96 / 241
第四章
二度目の苦痛
しおりを挟む偽ユシルは部屋の中で胸を押さえて苦しんでいた。
「……っ、………!ケホッケホッ!」
苦しい!
まさかムソクがあそこまで頑固だとは思わず、偽ユシルは無理やり魔法を行使した。
それでもアレストがカナトを消しかけるように仕向けたことは成功したようである。苦しげに曲げられた口もとがにやりと笑う。
「私が主役だ!うっ、ケホッケホッ!」
カナトが守られすぎて手が出せなかったが、アレスト自身に殺させればいい。アレストの悪役描写では裏切り者は生かさないのが決まりである。
しかし一つ気がかりなことがあった。それはムソクである。この世界はすでに変えられすぎて何がどうなっているのか偽ユシル自身にもわからない。アレストの協力者が誰なのかもはっきりとわからない。フェンデルは可能性としてあるが、それ以外の人員はうまく隠されている。
ムソクは見た目の特徴からムカデという暗殺者の可能性がある。ゆくゆくはアレストを裏切って自分につくはずだ。だが、何かが違うように思う。それをうまく言語化できないし、仮にムカデだとしてこんなに早い段階で彼を人目に触れさせる意味がわからない。今のアレストが何を考えているのかまったくわからなかった。
「そもそも大まかの記憶改ざんができても、細かいところの辻褄合わせがどうなっているのかわからないじゃ支障が出る」
そのためにもカナトには消えてもらうしかない。これ以上手に負えないものが増えると後々困る。
カナトをフェンデルに渡して3日目。
アレストは夜に寝れなくなった。寝ようとするたびに以前聞いたカナトの悲鳴が耳に響く。
目を開けるといつも椅子か布団の中に侵入してくる人がいなくなった。がらんとした部屋の中に人の気配が少しずつと消えていく。
………慣れない。
カナトが使っていたクッションを隣に置かないと一睡もできなくなっていた。
夜が近づいてくるとアレストは地下へ向かった。
準備をしていたらしいフェンデルが、おや?と振り返る。
「どうされました?」
「白状したか」
「全然です。何一つ本当のことは言いませんね。前と同じように世迷言ばかり言いますけど」
アレストは鎖で首を繋がれたまま壁にもたれかかって項垂れているカナトに近づいた。処理はされているようだが、すでに体のあちこちが酷い状態である。
「カナト」
呼びかけるとぴくっと反応して、カナトがゆるゆると顔を上げた。
「ぁ……、あ………」
もともとのどの状態は良くない。この2日間でだいぶやられたと思われる。声は出せなくなったのか、小さい音しか出していない。
「のどを壊したのか?」
「まさか。そうしてしまうと話せなくなるじゃないですか。ただ単に水分が足りなくなってのどがカラカラなんでしょう。シアン、水を持ってきなさい」
「はい」
シアンが用意された水のコップを持ってカナトに飲ませた。しかしうまく飲み込めず、ゲホゲホッと吐き出してしまう。
「アレ、スト……全部言った………ゲホゲホッ!偽ユシルがやったんだ……記憶も偽ユシルが……」
ほらね、と言いながらフェンデルがアレストの隣に立つ。
「こんなことしか言わないんです」
アレストはフェンデルを一瞥すると、血で汚れるのも気にせずひざをついて、カナトの両頬を手で包むように持ち上げた。
「カナト、全部話してしまえばすべてが終わる。話したら今までみたいに好物のチョコレートでも好きなお菓子も、なんでもあげる。だから教えてほしい。他には誰に言った?仲間は?このことを知っているのはあと何人だ?どうやって知った?」
カナトは我慢しきれずに泣いた。
好物がチョコレートだと知ってからよくおやつに出るようになった。食事もお腹の調子を気遣って流動食ばかりである。布団の中に勝手に入っても怒られない。
カナトは例えアレストの記憶が戻らなくなってもまた以前通りに戻ると思っていた。
だが今回のことで知ってしまった。どんなに行動が記憶をなくす前と似ていても、心底では信用されていない。昔のアレストは何があっても無条件に自分を信じてくれた。
そのせいか今と昔を比べた時、言葉にできない感情が湧き上がる。それは悔しさとも、怒りとも取れる。
「なんで、だよ………なんで、信じてくれないんだ……ゲホゲホッ!」
カナトは声を上げて泣いてしまった。
手のひらを血と涙が混ざり合った液体がぬらし、それが白いズボンの上に一粒、一粒と染みを作った。
アレストは深く息を吸って立ち上がった。フェンデルを見ずに言う。
「続けろ」
「わかりました」
アレストが出ていくとカナトもしばらくして泣き止んだ。
泣き止むのを待っていたフェンデルが身を屈めて首を傾げる。
「どうしてアレストがいる時だけ泣くんですか?」
「黙れ…グズン……ボケ……ゲホゲホッ!」
「私といる時も泣いて欲しいですねぇ」
「………ゲホゲホッ!」
「正直あなたの言っていることは嘘だと思いません。でもあまりにも現実味に欠けています。あなたは拷問に対して専門的な訓練を受けたわけではなさそうですし、そういう人はとっくに白状しています。でもあなたは違いました。白状する場面ではずっと世迷言ばかり言いますし、一向に欲しい答えは教えてくれない。不思議ですねぇ」
「ボケが………」
「アレストのあの様子じゃまた勝手にあなたを連れ出してしまいそうですね」
フェンデルは立ち上がってカナトを見下ろした。
