている。
身長がありすぎるせいか、およそ160cmくらいしかないだろうユシルとは腰の位置がそもそも違っていた。
「兄さん?寝ないのですか?」
「離れるってなんのことだ?」
「あー……」
考えていたカツラギはふとあきらめた。ため息を吐き出してアレストの目を見返す。
「気づいているだろ。“俺”はユシルじゃない」
アレストの冷たい瞳から特に感情らしいものは読み取れない。しかし、見つめられて居心地悪さは感じる。
「冗談じゃなくてーー」
「きみが誰であろうと僕に何か関係があるのかな?」
「え……?」
薄っすらとした笑みを窓からさした月光が照らす。そのせいか穏やかなのになんの温かさもない笑顔がより不気味なものになった。
「確かに事故後から変わった。でもそれ以降やることすることはほとんど変わってない。父様は相変わらずきみには期待を寄せている。カナトはより“きみ”と親しくなった。僕にとっては何も変わってない……ああ、でもそうか。このことかもな」
「な、何が?」
「きみと会ったあと、カナトが少し悩んでいるように見えた。さっきの言葉と考えるに、おそらくここからなんらかの形で離れるんだな。カナトはそれを知って悩んでいる。そんなところじゃないかな」
今のでそこまでわかるのか。
「結局カナトはいつもきみのことで頭の中を埋め尽くされるんだな」
「ほめすぎですよ、兄さん。仮にも弟の体が見知らぬ他人に占領されたのに、その冷めた反応は予想外だった」
「さっきも言ったようにきみが誰だろうと僕には関係ない。周りのすべてがそうだ。どうでもいい。僕は僕がやりたいことを必ず成し遂げる」
カツラギの顔が少し厳しくなった。
「例えば、もしカナトの中身が違ったら?」
「そうだな。皮が同じなら標本にするかな」
「……は?」
「カナトは僕のものだ。その外側から中身まで僕のものでなければならない。あの存在の中身が他の誰かに占領されるなんて……耐えられないし、うらやましい」
「うらやましい?本気なのか?」
「僕ですらそこまで近くにいたことがない。それなのに有象無象なものに汚されるのは許せない。一番近くにいるべきなのは僕だ。だから中身にとどまらず外側まで奪われて、僕の知るカナトの存在が少しずつ消えていくならいっそう標本にして愛でると思う。もちろん、そんな日が来ないといいけど」
人当たりのいい明るい笑顔を見せてアレストは「楽しかったよ」と手を振りながら去って行った。
その場に残されたカツラギはしばらくしてから手汗を握っていることに気づいた。
やっぱりあの人、考えが危険すぎるな。
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