82 / 241
第三章
過ごす時間
しおりを挟むカツラギは言葉の通り冬までこの世界に滞在した。
秋のあいだはアレストとイグナスを交えて狩猟し、カツラギは器用に木の棒で手持ち花火に似た物を作ってカナトにあげた。そのせいで調子に乗ったカナトが危うく犬小屋を燃やしかけた。
そしてチョコがあることを知ったカナトはアレストに甘えてなんとか希少な“チョコレート”を入手できた。
しかし、コップに入れられて渡された茶色い液体は想像していたようなチョコレートではなかった。
それは粉状のカカオを溶かしてミルクやシナモンなどの材料を混ぜた飲み物であり、この世界には固形概念のチョコレートは存在しなかった。
アレストは昔からカナトの食に対するこだわりが周りと違うことに気づいていた。生卵が食べたいと言うほどである。
一方のカツラギは知っていた。
カツラギ曰く、「固形のチョコレートが出るのはおよそ18世紀頃であり、それまでは液体チョコレートしかない。おそらくこの世界はそこを参考にされている」
ただ、現代の世界線ではこの頃の中世ヨーロッパにおいてチョコレートは庶民も飲んでいるらしい。希少設定なのはおそらく作者の独自設定だと思われる。
つまり作者の意向によりこの世界には液体チョコレートはあるが、固形チョコレートはない設定である。
あきらめきれなかったカナトはコップを持ったまま雪溜め小屋に入り凍らせようとした。が、思ったような食感には仕上がらない。
泣く泣く変な硬さになったチョコレートを食べ終えた直後、冷たいものを一気に食べたせいで胃に負担がかかり、カナトは腹痛でその場で地面を転がった。
泣き笑いありの秋を過ぎて冬がきた。
カツラギは雪搬入の見学に参加した。去年はほとんどの人にとっていい思い出のない行事だったが、今年は気を引き締めたアレストとイグナスにより他の貴族子息はうずらのように静かになった。
この雪搬入の見学でカナトはカツラギが、ユシルの中身が違うことを2人に言ったと知った。
時間は過ぎてもうすぐカナトの誕生日がこようとしたーー
この日、朝からカナトはそわそわとしている。
落ち着かないのを見てそばで控えていたかなり若いメイドがトレーに乗せたチョコレートを差し出した。
最近カナトはかなり飲むチョコレートにハマっていた。冬だから温かい飲み物に親近感があるのかもしれない。
「どうぞ、これでも飲んで落ち着いてください。アレスト坊ちゃんならカナトさん一筋ですよ」
「一筋ってなんだよ!」
メイドがこう言うのには理由がある。今アレストはユシルと2人きりでいる。なぜか?カナトの誕生日パーティーを行うためである。
ユシルの中身がまったくの別人だと知っているせいなのか、アレストの態度はかなり柔らかくなっていた…気がする。せめてカナトから見てそう感じた。
部屋の中をぐるぐる回りながらカナトからため息が出た。
今日の誕生日パーティーが過ぎればカツラギは帰るだろうな。着々と準備を進めているって言ってたし、ユシルも帰ってくるだろうからいいことなのに……なんか不安だな。
「カナトさん、大丈夫ですか?」
「あ?だ、大丈夫」
「ふふ。カナトさんって初めて見た時はすごく怖い人なんですけど、接してみるとすごくかわ…優しい人なんですね」
「今可愛いって言おうとしただろ!」
「す、すみません!」
メイドが怯えたように肩を縮めた。
「怖がるなよ……まあ、いいか。いつもアレストに言われているし。なんか慣れてきたかもしれない」
カナトはあきらめたようにチョコレートの入ったコップを持った。飲もうとした時、メイドにじぃと見つめられているのに気づく。
「飲みたいのか?」
「い、いえ!すみません」
「やろうか?」
「私に!」
「いつも飲んでいるし。これ確か希少だっけ?じゃあお前が飲めよ」
「いいですよ!そんな、貴重な飲み物を私なんかが……」
「そう言うな。さっきも言ったけど俺っていつでも飲めるからさ。ほら」
カナトはほぼ強引にコップを押し付けた。トレーを持っているせいでメイドは落とさないように慌てて受け止めた。
「でも、私」
「嫌いか?」
「いえ、あの……じゃあ、お言葉に甘えていただきます」
「おう!」
メイドは緊張したようにごくっと飲んでみた。その瞬間パッと目を見開く。
「おいしいです!」
「そうだろ!俺ミルク多めが好きだからな。ココアみたいでうまいだろ?」
「ここ、あ?」
「あっ……いや、なんでもない!今の造語!」
「そうなんですね」
うれしそうに飲むメイドを見つめながらカナトは、そういえば近頃使用人の入れ替わり激しいな、と思った。屋敷に見たことない使用人がどんどん増えている気がする。
いつからだっけ?
思い出そうとすると一番最初に思い浮かぶのがムソクである。
ムソクがいた頃から少しずつと新しい使用人が入ってくるようになった。以前いた使用人が家の事情などで離れていった。去年の誕生日にカナトの着付けをしていたメイド3人ですら招待状をもらって、母の看病から近い屋敷で雇ってもらったり、妹と一緒のお屋敷で働けたり、紹介してもらったところが憧れている洋服店だったりと出て行った。
離れる際にカナトに向かって「アレスト様と末長く幸せにね!」と3人からお祝いをもらうくらい悲しんでいたが、彼女たちが離れる際の足取りが割と軽かった気がする。
いろいろ思い出してまたもため息が出かかった。
みんな離れていくな。
カナトの誕生日会を準備していたアレストは物を取りに行くと言ってカツラギと離れた。イグナスの視線のもとで部屋を出たアレストは自部屋に戻った。
テーブルの上に目的のものを見つけて近づき、文鎮をどけて持ち上げる。
ムカデに頼んだ報告書である。ひと通り目を通すと優越な笑みがもれた。
順調のようだな。
現在ムカデはアレストの命令でとあることをしているため不在である。フェンデルやデオン以外にも勢力が必要なため、そのためにムカデは動いている。代わりに今はムソクがムカデの代わりを務めていた。
ムソクはムカデと歳の近い弟であり、こちらも『コドク』に関わっている。ムソクはムカデと貧困区にいた頃、アレストが手を差し伸べたことで飢えを凌げたが、結果として『コドク』の手によって暗殺者として育てられた。
この兄弟は同じ選抜戦で生き抜いたため、殺し合いになる寸前でムカデがアレストに助けを求めた。
逃走と見せかけてムカデはムソクを殺したことにし、その後、恩返しでアレストに暗殺者として雇われている。基本アレストの命令であればなんでもする。
死んだことになったムソクはアレストの手回しで様々な貴族のもとで使用人として働き、この春わざと事を起こして雇われていたところを解雇された。そしてアレストの命令で国境をまたいで戻ってきたのである。
「本当に、使いやすい兄弟だな」
だが、アレストにとって心から信用できるかどうかと問われれば首を横に振るしかない。
すでにアグラウのことで長年築き上げた情も一瞬でなくなることを知ったアレストは、カナト以外に信じる者がなかった。正しくはカナト以外に信じようとしなかった。
そのため、恩返しと言う兄弟に対しても深い思い入れはない。いずれはきっかけさえあれば壊れる感情だと考えているからだった。
11
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
※第33話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる