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第四章
来客の対応
しおりを挟む朝を少し回り、カナトが目を覚ました時、部屋の中に2人の人影がおぼろげに見えた。
「アレストか?」
カナトが目をこすりながら起きようとしたが、腰の痛みと全身のだるみにふたたびベッドに戻った。
「おはようございます。カナトさん。起こしてしまってすみません」
「ムソクか……それは別にいいけど、隣誰だ?」
「新しい使用人です」
新しい使用人か。いやなんで俺の部屋に連れてくるんだよ。
カナトがその使用人の顔をよく見ようとかすむ目を細めた。
すると、その人がぐいっと顔を近づかせた。
「お前がカナトか」
「そうだけど……お前ッ!!」
クリアになった視界でその人物の顔を見たカナトが驚くあまり、思い切り起き上がった。途端にズキンと走る痛みに「んぐふ!」とベッドに倒れた。
腰が!!もう骨の一本くらい折れているだろ!!
だがそれよりも目の前の人物が問題である。
「シド……なんでお前が!」
「俺の名前知っているのか」
「ほら、言ったではないですか。私たちは魔女に記憶をいじられて、本当ならあなたはカナトさんと知り合いだってこと、信じてもらえましたか」
シドは黙ってムソクを一瞥し、カナトに視線を戻した。
「今日から俺がお前の世話をする」
「どういうことだ?」
説明を求めてムソクを見る。
「彼は今日からアレスト様の計らいでカナトさんの日常生活のお手伝いをすることになりました。何かあれば頼るように、とアレスト様からの伝言です。そしてもう一つ。これはシド、あなたへの伝言です。身をわきまえて行動するように」
警告じみた視線にシドは、眉をひそめて嗤った。陰湿なイメージを受ける目に影が落とされる。
「お前も、お前の兄も生真面目だな」
「冗談ではありません。あなたの仕事はあくまで“手伝い”ですから」
そう言ってからムソクはカナトを見た。
「私はこれからアレスト様につきっきりなので、困ったこともシドに言ってください。それでは」
それだけ言うとムソクは出て行った。
カナトは寝起きの、まだ整理がつかない頭で理解しようとしたが、それでも真っ先に出てくる感想が、ムソクに兄がいたのか?であった。
「えと、俺は何をすればいいんだ?」
「まずは着替えて、接客だ」
「は?」
「伯爵の世話はクローリー親子に任せて、お前はやるべきことがある」
「はぁ……」
やることがあると言われ、連れてこられたのが接客室である。
アレストのせいでシドに手を貸してもらわなければ普通に歩けない腰で、なんとか少しずつ移動してたどり着いたものの、客はすでについていた。
「もうすぐ昼になるけど、こいついつから待っていたんだ?」
「たぶん2時間くらい前から」
「にっ!?お、怒られるか?」
「大丈夫だ」
「なんでそう言えるんだよ!アレストに迷惑かけるか?」
「一番迷惑かからないやつだ」
耳打ちしながらソファに向かう2人を見て、いささか年月の去り行きを思わせる髪型の貴族は緊張気味に姿勢を正した。
カナトがゆっくりとソファに腰を下ろし、やっと座れることにホッと息をつけると思った矢先、貴族の男が身を乗り出して声を張り上げた。
「この度は面会の機会をいただきありがとうございます!」
その勢いに驚いてカナトが若干引き気味に目をすがめた。
顔を近づかせてきたシドに向かって耳打ちをする。
「な、なあ、本当に俺が対応するのか?」
「アレストの専属使用人だからな」
「仕事なら、しょうがないな……でも俺できるのか?」
「そのために俺がいる」
「頼んだぞ!!」
「………少しくらいがんばろうとは思わないのか」
「俺の知能指数を知ってて言っているのか!」
「……そうだな。まあ、俺に任せろ。一応仕事だしな」
シドはソファを回って持っていた封筒をテーブルに置いた。
「開けてみてください」
「え、ええ!では見させていただきます!」
封筒を持って貴族の男は固唾を飲み下しながら開けた。
内容に目を通すごとにその顔色が悪くなる。
最終的には震える手で封筒を閉め、テーブルの上に戻した。両手で顔を覆い、そのまま何も言わなくなった。
「シ、シド」
シドが耳を近づかせた。
