転生と未来の悪役

那原涼

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第四章

骨の髄まで

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イグナスの部屋を飛び出して、カナトが接客室に向かう時、忠告はしたから大丈夫だと思っていた。しかし、実際に窓からのぞくと、なぜかイグナスは普通に紅茶を飲んでいた。

はあ!?

思わず驚きのあまり窓に貼りついた。

イグナス!?どうした!なぜ飲んでいる!毒入りかもしれないんだぞ!

だがすぐにイグナスがにおいだけでご飯に入れられた薬に気づく場面を思い出した。

そうだった。そういえばキトウが閉じ込められた時、ご飯を送りにいったメイドが持っていた食事に薬が混ぜていると気づいていたな。じゃあ、大丈夫か?

だが、紅茶を飲んでいたイグナスの顔色が少し悪い。

対面に座っているフレジアドは相変わらず優しい笑みをしている。なんだかその光景が少しアンバランスで、ざわざわとしたものを感じる。

大丈夫……なのか?

次の瞬間、イグナスが口を押さえて背中を丸めた。

指の隙間から赤い血がポタポタとしたたり落ちる。

イグナス!?

カナトがバサバサと飛びながら右往左往していると、接客室にもう1人入ってきた。アレストである。

アレストはイグナスを一瞥するだけで、フレジアドには丁寧なあいさつをしていた。

だ、ダメだ!あの紅茶絶対おかしい!この2人イグナスを殺すつもりなのか!

一か八かに賭けてカナトは窓から距離を取った。そして窓に向かって飛び、全体重をかけて窓を頭突きした。

弾丸のように部屋に突入したカナトはテーブルの上に転がり、ちょうどイグナスが置いた紅茶のそばへ転がった。よろよろと這い上がって、ポチャンと紅茶に飛び込む。

バザバサ翼を動かして遊んでいるふりをすると、三対の視線が向いてくることに気づく。

しょうがねぇだろ!いい案思いつかないんだよ!

フレジアドの不思議そうな目、イグナスの疑惑的な目、アレストのーーもはや見るのも恐ろしい。

必死に目をすがめてアレストのほうを見ずに遊ぶ。

「アレスト、きみの飼っている鳥は随分と元気だね。でもこの紅茶から取り出したほうがいいんじゃないかな」

「……そうですね。周りが紅茶だらけになっていますね。申し訳ありません。すぐに新しい紅茶を入れます」

イグナスは何も言わずにただ無言でにらみ上げた。

アレストは手を伸ばしてカナトをつかもうとした。が、カナトはカップから慌てて出るとテーブルの上でごろんとなった。アレストがさらに手を伸ばすと、カナトも合わせてごろんと遠ざかる。

「遊んでいるのか?」

その言葉にただひたすら冷や汗を流した。

「傷がないか見せて。あれを見て心配しないほうがおかしい」

アレストが指差す先にはカナトが突き開けた窓がある。片方は本来開けるとは反対の方向に開き、金具が曲がっていた。もう片方は衝撃に開いている。

カナトも、思い切りぶつけた自分の体が大丈夫なのかと心配した。翼を開いてあちこち見ていると大きな手が体を持ち上げた。

「今回は少し怒ったかもしれない」

怒ったと聞いて丸い体がガチッと固まる。

「アレスト、震えているよ」

フレジアドの言葉にアレストはただ笑みで返し、カナトの体をあちこち確認した。

「傷はないみたいだけど、帰ったらお仕置きだ」

カナトの震えが一段と激しさを増す。

フレジアドは仕方なさそうに頭を振るとイグナスに話しかけた。

「少し邪魔が入ったけど、まだ紅茶は飲むかい?」

「ああ……」

「そうか……お菓子もあるから遠慮せずに」

カナトが、なぜ!?という顔を向けた。

毒入りだってわかっただろ!なんで飲むんだよ!

イグナスはその信じられない目と合ったが、すぐに目をそらした。

何か、理由があるのか?

カナトには何がなんだかわからなかった。だが絶対に飲ませてはならないことだけはわかる。

フレジアドが新しいカップに紅茶を注ぐと、カナトは一目散にポチャンと浸かった。

この毒って、皮膚吸収しないよな?

