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第五章
その決断3
しおりを挟む店の中で不安げにアレストを待っていたカナトのそばへニワノエが恐るおそる近づいていく。
「おい!」
「ん!……なんだ、お前か。なんだよ」
「正気か!アレストをこの店に泊まらせるって!」
「さっきの話も聞いただろ?お前たちはもうすぐもとの生活に戻れるんだぞ?」
「信じれるか!」
「信じるしかないだろ。お前たちを助けられるのもアレストなんだし」
「だけど!」
まだ何か言いたげなニワノエを押し戻し、フランが前に出た。
どこか慎重な顔で言う。
「お前……アレストとどういう関係性だ?」
その問いにカナトが固まった。
「ど、どういうって………知るかよ!!」
「お前のために私の地位を戻すなど、あり得ない。それに……態度が違いすぎる」
「態度?」
ニワノエは何を指しているのかわかったようにハッとした。
「そうだよ!あいつ、1年くらい前から性格が変わっている。なのにお前の前ではまったく違う態度だ!」
アレストの性格が変わったという話ならカナトも少し思い出した。
言われてみれば、アレストの性格が変わったという感じはないな。どこが変わったんだ?
いやな思い出でも浮かんできたのか、フランの顔に苦い色がにじみ出た。
「あいつ……目が恐ろしいんだ。昔ならまだ人前で笑顔を保つが、今は笑わないばかりか……笑ったかと思うと、人を貶めた時に見せたあの笑顔は……悪寒すら感じた。見たことあるか?くり抜いた他人の目玉と舌を友好の証だと送りつけてくるやつを。あんな笑顔見たことない。まさに悪魔だ」
目玉と舌……?
その場面を想像してカナトがぶるっと震えた。
「ストルという専属使用人がいたが、とっくの昔に解雇したのに、何が気に障ったのかあいつの目玉と舌を送りつけて来たんだ。どうやって調べついたのか知らないが、明らかに私への警告だ。兄様に気をつけるように言ったすぐ後、なぜか兄様を暗殺しようとしたという罪をつけられた」
ストル?
その名前がどこかで聞いた気がした。だがよく思い出せない。
カナトが少し自分の決断を後悔し始めた時にドアベルが鳴った。
「カナト、お待たせ」
その声にカナト、ニワノエ、フランが弾かれたように入り口を見た。
見られた本人は不思議そうに首を傾げている。
「どうかしたのか?もしかして……僕の噂をしていたのか?」
ぱっと見優しい笑顔なのに、その青い瞳に見つめられるとまるで柱に磔されたように言葉が出なくなった。
フランは身の毛がよだつ感覚に思わず一歩後ずさった。
「あんまりカナトを怖がらせないでくれ」
コトン、コトン……足音が少しずつと迫り、その音が何かのタイムリミットにすら聞こえる。
大きな手が伸びて冷や汗を流してうつむいているカナトの腰を引き寄せた。
「じゃないと、今度は何をしでかすのか、僕もわからない。これ以上最悪な状況に陥りたいのか?殿下」
「お、お前………」
ぐっと歯噛みしてからフランは店の奥に慌てて消えていった。その後をニワノエが迷ってから急いで追う。
軽い息を吐き出してアレストはカナトの腰に回した手を下ろした。
「すまない。怖かったか?大丈夫だ。何があってもきみだけは特別だから、ニワノエやフランのような状況にはならない」
この時、カナトはふと思い出してしまった。ストルが誰なのかを思い出したのである。
カツラギがこの世界に来ていた時に参加した秋の収穫祭に、フランと一緒にいた専属使用人の男がそんな名前ではなかっただろうか。
確か自分に専属使用人の名をかけた対決を申し込んでいたはずだ。
まさか……アレストはそのことでストルの目と舌を……。
小刻みに震え出したカナトを見て、アレストは少し間を置いてから軽く笑った。
「今日は都合が悪かったのかもしれない。また来るよ」
「え……?」
「僕を受け入れてくれるまで待つつもりなんだ。僕が強制的にではなく、カナトが自分から許してくれるまで待ちたいんだ。……それじゃあ、また」
アレストが身を翻して本当に店を出ようとした。
カナトは慌ててその腕をつかんで引き留めた。してから慌ててパッと手を離す。
「そ、その………遠いから、また明日……帰ればいい」
「……本当にいいのか?無理はしなくていい」
「無理じゃない!お前が、もう今後……道理に反するようなことをしないなら」
「うん、約束する。きみのためならどんなことも約束できる」
「……後悔しないのか?」
「僕が?はは!おもしろいことを言うんだな!………そうだな、しないよ。きみを失ってから何が大切なのかわかったんだ。だから全てをきみの望む通りにしたい」
「そ、そうか」
カナトがこの後何を言えばいいのかと迷っていると、ひょいとレリィが背後から頭を出した。
「店長、店長!」
「な、なんだよ」
「アレスト様がお休みになれる部屋なんですが……」
「ん?ああ!そうか!えーと、空いているところは……」
「店長のお部屋しかありませんよ!」
「は?」
店に住み込んでいるのはカナト以外レリィもいる。さらにそこへニワノエとフランが加わり、空いていた部屋を使ってしまっている。
レリィは女の子なので必然的に一緒の部屋を使わせられない。ニワノエとフランの反応から選択外である。なのでアレストはカナトの部屋で泊まるしかない。
夜、寝支度を済ませたカナトはなかなかベッドに入ろうとしなかった。
原因は他でもない。アレストが現在いつも寝起きしているベッドにいるからだ。
「カナト、入らないのか?」
布団を開けてアレストが手招きをする。
「あ、ああ……い、いい、今行く」
「僕が床で寝ようか?」
「大丈夫!別にそこまでしなくていい」
カナトは決心してベッドによじ登った。布団の中に入ると、ベッドが小さいせいですぐに手が当たった。
相手の冷たい体温に驚いて手を引っ込める。
「お前って……結構体温が低いんだな」
「なんでだろうな。カナトが温めてくれるならもしかしたら……」
「変なこと言うな!」
背中を向けながら怒るカナトに、アレストは愉快げな笑い声を上げた。
「ごめんごめん。まさかこうして、またきみと同じベッドで寝れると思わなかったんだ」
「………俺も、そう思った」
「そっか。今日はカナトがいるから、少しよく眠れそうだな」
「いつもは寝れないのか?」
「うん。きみのにおいを嗅がないと落ち着かなくて」
「嘘だろ……」
「本当だよ」
「………」
「おやすみ、カナト」
「お、おやすみ」
カナトはそう返すが、寝る気はなかった。
後ろで静かな寝息が聞こえてくると、もぞもぞと起きた。
今は冬なのでだいぶ寒い。なので布団を頭から被りながらアレストにまたがった。
寝巻き(なぜかアレストにぴったりのサイズをレリィが用意できた)のボタンを解きながら、なんとか暗闇に慣れた目で確認する。
アザが……広がっている?
アレストの体にある真っ黒いアザが、前回見た時よりも広がっているように見えた。
なんでだ……?
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