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プロローグ
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「飯の時間だ! さあ目覚めるのだ勇者よ!」
「うーん……」
フライパンとお玉がガンガンとぶつかる音がする。とってもうるさい。でも布団から出たくない。
「あと五分だけ寝かせて……」
「何をふぬけたことを言っている! 学校に遅刻するぞ! 遅刻するマヌケな勇者など、我は許さんからな!」
布団をはぎ取られたのでしぶしぶと目を開ける。
そこには、フライパンとお玉を持ったライオン頭の魔王が立っていた。
「うむ、ようやく目覚めたか。さあともに朝飯を貪ろうぞ!」
「なに、その格好」
目覚めたオレが真っ先に気になったのは、魔王の姿だった。
なんかトゲトゲしたものが付いてる黒い鎧を着ているのはいつものことだからいい。その上から黄色いエプロンを着けているのはどういうことだ。
「ふふ。たまには我がキッキングしてみるのも悪くないと思ってな」
「それを言うならクッキングだろ! あと鎧のトゲトゲが刺さってエプロンが穴だらけじゃん!」
「細かいことは気にするな。さあ、顔を洗ってから食卓に来るのだ! ふはははは!」
高笑いをしながら、魔王はオレの部屋から出て行った。
§
「いや、やっぱりおかしいよなこの生活!?」
オレ――暁 クオンは、洗面所で顔を洗い終わった後に思わず一人で叫んでしまった。
半年前。『変転の日』と呼ばれる日から世界とオレの生活は一変した。突如、魔族と名乗る生き物が世界中に現れたのだ。
魔族は元々、魔界という世界で暮らしていたらしいが、ある目的のためにオレたちの世界に現れた。
その目的はただ一つ。勇者を倒して人間たちが住む世界を支配すること。
つまり、魔族は人間の世界を手に入れるために現れた、侵略者というわけだ。
「オレが、勇者ねえ……」
中学一年生の、春休みの最終日。後に変転の日と呼ばれるようになる日の夕方。
明日から中学二年生になるなあと思いながら散歩をしていたオレの前に、黒い鎧を着けたライオン頭の魔族が現れた。そして、夕日に照らされたライオン頭の魔族はこう言った。
「我は魔族を統べる魔王だ! 勇者よ! 我は貴様を倒し、この世界を支配する!」と。
正直、悪い夢だと思った。今まで見たことがなかった魔族という生き物が現れただけでもパニックだったのに、魔王と名乗る変なヤツがオレに絡んできたんだから。しかもオレのことを勇者って呼んできてさ。
もしこれが普通の人間だったら迷わず警察に通報してた。不審者以外の何者でもない。
だけど奴は普通の人間じゃなかった。ライオン頭の、凶暴そうな魔族。そんな奴が尖った歯と爪をギラリと光らせながら、オレに近づいてきたんだ。その時は、殺されるかと思った。
だが、その魔族はしばらくオレをまじまじと眺めた後、「今はまだ弱いな」と言った。そしてしばらく考えるような素振りを見せた後、良いことを思いついたといった表情で、こう言ったんだ。
「我が貴様を鍛えてやる。今日から一緒に暮らすぞ。勇者よ」と。
いえ、結構ですと言ったらそのまま食べられるかもしれない。そう思ったオレは、無言で頷くしかなかった。
こうして、よくわからないまま、流されるがままに、オレと魔王の奇妙な共同生活が始まったのである。
§
「遅いぞ勇者! みそ汁が冷めてしまう!」
「いいよ。オレ、猫舌だし」
「ううむ。勇者は人間だろう? 人間なのに猫とはこれいかに」
「熱い食べ物が苦手ってことだよ! まったくもう」
椅子に座って、机の上を見る。そこには、白い湯気の立ちのぼる白ご飯とみそ汁、アジの開きとほうれん草のおひたしが並んでいた。
これぞ和食といった感じの朝食だ。
「クオンさん。おはようッス」
「あ、おはよう。ゼーゲンさん」
水玉のエプロンを着けたオオカミ頭の魔族が、挨拶をしながらオレの前に湯呑みを置いた。
明るい茶色の毛皮が特徴的な彼は、魔王に仕える執事だが、魔王の命令でオレの身の回りの世話もしてくれている。炊事や洗濯といった家事をそつなくこなす凄腕の執事。それがゼーゲンさんだ。
「クオンさん。なんとそのおみそ汁、魔王様が作ったんすよ」
「えっ、そうなの。普通に美味しそうだけど」
普段、料理をするのはいつもゼーゲンさんだ。だから魔王がこのみそ汁を作ったと言われて驚いてしまった。だから魔王は、このみそ汁を早く飲んでほしそうな顔をしていたのか。
「美味しそうではない。美味しいのだ。我が作ったのだから間違いない」
「その自信はどこから来るんだよ。まあいいや。いただきます」
「うむ。貪るがよい」
そこはどうぞとか召し上がれとか言うべきだと思うが、魔王の言葉遣いが独特なのはいつものことなので気にしないようにして、とりあえずみそ汁を一口飲んでみよう。
「――うん。美味しい」
口に入れた瞬間にふわりとかつおの風味がした。かつお節で出汁を取ったんだろうな。
そういえば、昔は、かつお節で出汁を取ったみそ汁を母さんもよく作ってたな。それをオレと父さんが喜んで飲んでた。懐かしい。
「むう。美味いという割には浮かない顔をしているな勇者よ」
「美味しくなかったなら素直にそう言ってもいいッスよ?」
「ちゃんと美味しいよ。けど、ごめん。ちょっと考えごとをしてた」
オレの両親は、世界中を飛び回る写真家だった。だけど三年前――オレが小学五年生だった頃、二人は飛行機事故に巻き込まれて消息を絶った。
生存は絶望的ということだった。三年経っても音沙汰が無いから、間違いなく、亡くなっているだろう。
二人が消息を絶った後、オレは孤児が集まる施設で育った。元々両親はよく仕事で海外に行ってたし、一人で過ごすことも多かったから施設暮らしはあまり苦にならなかった。そこでは、同年代の友達もできたし。
だけど、時々ふと思い出してちょっと寂しくなる。
「ふむ。考えごとをしながら我の作ったみそ汁を飲むとは無礼な勇者だ。今はただ、この繊細かつ大胆な味を堪能することだけ考えれば良いのだ」
「はいはい分かった」
「はいは一回だぞ勇者よ」
「細かい魔王だな……」
魔王が早めに起こしてくれたおかげで、まだ時間に余裕がある。折角だからゆっくりと味わおう。
「うーん……」
フライパンとお玉がガンガンとぶつかる音がする。とってもうるさい。でも布団から出たくない。
「あと五分だけ寝かせて……」
「何をふぬけたことを言っている! 学校に遅刻するぞ! 遅刻するマヌケな勇者など、我は許さんからな!」
布団をはぎ取られたのでしぶしぶと目を開ける。
そこには、フライパンとお玉を持ったライオン頭の魔王が立っていた。
「うむ、ようやく目覚めたか。さあともに朝飯を貪ろうぞ!」
「なに、その格好」
目覚めたオレが真っ先に気になったのは、魔王の姿だった。
なんかトゲトゲしたものが付いてる黒い鎧を着ているのはいつものことだからいい。その上から黄色いエプロンを着けているのはどういうことだ。
「ふふ。たまには我がキッキングしてみるのも悪くないと思ってな」
「それを言うならクッキングだろ! あと鎧のトゲトゲが刺さってエプロンが穴だらけじゃん!」
「細かいことは気にするな。さあ、顔を洗ってから食卓に来るのだ! ふはははは!」
高笑いをしながら、魔王はオレの部屋から出て行った。
§
「いや、やっぱりおかしいよなこの生活!?」
オレ――暁 クオンは、洗面所で顔を洗い終わった後に思わず一人で叫んでしまった。
半年前。『変転の日』と呼ばれる日から世界とオレの生活は一変した。突如、魔族と名乗る生き物が世界中に現れたのだ。
魔族は元々、魔界という世界で暮らしていたらしいが、ある目的のためにオレたちの世界に現れた。
その目的はただ一つ。勇者を倒して人間たちが住む世界を支配すること。
つまり、魔族は人間の世界を手に入れるために現れた、侵略者というわけだ。
「オレが、勇者ねえ……」
中学一年生の、春休みの最終日。後に変転の日と呼ばれるようになる日の夕方。
明日から中学二年生になるなあと思いながら散歩をしていたオレの前に、黒い鎧を着けたライオン頭の魔族が現れた。そして、夕日に照らされたライオン頭の魔族はこう言った。
