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第四章
怒り
しおりを挟むカナトはアレストに運び出されてから3日は目が覚めなかった。
「酷いですよ。私に断りもなく持ち出すなんて」
フェンデルは傷に触れないよう、横向きで眠り続けるカナトを見つめながら不満げに眉を寄せた。だがすぐに何かを思い出して隣のアレストを見る。
「ところで私のところに長居しすぎませんか?怪しまれても知りませんよ?」
「……お前が心配することじゃない」
「まあ、あなたがいきなり傷だらけの男を連れ帰ったらさぞ騒がしくなりますよねぇ」
「この男の拷問は終わりだ。これから僕が直接見張る」
「珍しいですね。彼のこと気に入りました?」
横にらみされてフェンデルは肩をすくめながら、それでは、と言って出て行った。
アレストはベッドで横たわるカナトを見つめ、そっとその頬に触れる。
「……お前はいったい誰なんだ」
カナトがやっと目を覚ましたのは5日後だった。真っ先に自分が座った状態だと理解し、絶望が押し寄せる。
やっぱりあれは夢なのだと、またも涙があふれてきそうになる。
しかし、そうだとしてこれはなんだ?とカナトは不思議そうにひざに立てられたクッションを見た。
高さはちょうど頭を預けれるところにある。なんなら背中にも柔らかいクッションの感触がある。
さらに周りをよく見れば、そこはいつもの拷問部屋ではなかった。
アレストの、部屋?
間違いなくそこはカナトがよく寝泊まりするアレストの部屋だった。
「な、ぁ………ぇ"!?」
声出した途端、しゃがれた死にかけの声が出てきた。
なんだこの声!?俺ののどどうなってんだ!?
カナトが驚いていると、外から足音が聞こえてきた。ドアが鍵を開けられ、ガチャリと開く。
笑顔を浮かべたアレストがそこにいた。
カナトは思わず目頭が熱くなってくる。
「ぁ……れ、ス……と」
なんとか無理やり声を出すが、アレストは笑顔のまま窓辺へ行き、シャッとカーテンを閉める。
ふたたび振り返ったときにはもう笑顔はなくなっていた。
「それ以上無理にのどを使うと二度と話せなくなる」
もう一度名前を呼ぼうとしたカナトは慌てて口をつぐんだ。
アレストは持っていた箱を近くの棚に置き、中から包帯を取り出した。
「痛くても声を我慢しろ。いいな?」
「っ……!?」
カナトは、今度はアレストに拷問係が変わったのかと思った。そのため顔には焦りが出始め、椅子にベルトで固定された体が暴れ出す。
「あ、ぇ……」
アレストはゆっくりとした所作でカナトのあごに手をそえると少し持ち上げた。
「僕の言うことがわからないのか?」
冷たい瞳に見つめられて、カナトはすぐにおとなしくなった。
「きみはもう拷問はされない」
「ぇ………?」
「僕とフェンデルたちのことを知っているのはきみ以外にいるかな?」
カナトは頭を振った。
「それなら誰かに話したか?」
またも頭を振る。
「それならいい。しかし、その言葉に偽りがあるなら、その時は迷わずにお前をフェンデルに渡す。いいな?」
今度はコクコクとうなずいた。
「薬換えの時間だ」
アレストはそう言うとカナトのお腹と背中に敷かれたクッションをベッドに置いた。包帯を一つ一つ丁寧に外し、薬を塗り、食べさせ、すべてが終わった頃にはもう1時間以上経っていた。
「背中は特に酷い。全治するにはまだ時間かかるから体は動かさないように。あと、体の前にも酷い傷があるからしばらくベッドでは寝れない。このクッションはメイドがきみに合わせて作ったんだ。使うといい」
カナトは薬換えのあいだずっと目を閉じていた。自分の体の惨状を直視できなかった。そして痛みに耐えるために歯を食いしばりすぎて、目に生理的な涙も浮かんできた。
「……もう終わった」
その言葉にカナトはゆっくりと目を開けた。服を着せられ、ボタンが一つ一つかけられていく。
「お前はよく泣くな」
お前のせいだぞ。
カナトの恨めしい目を受けてアレストは思わず笑った。
「なぜだろうな。きみを見ていると妙な感情が湧き上がる」
「な、ん…て……」
なんでこんなことをするんだ?記憶をなくしたんじゃないのか?カナトはそう訊こうとした。しかしのどから出るのは聞くに耐えない声であり、しゃべっているカナト自身ですら恥ずかしくなってくる。何よりのどに痛みを感じ始めた。
だから言いたいことはなんとか飲み込み、視線を下げてなるべく存在感を消した。
「なんでこんなことをしているのか訊きたいのか?」
「ん……」
「わからない」
自分でもよくわからない。きみを他の人に見られたくない。触られたくない。誰も知らないところに閉じ込めておきたい。
もちろんこんなこと本人には言えない。アレストはカナトの言葉一つで心を揺さぶられる状態を危険に思っていた。その原因を排除するべきだと頭ではわかっている。しかしいくら試そうとも手は下せない。
しかもフェンデルの家にいては怖がるだろうと、わざわざ首都の邸宅まで移動してきた。馬車の中でもカナトが痛みで目を覚さないように慎重に抱きかかえていた。
目の前の青年を限定に、自分の行動だとは思えない行動が多く起こっている。アレストもなぜこんなことをするのか自分でも理解できない。
「何があってもこの部屋から出ないと約束してほしい。そうすればきみの望むものは与える」
「い、つ……」
「いつまで続くという意味か?」
カナトがうなずく。
「永遠だ」
「……………!!?な、な……」
「理由はきみが僕とフェンデルたちの関係を知っているからだ。これでわかってくれるかな?」
カナトがぶるぶると頭を振る。目を吊り上げてこの状況に不満を表した。
「きみに拒否権はない。それどころか条件を出す立場でもない。僕がその気になればきみを罪人にすらできる。この意味がわかるなら言うことを聞くんだ。それじゃあ、また仕事終わりに来る」
そう言ってアレストは出て行った。
しばらくしてカナトの頭に沸騰しそうな怒りが湧き上がる。
あいつ記憶なくしてからさらに行動酷くなってないか!?
