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第四章
決められない選択
しおりを挟むイグナスが持っている石はユシルが魔法を込めたものであり、ユシル自身に何かあると石が代わりに受けるらしい。その石が割れたので確実にユシルの身に何かあったと言える。
石の割れ方からおそらく命には関わらないが、早急に見つけ出す必要がある。
ユシルは別行動で書斎に行っているらしいので、書房の位置を思い出しながら三階に駆け上がる。
体に戻ったカナトは鳥姿時との体の重さに慣れず、階段でつまづきそうになった。
「すぐには慣れないな」
あごの汗を手の甲でぬぐい、ベストを脱いだ。
季節が夏でもわりと過ごしやすい気温でしかないが、それでも走ると熱く感じてくる。
書斎に入ると、中は誰もおらずシーンとしていた。この書斎は二階が作られており、そこへ通じる階段もある。
床にひざをついて隙間やいろんなところを確認するが、ユシルの姿は見当たらない。
二階にいるのか?
「おーい、ユシルぅー、俺だ。いるか?」
小声に呼びかけるとかさりと音が聞こえてきた。
「カナト?」
だが声はユシルのものではない。アレストのである。
その声に肝を冷やしながら見上げると、二階の柵からこちらを見下ろすアレストの姿があった。
「な、なんで……」
「なんで僕がここにいるって?探したい本があったからだよ。それよりカナトこそどうして?」
「俺は……その、探しもの?」
「探しものか……ここはネズミが出るから気をつけないと」
「ね、ネズミ?」
「そう、ほら」
そう言ってアレストは手の中に握っているものをみせた。
淡い金色のハムスターである。
ぴくりとも動かない様子にカナトの心臓がうるさく鳴りだす。
「な、なんでそのハムスターが……」
「これがユシルだろ?」
カナトは唇を噛んだ。イグナスはフレジアドに呼ばれて来れない。だからカナトは一人で来たが、正解だったかもしれない。この光景をイグナスに見せたらきっとこの2人は永遠に分かち合えない。
「………ユシルを渡して」
言いながらカナトが手を差し伸べた。
「どうしようかな。さすがにこのまま返すわけにはいかないし、猫の餌にしようと思うんだが……」
「アレスト!」
「カナト、きみは僕の味方だ。ならば今はどうするべきかわかるはずだろ?」
「……っ、お願いだから、ユシルを傷つけないでほしい!なんでもする!」
「なんでもする?」
「うん!なんでも!」
「嫉妬してしまうな。こんなもののためになんでもするなんて」
アレストは階段を降りてカナトの前に来た。
「本当に、きみは立場があやふやなままだ」
「立場?」
「僕の味方と言いながらいつもユシルを助けようとする。本当はもう僕のそばから離れたいんじゃないか?」
「違う!そんなこと思ってない!」
「じゃあここで誓ってほしい。もう二度とユシルに関わらないと、助けないと」
「いや、でも……」
カナトの反応を見たアレストは小さく息を吐き出した。
「わかった。前に怖がられるくらいなら憎まれたほうがいいと言ったことはまだ覚えているか?」
カナトは体を強張らせて固唾を飲んだ。ぎごちなくうなずく。
「あれは冗談じゃない。本気だ」
「…………俺は、ただ……」
カナトが怖気付いて一歩下がると、アレストも合わせて一歩つめる。まるで逃がさないとばかりにその顔を凝視する。
「カナト、こうとも言ったはずだ。今この世で一番信じたい人はきみだけだと。それなのに、僕の味方と言いながら僕の一番嫌いな人を助けるきみの姿は……見ていて苦しい」
「アレスト……」
「ユシルを助けるためになんでもすると言ったな。じゃあ、その体が欲しいと言えばどうする?」
「ど、どういう意味だ?」
アレストは手を伸ばしてカナトののどをなで、シャツのボタンをほどいていった。
「この傷跡たちを見るたびに思っていたことがある」
「思っていたこと?まさか傷跡気にしているのか?」
カナトが少し傷ついたような顔をした。アレストはゆっくりと頭を振って言う。
「そういう意味じゃない。ただ、後悔したんだ」
まるで思い出話をするような穏やかな顔で続ける。
「どうしてきみを拷問したのはフェンデルなのだろうと。僕がすればよかった。その体に消えない傷跡まみれにしたのは僕だったらよかったのに……そう考え始めると心が嫉妬に狂いそうだった。塗り替えたい、上塗りしたい。その傷跡を覆い隠すほどのものを僕が、この手でつけてあげたい」
打ち明けられる内容にカナトの顔が恐怖に引きつった。
思わず最近あまり見なくなった悪夢がよみがえる。夢の中でアレストは冷たい目をしたまま無慈悲に自分を拷問する場面である。
アレストは恐怖で動けなくなったカナトの胸から手を離し、そっと顔を包む。もう一方の手でつかんでいるユシルを見せて、
「これを助けたいのだろう?どうする?」
「アレスト、お、俺………」
「痛い思いしたくないならこのまま何もしなければいい。書斎を出ていつものように父様の世話をして、夕方には帰ってきて、一緒に寝て……それを繰り返せばいい。何も難しくない」
「でも、そんな……ほかの」
「他の方法はない。今、ユシルを助けるか?」
カナトは泣き出しそうな顔でユシルとアレストを交互に見た。
選択を決めきれず、震える唇でなんとか言葉をひねり出す。
「俺はお前のこと好きだから、憎みたくないし……痛い思いもしたくない。あんな、あんな思いはもう……」
アレストは震えるカナトの目もとに軽いキスをした。
「僕もきみを愛しているよ。だから、今答えがほしい。行動で示してほしい」
「………っ」
目をぎゅっとつむったカナトは散々悩んだあと、決心して目を開けた。
「選びたくない!お前もユシルも助けたい!」
そう叫んでユシルを強引に奪うと書斎を走って出ていく。
残ったアレストはまるで感情の濁りを吐き出すように天井を仰いで息を吐いた。
「ユシルのみ選んだわけではないだけ、マシに思うべきか……」
だがすぐにふっと声がもれ、続いて低い笑い声が響いた。
目を覆ったアレストは指の隙間から冷たく深い青い目をのぞかせた。
それで満足するわけがない。カナトの心を、目を、思考を奪う存在が憎くてたまらない。まるで部屋の中に突然現れた虫のようにその存在が疎ましく、排除しなければ気が済まない。
「逃がさない」
ベストを丸めて真ん中にユシルを乗せたカナトは必死に走った。
とりあえずイグナスの部屋に逃げよう!イグナスに渡せばユシルは安全だ!
そう考えてイグナスの部屋に入ったが、誰もいなかった。
そうだった!フレジアドに呼ばれていなかったんだ!
イグナスの帰りを冷や冷やしながら待つが、一向に帰ってくれず、ユシルもまったく目覚めない。
アレストが追ってこないかと心配のなか、イグナスのほうも心配し出してしまった。
ま、万が一何かあったらユシルも俺も終わりなんじゃないか?アレストたぶん怒っているだろうし……ど、どどどどうする?
歯をカチカチ鳴らしていると、探しにいくしかない!とじっとしていられないカナトはさっそく意識体の姿になった。
ベッドで横たわる自分のすぐ近くにユシルもいる。
「頼むぞぉ、帰るまでに無事でいてくれ!」
そう叫んで窓の隙間から飛び出していく。
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