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第五章
アレストのもとへ3
しおりを挟む地下のとある部屋に送られて来たカナトはそこを覚えていた。
キトウが使っていた地下の部屋である。中には魔法書や雑貨のような器具たちがまだ残っていた。
そして以前はなかったテーブルと椅子が四脚ある。そのうちの一脚にユシルが座っていた。
「ユシル……」
久しぶりに見るその顔に、カナトがぼうとした表情をしていた。
「カナト、この姿で会うのは本当に久しぶりだね」
自分の体に戻れたユシルはどこか困り気味の笑顔を見せた。
「えと、おかえり?」
「うん、ただいま」
「その、いきなりだけど、聞きたいことが……」
「なんでもいいよ。答えれることは全部答えるから」
「その、実はキトウからあの布をもらったんだ。でも、いざそれで帰ろうとしたら失敗して……」
「それについてはもう知っているよ。話すから、先に座って?」
「わかった」
カナトが大人しく座るとぴとっとひざを合わせた。
なんだかずいぶんと慎重深くなったカナトを見て、ユシルの目に陰が落ちる。
「まずあの布についてだけど、どうやら急ぎ過ぎて、魔法円を描き間違えたみたい。本当にごめんなさい」
対面に座ったまま、ユシルが深々と頭を下げた。
「いやいや大丈夫!」
「そのせいでカナトが自分の世界に戻れなかった」
「そ、そうなのか?」
「うん。しかも水に落ちたことで模様が変わってしまったみたい」
「それは俺のせいだな……」
「カナトのせいじゃないよ。もともと私がもっとしっかりしていればいろんなことが起きなかったはずなんだ」
それにはアレストのことも含まれている。
「カナトは今でも兄さんのことが好き?」
「え……?あ、いや、それは……」
カナト自身にも自分の気持ちがよくわからない。
ただ、アレストのそばを離れたいのかと聞かれれば、すぐには答えが出せない。近くにいると怖くなるのに、離れたい気持ちはないともあるとも言えない。
「兄さんとイグナスとのことはもう聞いたかな」
「……聞いた。本当なのか?」
「本当だよ。2人でいろんなパーティーで交流して、周りに関係を周知させたんだ。それと、この1年間で兄さんが私を憎悪する気持ちをいやというほど体感した。私のせいで兄さんが努力して手に入れたものを奪ってしまったみたい。そんなつもりなくてもね。それなのにどの面下げて仲良くなりたいなんて言葉にしたのだろう……今までたくさん我慢させたなと思うと、申し訳なくて」
「それは周りのせいだろ!」
もっと言えばアレスト本人の問題でもある。さらに原因を突き詰めればそれはこの世界でそういう設定だからとしか言いようがない。
「貴族たちの反応のことかな?貴族の世界なんてそんなものだよ。みんな利益を優先するしかない世界で生きているのだから」
「でも……」
「イグナスと兄さんはもともと激しく争っていたんだ。お互い資金源を断とうとしたり、罪状を引っ張り出し合ったりね」
おそらくユシルが言葉にするよりも激しい争いだったに違いない。
カナトはぎゅっと口を引き結んで黙った。
「でも今は本当に争うのをやめたんだ」
「……本当か?」
「本当。カナトのおかげだよ」
「俺?」
自分となんの関係があるのかわからずに首を傾げる。
わからないと言えば嘘になる。アレストの言葉でなんとなく察せれるが、少し信じがたい気持ちのほうが大きい。まさか本当に自分のためにあそこまでの恨みをあきらめるのか?という疑問がつきまとう。
「私が占いでカナトが必ず帰ってくると言ったから、兄さんは私への恨みを表面上捨ててくれれたんだ。帰って来てくれるのに賭けて、イグナスと兄さんは手を取り合った。そしてカナトが本当に帰ってきた。だから兄さんは約束通り、魔女狩りの禁止令を出し、イグナスの管理する場所で暮らすことにした」
「そうだったのか……」
単純なカナトはユシルの言葉を疑わなかった。