「あいつ、大丈夫か?」
「ほっとけ」
冷たいなこいつ。
「本当にいいのか?大事な商談相手だったりしないか?」
「そんな相手をこんな姿にすると思うのか?」
カナトがむむと口をとじた。
いまだになぜ自分が対応に差し出されたのかわからない。むしろ今はこんなところにいるよりイグナスのことが気がかりだった。
「いつ終わるんだ?」
「わからない」
カナトも顔を覆ってしまった。
帰りたい。
やがて貴族の男が顔を上げた。
「承諾…させていただきます。ペンを貸していただけませんか」
シドが代わりにペンを差し出した。封筒の中にある書類に名前を書き込み、母印を押すと封筒ごとシドに返した。
「主人がよろこびます。今後、よろしくお願いします」
「ああ……」
ため息で落ち込む貴族の男にカナトが声をかけた。
「なあ、平気か?」
「ええ、ええ!もちろんですとも!これはすべて自分の意思でございます!」
「本当かよ……落ち込んでいたじゃねぇか。いやなら言えば?」
「違う!断じて違う!私はヴォルテローノ家に忠成を誓っております!」
「そ、そか。ならいいけど」
勢いに押されてカナトが身を引いたが、すぐにもう終わりじゃないか?と気づいた。
「なあ、もう終わりだよな?俺帰っていいか?」
「もちろんですとも!」
「よし!じゃあさっさとお前を外まで送ったら仕事は一段落だな!行くぞ!」
「はぁいはい!」
カナトが立ち上がるのに合わせて貴族の男も立ち上がった。
廊下に出た時も貴族の男は使用人であるカナトに対してどこかへりくだった態度を取っていた。
が、前から歩いてくる人物に気づいて一瞬だけ視線を向けた時、どこか見知った顔に思わず二度見をする。
「もう終わったのかい?」
「はい。たった今」
シドが答えるとフレジアドは「遅かったか」と残念そうにつぶやき、固まっている貴族の男に軽く笑いかけた。
「今日見かけたことはどうか秘密にお願いします」
「でん、殿下?」
王子がここにいるのが不思議でたまらないという顔で貴族の男が呆けたような声を出す。
「お忍びで来たので、お願いしますね」
「は、はい……」
フレジアドは最後にカナトを見た。そばまで行きその肩に手をぽんと置いた。
「期待しているよ」
「は、あ?俺?」
優しい笑みのままフレジアドは廊下に消えていく。
お忍びで来たんだから、廊下でうろちょろすると見つかるだろ。変装くらいしろよ。
カナトがそう心の内でツッコミをする一方、やけに2人の親そうな姿に貴族の男が口をあんぐりと開けた。
フレジアドのせいかどうか、貴族の男の態度がさらにへりくだったものになり、手をこすり合わせながらカナトの機嫌をうかがうところはもはや小物感が出ていた。
貴族の男を送り返すとカナトがシドを振り返った。
「なあ、今から1人で行動してきていいか?」
「ダメだ」
「なんでだよ!もう終わったんだろ!」
「午後にもう1人会わないといけない」
「はあ!?」
「あと、お前を1人にしないように言われている」
「アレストが!?」
「そう、お前の飼い主が」
やっぱりそう簡単に合わせてくれないよな……アグラウを助けるにしろ、イグナスを助けるにしろバレないようにしたければまずは1人で行動しないといけないし……。
それをわかっていてカナトを1人にするわけがない。そう考えるとシドの出現も納得できた。
まさかシドって俺の監視役じゃ……。
「カナト」
「なんだよ」
シドを監視役だと決めつけると、カナトはぶすっとした態度で答えた。
「お前『コドク』の暗殺者なのか?」
カナトがびっくりしたように思い切り振り返った。しかし思い切りすぎて腰に負担がかかり、「あふっ!」と地面に崩れた。
こ、腰が!
「どの生存戦の生き残りだ?」
「せ、生存戦?」
「ああ、虫の名前を冠した生存戦だ」
「……たぶんハエ」
シドの目がわずかに動揺でゆれた。
「………」
「………。いや、なんとか言えよ!というか、お前どこまで教えられたんだよ。俺ですら自分が暗殺者かもしれないこと忘れかけてるのに」
「……忘れるなら、忘れていろ。そのほうがいい」
そう言ってシドは率先して屋敷の中へ戻っていった。
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