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第五章
アレスト対イグナス
しおりを挟むイグナスがアレストと直接会って話し合いたいのは今の状況を少しでも食い止めるためである。
辺境など、首都から離れているところではまだ魔女狩りの進行が遅いが、すでに人々は噂で不安がっている。
不安状態にある人間が一番危険だと言える。その不安を解消するために何かしようとするのが人間であり、例え大事なものを犠牲にすることになったとしても厭わない。
そんな人間を、イグナスはたくさん見てきた。
そしてこの国全体がまさにそうなろうとしている。各地で起きている小さな災害が魔女と結びつけて考える人が出てきた。そのせいで魔女排除の動きにより一層と拍車をかけた。
「イグナス様、あの人がご到着されました」
開いたドアからクモが顔を出した。
「ここへ通せ」
「はい」
クモがドアを閉めて出ていくと、イグナスは軽く咳をして椅子から立ち上がった。
体がだんだんと毒に慣れてきたとはいえ、まだ無理がある。幼い頃からの体質でなければ今頃とっくに立っていられずにベッドで伏せていただろう。
意識体のユシルに被害がおよばないよう、なるべく毒を体に留めることしかできない。そしてアレストの企みが把握しきれない以上、むやみにユシルに力を使わせないほうが身のためでもある。
だが、今回は……。
ソファに移り、ドアの外から足音が聞こえてくるとイグナスからやや重いため息が吐き出された。
「イグナス様、客人をお連れしました」
クモが一声をかけ、入室の許可が降りるとアレストを中に入れた。
相変わらず汚れひとつない白い貴族服をまとったアレストが、ソファに腰かけたイグナスを見つけるとにっこりと笑った。
「今日はお招きいただきありがとうございます」
「建前のあいさつはいらん。さっそく本題に入らせてもらう」
アレストが少し驚いた表情をしてから肩をすくめ、イグナスの向かいに腰かけた。
「今すぐ魔女狩りを止めろ」
「本当に直接だな」
にらみのもと、アレストは気にせずリラックスした様子で続けた。
「でも一番驚いたのはまさかここへ招待されるとは。さすがに思いつきませんでした。」
「散々人をよこして土足で踏み入ったやつが言うことか」
「僕が?まさか、誤解です。騎士の方たちが何か思うところがあったからこそ、調査に入ったのでしょう」
「まだ一言も騎士とは言ってないが」
「失礼。こちらへ騎士の方たちがおじゃましたと聞いたもので」
「はっ、そうか」
「ええ、そうですよ」
鋭い何かが見つめ合う双方のあいだで行き来していた。
そこでアレストは何か思い出したように「そうでした」と周りを見る。
「手紙で彼がいると見ましたが……」
「すぐに来る。だが、その前にお前の考えが聞きたい」
「僕の考え?」
「ああ。あの専属使用人、どう思っている」
「あなたが考えているように、僕にとってとても大切な存在ですよ」
「……そうか」
だが、イグナスはどこか腑に落ちないところがあった。
アレストの専属使用人がほんの一部の貴族のあいだで鳥に閉じ込められた、という噂が回っている。イグナスもその噂にかぎつけた。それはつまりカナトが無事にアレストのところへ戻った可能性が大きい。
ならば体がこちらに残っていることも知っている可能性がある。なのになんの行動もなかった。手紙で触れたというのに、アレストの反応は何ひとつ動揺がない。
なんとなく、彼をアレストの前に見せてはいけない気がした。
だが今すぐアレストを止められる方法といえばこれしかない。
これはひとつの賭けでもある。
ちょうどその時、誰かがドアをノックした。
「……入ってくれ」
ドアが開き、使用人の衣装を着た男が入ってきた。
アレストの目に一瞬昏い光が横切る。
「知っているだろ」
「知っているも何も、カナトじゃないですか」
「短刀直入に言おう。今すぐ魔女狩りを止めないとこの体を壊す」
カナトの体がイグナスの隣に来た。何かで操られているのか、その目は焦点が合っていないながらもちゃんとした足取りで歩いていた。
「脅し、ということでしょうか?」
「そう受け取れ」
「……なるほど」
アレストの体がソファの背もたれに沈み、しばらく無言が続いた。
しかし、すぐにアレストからフッと笑いがもれる。
低く抑えた笑い声が静かに部屋の中に響く。
「一応お聞きしますが、その中には何も入っていないんだな?」
青い瞳にドス黒い何かが蠢いていた。
やはり今のアレストを動揺させるにはカナトしかいないようである。だが、質問の意図がイグナスには少しつかめなかった。
中には何も入っていない、が何を指しているのかはわかる。だがその質問には心配より何かの確信が欲しいように思えた。
「ああ、入っていない」
「よかったです。カナトの体に何か別のものがつまっているかと思うと……吐きそうになりますから」
「お前……」
「さて、僕はこれで失礼します。用事を思い出しました」
そう言うとアレストは相手の反応も気にせず立ち上がった。ドアの前で一度振り返り、
「あと、父様がお世話になっています。ですが爵位を手に入れた今、もはや用済みなので処遇はお好きにどうぞ。ユシルに関しましてはこちらで快適に過ごしています。ご心配なさらずに」
その警告と脅しの入った言葉にイグナスの中で違和感が大きくなった。
アレストは確実にカナトのことで動揺を見せた。だが自分が想像していた反応ではない。
むしろアレストが気にしているのはカナトの体ではなく……イグナスはちらっとカナトの体を見た。
その時、窓がコンコンコンと鳴った。見ると、白い小鳥が窓に張り付いて必死にくしばしで窓をたたいている。
「………」
カナトだった。
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