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第五章
逆手に取る
しおりを挟むカナトがあの地下室の部屋を見てからますますアレストを見れなくなった。
別にこうなりなかったわけじゃないのに……。
持ってきてもらった朝食を食べているとノック音が響いてきた。
「カナト、僕だ。使用人から体調が悪いと聞いたが、大丈夫か?」
「だ、大丈夫!」
「それならいい。何かあれば言ってくれ」
「わかった……」
「あの地下室についてだが、カナトが望まない限り、使わない。だから心配しなくていい」
「………」
カナトは木製のスプーンを見つめながら口を引き結んだ。
おそらくこれから一生望まない。
朝食後、カナトは廊下にアレストがいないかを確かめてから部屋から出た。
屋敷のとある一室でアレストとイグナスが向かい合うように座っていた。
イグナスは手を組みながらじっとアレストを見つめている。
「楽しんでいるようで何より」
「おかげさまで思い人をずっとそばに留めていられますから。感謝しています」
「……どうだかな」
「と言いますと?」
「お前、本気で今まで築き上げたものを人1人のために捨てるつもりか」
「ずいぶんと今さらですね。逆にお聞きしますが、あなたはユシルのために今まで築き上げたものを捨てる覚悟がないのか?」
イグナスは吟味するようにアレストを見つめた。
「……その言葉、忘れるな」
アレストはただ感情の読めない笑みを返した。
そこへノックが響く。
「入ってくれ」
「失礼します」
入ってきたレリィはチラリとイグナスを見てからアレストに耳打ちをした。
「……なるほど。じゃあ、今連れてきてくれ」
「はい」
レリィが出ていくとアレストはにっこりと笑った。
「僕はこれで失礼します。どうやらカナトがあなたと話したがっているようですので」
「お前がそう簡単にこれを許すとは思えないな」
「ええ、その通り。ですが、先日少々怖がらせてしまったようで、そのお詫びという意味も重ねています」
「……ああ、そう言うことか」
アレストが出て行き、程なくすると窓がコンコンコンとノックされる。
「………。お前はドアを知らないのか」
窓にカナトが張り付いていた。
仕方なく鍵かかった窓を開けたイグナスは、カナトの首えりをつかむと部屋の中に引きずり込んだ。
「いてっ!」
冷酷な赤い目がカナトの全身を見渡していく。
こんな好条件の状況下でカナトは何一つ傷がない。
「何をしに来た」
カナトが慌てて口の前に指を持っていき、もう少し小声になるよう懇願した。
「アレストに黙って来たんだ。バレたら怒られる!」
すでにバレていることも知らずにカナトは急いで窓を閉じ、カーテンを引いた。
「なあ……俺がその……ここで、えーと」
聞きたいことがうまく言えず、カナトが何度も口ごもる。
「お前を犠牲にすることでアレストをここに閉じ込めている」
「………っ!」
「これを聞きたいのではないか?」
「………お、俺」
「誤解がないように言っておくが、これは全て俺が1人で決めた。ユシルは関係ない」
「………」
カナトが口を引き結んで黙ってしまった。
「一つお前のために助言しておこう。この生活でお前が自分を保っていられるようにだ」
「ど、どういうことだ?」
カナトが顔を上げた。どこか要点をつかめない顔をしている。
「お前は何かあると逃げる節がある。アレストのことに関しては逃げるな。受け入れろ。その上で制御し……」
イグナスは言葉を切った。カナトの呆けたような、困惑したような顔を見ていると少々難易度が高い……高すぎている気がした。
「いや、とにかくなんとかアレストの異常性を受け入れてうまく逆手を取れ」
「受け入れるって……」
「今のお前にはその選択肢しかない。そうしなければアレストに骨の髄まで食われてしまう。言っておくが、お前を助けるつもりはない。お前1人を犠牲にすれば数多の命とユシルを救えるなら迷わずに何度でも差し出す」
「俺だって……俺だって受け入れようとしたことはあるんだよ。だけど無理だった!今はアレストを直視すらできないんだぞ!」
「伝えるべきことは伝えた。あとはお前次第だ」
カナトが苦しげな表情で床を見つめた。
誰一人手を差し伸べてくれないこの状況に苦いものが込み上げてくる。
夜、カナトはアレストを探した。