「そうされる前にやりたいことやることにします。少し本腰入れていきますよ?」
「お前……楽しんでるだけだろ、ゲホゲホッ!」
「……さぁ?趣味ではありますけど」
4日目の夕方。
フェンデルの邸宅で仕事をしていたアレストはノック音に顔を上げた。
「開いている」
ドアが開くとフェンデルがそこに立っていた。アレストは視線を書類に落として口を開いた。
「すべて言ったか」
「まったくですね」
フェンデルは手に持っている布のかけられたトレーをアレストの前に置いた。ことんと軽い音を出したトレーになぜか嫌な予感がする。アレストは軽く眉をしかめて書類を机の上に置いた。
「なんだこれは」
「綺麗にはがせたので見せようと思いましてね。一つとっておきます?」
綺麗にはがせた、という言葉におおかたの予想がつく。
アレストはそのかけられた布をじっと見つめ、そして軽く笑った。
「あの人は僕のものだ。お前に拷問させるが、何かを持ち帰っていいと許可したわけではない」
「つまり?」
「お前にもらうのではない。もとから僕のものだ」
「強欲な人ですね。それ、血のこびりつきと肉片を落とすのに時間かかったんですよ?そもそもカナトさんを手に入れたいならどこにもいけないよう足を取っちゃえばどうです?」
フェンデルが少し身を乗り出して机に手をつく。
「私なら綺麗に傷口処理ができますよ」
「フッ………くっ、ふふ!」
「ん?何がそんなにおかしいんですか?」
「すきあらば僕を誘惑しようとするんだな。何度も言うが、無意味だ」
「また失敗ですか」
「お前に惑わされるほど弱くない」
「そうなんですね。じゃあ、話題を変えて少し私の疑問を解決してくれませんか?」
「疑問?」
「はい」
フェンデルは身を正して少し考えるように間を開けてから口を開く。
「気になっていたんです。あなたの話を聞く限り、カナトさんはどう考えてもあなたの弟さんにはめられたと思うんですよね。それを知らないわけではないでしょう?なぜまたカナトさんを拷問にかけたんですか?」
椅子の背もたれに体を預けてアレストは冷たい目でフェンデルを見つめ返した。
「……僕を試しているのか?」
「まさか!」
「何度も言うが、計画が一番だ。それ以外は二の次でしかない」
「それを聞けて安心です。我々の相手は王族ですからね。一歩間違えれば今まで築き上げたすべてが無になりますからね。カナトさんには気をつけてください」
「……僕に命令をするな」
「わかりましたから、そんなにらまないでください。迎えに行くのでしたら早めにお願いします。昨日は絵が描ける手前までやろうとしたのですが、つい楽しすぎてやりすぎました。申し訳ありません。あなたの大事な人みたいだから基準の手前で止まろうにもついつい……ね?」
フェンデルは拷問した人の最期の姿を絵に収める癖がある。絵にするにはフェンデルの中で一定の基準があるが、そのたいていは死にかけである。運良く生きていたとしても……それを知っているアレストはグシャと書類の端を握りつぶした。
地下の拷問部屋でカナトはぐったりと地面に倒れていた。
何か小さなものが近づいてくるのがぼやけながら見える。
「カナト……?カナト!」
その小さな何かは小さな手でカナトの頬を触った。
「ごめんね!こんなことになるなんて……私がついていたらよかった……1人にしてごめんね」
ユシルの声である。ポロポロと涙を流しながらカナトの頬に顔をこすりつけて泣いている。
「ユ……ィ、ル」
「しゃべらなくていいよ!今治療魔法かけるから」
ユシルは無事みたいだな……よかった。
疲れた体はそのことだけで少しばかり軽くなった気がする。
カナトはゆっくりと目を閉じた。
少し疲れたな………。
「カナト?しっかりして!大丈夫だから……何か楽しいこと考えてみて。そうだ!カナトの世界はどんな感じ?」
「……汚染で、死にかけてる………」
「え?」
ふふ、とカナトは少し笑った。
「便利、だけどゲホゲホッ!だけど、その分問題もあった……」
「そうなんだね。もし帰れるなら、帰りたい?」
「かえ、る?」
「うん。カナトが望むならできるよ。もうこんな辛い思いはしなくていいようにするから。カナトが言ったように、私の力はどうやら自然と関係するみたい。森に隠れていたらどんどん力が戻ってくるんだよ?」
「よかった、な……ゲホゲホッ!でも、まだ帰りたくない……」
カナトは体の痛みが軽くなった気がした。たぶん魔法のおかげだと思われる。
いいなぁ。俺も魔法が使えたらアレストの記憶戻せるかもしれないのに………んん?
カナトが動けない腕に無理に鞭を打ってガシッとユシルの体をつかんだ。
「カ、カナト?」
「そ、その力で……アレストの、ゲホゲホッ!!記憶っをゲホゲホッ!!」
「カナト落ち着いて!まだそこまではできないの……」
「そっか……悪い」
カナトが落胆したようにユシルを放した。
「カナト、ごめんね……必ずみんなをもとに戻すから。もしね、どうしようもなくなったら、心の中でもう1人の自分を想像しながら『解放』って唱えてみて。そうすれば私と同じようにーー」
カナトの意識は保つことができずに最後まで聞けずに眠ってしまった。
10
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
※第33話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる