転生と未来の悪役

那原涼

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第四章

罪の代わり1

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その後午後になってもアグラウのことで騒がれることはなかった。

使用人たちはただ忙しく、1週間後に帰って来るアレストのために準備している。噂だと首都で偉い人まで来るらしい。誰なのかはカナトじゃ聞き出せなかった。

「知ってどうする」

本日4回目でどんな偉い人が来るのかを訊いたが、シドから返されたのは疑わしい目だった。

「い、いや気になって……」

「お前がなぜそんなことを気にする。意味あるのか」

「……ない」

「いずれはわかる。今は自分のことに集中しろ。明日は接客がある」

「またかよ……」

「アレストの期待に応えたくないのか?」

「……応えたい」

「それでいい」

シドが出て行こうとするのでカナトは慌てて呼び止めた。

「ちょっと待って!」

「なんだ」

「その……誰かがいなくなったりしてないか?」

「なんだって?」

「いやいや!たまたま気になってさ!」

「……誰もいなくなってない。せめてそういう話はまだ聞いてない」

「そ、そっか。ならいいんだ」

気まずい笑いでシドを見送り、いなくなるとカナトが頭を抱えた。

おかしいな……なんで誰も騒がないんだ。アグラウに食事を持っていけばいないと気づくはずなのに。

なんだか心配になったカナトは直接見に行くことにした。

おやつの時間にわざと残したマフィンを持って部屋を出ると、やはり部屋のそばにはシドが立っていた。

「俺ちょっとアグラウの部屋まで行ってきていいか?」

「何しに」

「これ、リアムにあげようと思って」

「お前が食べたらいいだろ」

「あげたいんだよ!ほら、行くぞ!」

シドはため息をついてからそのあとをついて行った。

カナトは道中すれ違う使用人たちの態度を観察して、当主のアグラウが失踪したという落ち着きではないように感じた。

みんな自分の仕事に集中し、たまに奇妙な視線を投げて来る。

「やっぱりよく思われてないな」

「当たり前だ。用がなければ部屋にこもってくれたほうが守りやすい」

「やることないんだよ!」

「羊でも数えて寝てろ」

「………もうお前と話したくねぇわ」

最初はまだ普通に会話できたが、アグラウの部屋が近づいて来るたびにカナトがぎこちなくなっていく。のどもとのえりを引っ張りながら固唾を飲み、妙に衣服を気にし、さらには左右を見て聞こえない口笛まで吹き始めた。

もはや誰が見ても何かしたんじゃないかと思わせてしまう。それほどまでに挙動不審だった。

なのに本人は自然にしているつもりなのかまったく気づかない。

シドは思わずななめを上を見てため息を吐きそうになる。いや、もうため息吐いた。

「何したかわからないが、堂々としろ」

「は!?し、しているし!」

「堂々と不審者になっているけどな。背筋伸ばせ」

言われて初めて自分の行動がおかしいことに気づき、カナトは気まずげに目を細めた。言われた通り背筋を伸ばして、もっと堂々とした態度をとった。

とはいえ、すでにアグラウの部屋前まで来ていた。

部屋の前にはやはりリアムがいた。こちらに丸めた背中を向き、両手をぎゅっと握りしめているようである。

「おーい、リアム」

呼びかけるとその肩が思いの外ビクリと反応した。怯えたように思い切り振り返り、来たのがカナトだとわかると苦々しい表情を浮かべた。

「何しに来たんだ!」

「いちいち敵意剥き出しにするなよ。ほら、マフィーー」

マフィンを持って来たと言い終える前に手を払われて、乗っていたマフィンがコロコロと床に落ちた。

「あっ!もったいないな!せっかく食べずにとっておいたのにさ!」

カナトが慌ててマフィンを拾い上げてふーふーと息を吹きかけてほこりをはらおうとした。

3秒ルールいけるか?いやダメか。

「お前いつもより怒りっぽいじゃないか?」

そう言われてリアムの体がビクッとした。顔も強張って唇が震えている。

「……?どうした?というか入っていいか?今日会いに来たんだよ」

「なんでだよ!!」

あまりの大声にカナトが一歩下がった。噛みつきそうな勢いのリアムに、シドは陰湿ぽい目を細め、体の横に置いた手をゆっくりと握りしめた。

自分の声が大きかったと気づいたのか、リアムがバツの悪そうな顔をした。

「そのっ……お前!急にアグラウ様の世話をするとか言っておきながら結局やめたし、勝手すぎなんだよ!この部屋には絶対入らせない!」

その通りだと、カナトも言い返せずに気まずくなってしまった。

だがすぐに、リアムの反応はもしかしてアグラウがいないことに気づいていたからではないのか?と考えた。

いないからこそ呼びかけに過剰な反応をし、やけに攻撃的になっているのではないか?

「その、本当に入ったらダメなのか?」

「ダメだ!」

「一目見るだけでも?」

「ダメだ!」

もはや予想は当たりかもしれない。

でもそうだとしてこんな一大事をなぜ黙っているのかである。

カナトがわからずに首を傾げていると、後ろから「あら?」という女性の声が聞こえて来た。

振り返るとクローリーがそこに立っていた。

「カナトさん、何をしてらっしゃるのですか?」

「え?ああ、いや。アグラウのお世話の仕事ほったらかしにしたから、ちょっと気になって」

「そうですか。でもすでにアレスト様から別のお仕事を任されたと聞いていますので、大丈夫です」

「そ、そうか?ならよかった。それでさ、アグラウに会ってみてもいいか?」

「あまり体調が優れないので、今日はお控えください」

「そうだな!そうする!じゃあな!」

手を振りながらカナトがそそくさと離れていった。離れ際、シドがクローリー親子に気づかれにくい視線を向けてからカナトのあとを追った。

2人が去っていくのを見て、リアムが焦った顔を自分の母親に向けた。

「母さん!気づかれたんじゃーー」

「リアム!」

「……っ!」

「部屋に入って来なさい」

「……はい」

クローリーがドアを閉めるとガチャリと鍵をかけた。そして自分の息子を振り返り、視線を合わせるとその肩に手を置く。

「リアム、いい?あなたは私の息子なのよ。もっとしっかりしなさい。もし伯爵の失踪が知られれば私たちは終わりなの」

「じゃあ、どうすれば!」

「あなたがいるじゃない」

「え?」

「アレスト様はあなたにだけ特別優しいのは知っているでしょう?」

「そう、だけど……でもたまに、アレスト様はぼくを見ているようで見ていない時がある。あのカナトが来てからはもう見向きもされなくなった。いつ見てもその視線はカナトを見ていて」

「バカなのねぇ。あのカナトがあなたに敵うはずがないでしょう?若さも、顔立ちも、従順さも何一つ敵わない。あれは一時の新鮮さよ。もっと自分に自信を持ちなさい」

「でもどうすればいいかわからない!」

「アレスト様を誘惑しなさい」

「え?」

「あの歳になって女の影も噂もない。それなのにあなたやカナトには優しい。きっと女性より男性が好きな方なのよ。私たちがここでの地位を固めるために、あの方の心をつかまないと」

「ぼくが、アレスト様を?」

「そうよ。あなたが行動しなければ奪われてしまう。いきなり現れたカナトに奪われてもいいの?」

カナトの特別さを思い出し、その苦い思いにリアムが唇を噛んだ。

奪われたくない。あの優しさも柔らかい目も自分以外に向いてほしくない。















首都、ヴォルテローノの邸宅でアレストは窓に背中を預けながら折りたたんだ手紙を口もとに当てた。

手紙を持って来たフェンデルがわずかに首を傾げた。

「何かあったんですか?」

「いや、ただイタズラ好きな飼い猫がやらかしてしまったみたいだ」

「そうなんですね。計画に支障は?」

「ない」

「ならいいんです。急に1週間後帰るなどと言うのですから、びっくりしましたよ。しかもあの人と一緒に帰るなんて」

「もともと一旦は帰る予定だ」

「おや、そうだったのですか」

「ああ、約束したからな。カナトと祭りに参加するんだ」

「この時期の祭りというと……ボメール祭ですね」

「ああ。恋人に死なない呪いをかけたボメール神の純情を讃えた祭りだ」

「純情ねぇ。幸せは永遠に続かない。死なないことはつまり永遠に苦しむことでもあるんだけど、どこかいいのですかね」

「さあ。だから呪いと言われているのかもしれない。人間は手に入らないものこそ幻想を見る」

外の風景を見ながらアレストは自嘲するように笑った。

「まさか、あそこまで言ってまだあきらめないなんて」

「ん?なんの話です?」

「なんでもない」

外では鳩が飛び立ち、街ゆく人々がにこやかな表情で交流している。この地域では短い夏の風がどこか不穏なものを運びながら首都を吹き抜けた。










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