使用人に言えばすぐに連れて行ってくれるだろうが、考える時間が欲しかった。だから探すあいだに心の準備もしていた。
「どこにいるんだよ……」
どこを探してもアレストはいない。
しかし心の奥底で居場所にある憶測が浮かんできた。
そこにいて欲しくないと思いながら、見つかるかもしれないと考えて向かった。
あの地下の部屋にである。
カナトは心の恐怖を抑えて蝋燭を持って地下へ向かい、四つ目に開けたドアの前に来ると慎重にドアを開けた。
「ア、アレスト、いるか?入るからな」
中には誰もいない。しかし、中にある部屋のドアが少し開いていた。
カナトはなるべく落ち着くように自分に言い聞かせて近づいていく。
「アレスト?いないのか?」
ドアを開けると、蝋燭の光に薄っすらと照らされたのは人間の両脚だった。
思わずその光景にのどが引きつる。
「……カナト、わざわざ探しに来てくれたのか?」
「あ、ああ……その、言いたいことが」
「おいで」
カナトがビクッとした。
何度も視線を送ると、フッと笑われた気がした。
「可愛いな、カナトは」
言いながらアレストは軽く座っていた台から離れた。
カナトに近づき、その手をそっと取る。
「どうしたんだい?」
「いや………その」
「うん、ゆっくりでいい。聞いているよ」
「……俺、俺のこといまだに、その、閉じ込めたいのか?」
「というより、この場所以外にどこに行ける?」
アレストが一歩つめ、カナトを覆い隠すように上からのぞいた。蝋燭の光でアレストの目が怪しく照らし出される。
「俺…俺……」
「カナトはどこに行きたいんだ?僕のそばを離れてどこに行きたい?ユシルのところか?それとも元の世界か?」
カナトは問い詰められているような感覚に後ずさろうとしたが、思い切り腰を抱き寄せられた。
アレストの顔が見れずに下を向く。
お、怒らせた……!
「今回はカナトが自分から僕のそばへ来てくれたのだろう?後悔したのか?」
「ち、違う……っ」
「僕がどれほどきみを欲しいのか教えてあげようか」
「え?」
アレストは顔を近づかせてカナトの耳もとで言った。
「きみを縛って、脚を切り落として、この部屋に繋いで……僕以外に誰にも合わせず、これから一生僕のことしか考えられなくしてあげたい。僕によって生かされ、僕の手でしか死ねない。カナト、僕はそれが欲しい」
冷や汗が吹き出してカナトが言葉を出せなくなった。
こんなのどうやって受け入れるんだよ!!
「カナトのためならこのままここで大人しくしているつもりはない。いずれは外に出て僕たちに仇なす全ての存在を消す」
カナトの脳裏にふと見た悪夢の光景がよぎった。
ダメだ!やっぱりアレストはこのままあきらめるつもりなんてないんだ!
カナトが逃げようとするのを察して、アレストは抱き寄せる腕に力を入れた。
ここにいればカナトはどこにも行けない。完全に自分以外に考えられなくしてからあの忌々しい存在どもを消すのも悪くない。油断も誘える。
アレストが密かに算段を立てていると、カナトがふいに顔を上げた。
今度は目をそらさずに、じっと見つめている。その顔から恐怖も拒否感も感じ取れる。なのにまっすぐ見てきた。
アレストはほんのわずかに目を見開く。
「お、俺とずっとここで一緒に暮らして、欲しい」
「………」
「ど、どこにも……行かずに、逆にお前が俺のこと以外に考えて欲しくない!!ユシルもイグナスのことも考えずに俺だけのことを考えて欲しい!!」
そんなことを言われると思わなかったのか、アレストの表情に驚きがにじみ出た。
カナトは深呼吸をしてアレストの頬に片手をそえた。
つま先立ちになりながら目を伏せてキスをしようとしーー
「むぐっ!?」
カナトが触れるより早く口をふさがれた。
最初は軽いものだったが、それがどんどん激しさを増し、手の蝋燭が奪われて台に置かれた。
い、息が……!!
抱き上げられて後頭部を押さえつけられるともはや逃げられなかった。
カナトにはアレストを相手に巡らせるような策略はない。だが、普段のアレストの言いそうなことを逆に本人に言うことで、受け入れるようにした。
それが成功なのかどうかはわからない。
だが自分だけを見て欲しいと言ったのは初めてだった。
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