「本当に怒るよ」

背後から伝わってくる声にカナトがふたたび震え出す。

ご、ごめんアレスト……!でもこれだけは絶対にダメだ!

フレジアドはクスッと笑うとカップの乗ったソーサーをテーブルに置き、代わりにクッキーの皿を出した。

カナトはそれにも飛びつき、クッキーを突いてバラバラにし、蹴り飛ばしながら暴れた。

その後も同じようなことを続け、ついにフレジアドはお手上げで何も出さなくなった。

そしてやり終えたカナトは肩で息をしながらも決して振り返らない。なんなら目も開けられない。

背後からただならぬドス黒いものを感じる。

「もう出すものがないなら仕方がない。辺境伯、今日の話し合いはここまでにしましょう。僕はペットのぴぃと先に戻っています」

ん?今なんて?ぴぃ?俺のことか?

アレストはシュバッとカナトをつかむと立ち上がった。

「殿下、お先に失礼します」

去っていく姿にイグナスはどこか感情の読めない目を向けた。












部屋に戻ったアレストはベッドを見て、カナトの体がいないことに気づいた。

「体はどこに置いてきたんだ?」

しまった!イグナスの部屋だ!

「その……忘れた……」

「それなら仕方ないか」

アレストは棚からきれいなタオルを持ってカナトの体をふいた。すでに紅茶で毛色まで染められてしまった。

「紅茶熱かったんじゃないか?」

「はい、熱かったです」

「なんで敬語?」

お前の異様に落ち着いたところが怖いんだよ!

「水浴びがしたいなら言ってくれればよかったのに」

「ちが……そうじゃなくて……」

「イグナスを助けたかったんだな」

「………ハイ」

「今日殿下がイグナスに何を話したのかわかるか?」

「わ、わかりません」

アレストはほんの笑みを深めた。

「僕たちがこれからやろうとしていることだ」

「何をやろうとしているんだ?」

アレストは笑みを深めたままカナトをタオルに乗せてベッドに置いた。窓辺へ来てカーテンを開けると逆光を浴びながら振り返る。

その姿が一瞬天使に思えた。白い貴族服も金髪も、青い瞳すら天使であることを物語るようにーー

「魔女狩りだ」

しかし、その口から吐き出される言葉は地獄の底を這うほどに重い響きをたずさえている。

「まじょ……がり?」

「ああ、世紀をまたいで魔女狩りをふたたび行うつもりだ。暗殺組織の『コドク』はすでに僕のものだ。“虫”たちが貴族のもとで集めた情報も好きに扱える。すでに後ろめたい情報をつかまれた貴族からは魔女狩りに賛成する手紙が届いている」

「そんなこと、したら……」

「無実の人々が巻き込まれるか?そうだな。魔女狩りの歴史を見るに確かに無実の人々が魔女と冤罪を被せられた。だからなんだ?無実の人が何かあったとして、僕のやりたいことに関係があるのか?」

「アレ、スト……お前、何言ってんだよ!」

「ユシルも、キトウも必ず地獄に突き落とす」

アレストは両腕を広げた。愉快げに顔を歪め、親しみやすいはずの顔に狂気をにじませた。

「イグナスは毒を飲むことでユシルが魔女でないことを証明しようとした。解毒薬もなしに短期間に毒が完治すれば、魔女が騒がれている今すぐにでも関連づける。仮にユシルが魔女じゃないと証明し、毒を解かなかった場合は行動を制限できる。どちらになっても構わない。あとは情報を外に出すだけだ。イグナスはユシルと距離が近いことを恨むべきだな」

「そこまでする必要ないだろ!」

「必要はあるに決まっているだろ?これできみのなかから邪魔な存在は消える」

「お前……そんなことのために」

「そんなこと?僕にとっては重要だ」

アレストはカナトに近づきひざをついた。

「カナト、僕にはきみしかいない。この先もついて来てくれるか?」

カナトは答えられずにいた。

アレストはただ優しい笑みでタオルを持ち、カナトの体をふいた。

「乾かさないと。じゃないと風邪を引いてしまう。体から紅茶のにおいがして、本当に……このまま骨の髄まで食べてしまいたいな」

なんだか、その言葉に冗談の色が見出せなかった。














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