簡単に言ってしまえば、カナトを生贄にアレストの凶行を止めたいだけである。
アレストはすでに無実と知りながら数多の人間を魔女狩りに乗じて死に追いやった。金に汚く操りやすい貴族をまとめて国の要にし、国王の体調悪化にともなって、フレジアドが国王代理として玉座に立ち始めると悪政を進めた。
税金関税の引き上げに、悪徳貴族たちの裏商売を融通し、さらには奴隷市場の活性化まで進めていた。器用なことに、それらの罪状はすべて他の貴族に着せられた。それもうまいこと言い逃れができないくらいにである。
民衆の怒りを貴族に向かせ、貴族はその罪状を自分のものと疑わなかった。
それは許されない行為であるし、ユシルにとって家族であるアレストがこれ以上の悪行を犯してほしくなかった。
だから、カナトを差し出す代わりに二度と“外へ”出られない場所で暮らして欲しい。それがユシルとイグナスが言い合いになりながら出した結論である。
イグナスはもとからアレストを殺すつもりであった。しかし、それをユシルが許さなかった。
幸いアレストにはカナトへの執着がある。目的もカナトを手に入れることである。
占いでカナトが戻ってくると知ったため、失った執着をふたたび取り戻すことを条件に、アレストへ提案した。
カナトが二度とこの世界から逃げられない場所へ閉じ込むことでアレストの目的を果たさせる。
それは今のところユシルにしかできないことである。
カナトがアレストのことを愛しているならまだいいが、現実はそううまくいかない。
カナトが自ら望んでアレストとともにイグナスの管理下に入るならほぼ心配事はない。しかし、カナトはアレストのもとへ戻るべきかどうかを迷っている。
ユシルにはそれが心苦しかった。
すでに想いは消えているとすれば、本当にカナトを犠牲にしていいのか。カナトが望まない場合はどうすればいいのか。
ただこれをイグナスに考えさせれば答えは簡単になる。考えるほどのことでもない。嫌がっても檻に放り込めいいだけだからである。
ユシルが苦しく考える一方で、カナトも考えふけていた。
………アレストを少し試しても、いいか?
帰りの馬車でカナトはチラチラと視線を送っていた。
いた場所まで迎えに来たアレストの様子が少し変だったため、カナトは声をかけづらく感じた。
「何かあったのか?」
「え?」
「何度も見てくるからな。気になってしまって」
カナトが少し口をもごもごとさせたあと、ゆっくりと開いた。
「ロンドール領の、お店に戻りたい」
馬車内に冷気が漂い始めた。
「戻りたい?」
声は相変わらず優しいのに、やけに尋問じみている。
「さ、最後まで聞け!」
カナトはなるべく壁に体を押し付けながらなんとか震える声で自分の考えを伝えた。
「お前が言っただろ!機会が欲しいって!だから考えたんだよ!その、俺が戻りたいって思わせられるならお前のそばに帰ってくる!それまでは帰らないからな!」
一気に叫んでからアレストの反応を待った。
「本当か?」
「え?」
「本当に機会を与えてくれるのか?戻りたいときみに思わせたなら、僕のそばにいてくれるのか?」
「あ、ああ……」
「わかった」
その声はどこか愉快げだった。
「この国のことを片付けて辺境伯に放り投げてから一緒に暮らそう。暮らしたい場所はあるか?」
まるでカナトがそばに帰ってくると確信しているような質問である。
「………イグナスの管理している場所だろ?」
「きみの希望を聞きたいんだ」
カナトも少し考えた。イグナスの管理する場所にいるのは危険な気がするが、言い換えればイグナスの目の届く場所にいればアレストが変な気を起こしにくいのではないか?
何かしでかさないなら殺されることもない。
カナトは真剣に考えから戸惑い気に口を開いた。
「イグナスのところでいい……」
「……そっか。わかった。必ずきみが安心できるようにするから」
「お、おう……」
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