そして言葉通り、アレストは一歩もカナトを外に出さなかった。
傷の治りが少しばかり進んできた頃、カナトは少し歩けるようになった。足を気絶するまで挟まれてから酷い充血痕があり、それも今じゃほとんどなくなっている。
1ヶ月が経つ頃、背中の痛み以外小走り程度なら少しばかり激しい運動もできるようになった。ただ、のどに関してはなかなか治りを見せない。
とある昼下がり、カナトは窓を開けて脱走を試みていた。
しかし、すぐにムソクに見つかり、カナトが部屋から出れば自分は食事を1日分抜かれるだのなんだのと言いくるめて、結局カナトは5回目の失敗でついに脱走をあきらめた。
ムソクの野郎!!俺のことを忘れたからって調子に乗りやがって!!
とはいえは、ムソクの対応は記憶がある前と後では大して変わっていない。
カナトはむしゃくしゃしてベッドに転がった。ぐるっと回って背中が下になった瞬間ーー
「ぁあ"あ"ーッ!!」
水あげされた魚のように跳ねた。
カナトはベッドの上でうつ伏せになりながら体を震わせた。
一瞬だけではあるが、全体重を背中にかけたことで鋭い痛みが走り、その後の焼けるような持続的な痛みのなかでカナトは泣きそうになった。
こっちに戻ってきてからずっと泣いている気がする!!
拷問期間に助けてもらおうとカナトはアレストにしがみつくように泣いたことがある。鼻水よだれなど気にすることなく手を伸ばしたことがある。しかしいずれも無視され、もう泣くことが通用しないと知った。
あの地獄みたいな部屋から出ても、今のアレストに泣き落としは通用しないとわかるとカナトは隠れて泣くようになった。
泣き落としのような嘘泣きも、悲しさで本当に泣いた時もアレストはただ見つめるだけである。
「ゲホッ、ゲホッ!」
叫んだことでのどに酷い痛みを感じた。カナトはのどを触りながらアレストのベッドにずりずりと顔を擦り付ける。
そうすることで以前みたいに頭をなでられたり、抱きしめられた感覚を取り戻そうとした。
「痛い………」
まだ戻らない声はしゃがれたまま、しゃべることもうまくできない。
カナトはアレストに頭をなでられる想像をしながらなんとか痛みを和らげようとする。そのまま、すやすやと眠りについた。
夕方、仕事から帰ってきたアレストは真っ先にカナトのせいで乱れたベッドを見た。そして静かな寝息を立てながら眠るカナトの頭に手を伸ばし、指先が触れた瞬間ハッとして手を引っ込める。
自分の手を見つめてから、アレストはふたたび視線を向けた。
片手は枕をつかみ、もう片手はなぜかお腹にそえられていた。
アレストはカナトが拷問部屋にいた時からよくお腹が痛いと泣きつかれることがあったと思い出した。
医師の診断の結果、カナトの腹痛は毒物による後遺症らしい。奇しくも可能性としてあげられた毒物の中にアレストが今回の計画で使う毒があった。
カナトがペラペラとありもしない昔話を話しているときに城のパーティーで毒を飲んだと言っていた。しかし、その時期は確か“ユシルが媚薬混入の飲料を飲んでしまったはずだ”。
嘘だと思い特に気にしなかったが、なぜかいつまでも心に引っかかる。
「うぅ」
カナトから小さなうめき声が上がった。
「……カナト」
なぜかこの名前を呼ぶだけで空っぽの心に何か温かいものが満たされていく。
アレストはカナトの頬に涙の乾いた跡があることに気づいた。
「泣いたのか?」
その時だった。馬のいななきと車輪の音に、アレストの目が瞬時に鋭くなる。
ああ……忌々しい人が帰ってきた。
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