「我は魔族を統べる魔王だ! 勇者よ! 我は貴様を倒し、この世界を支配する!」と。
正直、悪い夢だと思った。今まで見たことがなかった魔族という生き物が現れただけでもパニックだったのに、魔王と名乗る変なヤツがオレに絡んできたんだから。しかもオレのことを勇者って呼んできてさ。
もしこれが普通の人間だったら迷わず警察に通報してた。不審者以外の何者でもない。
だけど奴は普通の人間じゃなかった。ライオン頭の、凶暴そうな魔族。そんな奴が尖った歯と爪をギラリと光らせながら、オレに近づいてきたんだ。その時は、殺されるかと思った。
だが、その魔族はしばらくオレをまじまじと眺めた後、「今はまだ弱いな」と言った。そしてしばらく考えるような素振りを見せた後、良いことを思いついたといった表情で、こう言ったんだ。
「我が貴様を鍛えてやる。今日から一緒に暮らすぞ。勇者よ」と。
いえ、結構ですと言ったらそのまま食べられるかもしれない。そう思ったオレは、無言で頷くしかなかった。
こうして、よくわからないまま、流されるがままに、オレと魔王の奇妙な共同生活が始まったのである。
§
「遅いぞ勇者! みそ汁が冷めてしまう!」
「いいよ。オレ、猫舌だし」
「ううむ。勇者は人間だろう? 人間なのに猫とはこれいかに」
「熱い食べ物が苦手ってことだよ! まったくもう」
椅子に座って、机の上を見る。そこには、白い湯気の立ちのぼる白ご飯とみそ汁、アジの開きとほうれん草のおひたしが並んでいた。
これぞ和食といった感じの朝食だ。
「クオンさん。おはようッス」
「あ、おはよう。ゼーゲンさん」
水玉のエプロンを着けたオオカミ頭の魔族が、挨拶をしながらオレの前に湯呑みを置いた。
明るい茶色の毛皮が特徴的な彼は、魔王に仕える執事だが、魔王の命令でオレの身の回りの世話もしてくれている。炊事や洗濯といった家事をそつなくこなす凄腕の執事。それがゼーゲンさんだ。
「クオンさん。なんとそのおみそ汁、魔王様が作ったんすよ」
「えっ、そうなの。普通に美味しそうだけど」
普段、料理をするのはいつもゼーゲンさんだ。だから魔王がこのみそ汁を作ったと言われて驚いてしまった。だから魔王は、このみそ汁を早く飲んでほしそうな顔をしていたのか。
「美味しそうではない。美味しいのだ。我が作ったのだから間違いない」
「その自信はどこから来るんだよ。まあいいや。いただきます」
「うむ。貪るがよい」
そこはどうぞとか召し上がれとか言うべきだと思うが、魔王の言葉遣いが独特なのはいつものことなので気にしないようにして、とりあえずみそ汁を一口飲んでみよう。
「――うん。美味しい」
口に入れた瞬間にふわりとかつおの風味がした。かつお節で出汁を取ったんだろうな。
そういえば、昔は、かつお節で出汁を取ったみそ汁を母さんもよく作ってたな。それをオレと父さんが喜んで飲んでた。懐かしい。
「むう。美味いという割には浮かない顔をしているな勇者よ」
「美味しくなかったなら素直にそう言ってもいいッスよ?」
「ちゃんと美味しいよ。けど、ごめん。ちょっと考えごとをしてた」
オレの両親は、世界中を飛び回る写真家だった。だけど三年前――オレが小学五年生だった頃、二人は飛行機事故に巻き込まれて消息を絶った。
生存は絶望的ということだった。三年経っても音沙汰が無いから、間違いなく、亡くなっているだろう。
二人が消息を絶った後、オレは孤児が集まる施設で育った。元々両親はよく仕事で海外に行ってたし、一人で過ごすことも多かったから施設暮らしはあまり苦にならなかった。そこでは、同年代の友達もできたし。
だけど、時々ふと思い出してちょっと寂しくなる。
「ふむ。考えごとをしながら我の作ったみそ汁を飲むとは無礼な勇者だ。今はただ、この繊細かつ大胆な味を堪能することだけ考えれば良いのだ」
「はいはい分かった」
「はいは一回だぞ勇者よ」
「細かい魔王だな……」
魔王が早めに起こしてくれたおかげで、まだ時間に余裕がある。折角だからゆっくりと味わおう。
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