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第1章
1.騒がしい日常
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§
美味しい朝食を堪能した後、オレはパジャマを脱ぎ、薄地の白い長そでのシャツと黒いズボンに着替えた。そして、教科書を詰めた鞄を持って玄関を出た。
「それじゃ、行ってきます」
「留守は頼んだぞ。ゼーゲンよ」
「了解ッス。とびきり美味しい夕飯を作って待ってるから、勉強が終わったら寄り道せずに帰るんスよ」
手と一緒に尻尾をぶんぶんと振るゼーゲンさんに見送られながらオレたちは学校に向かった。
オレたちが暮らすここ、久栄市は人口十万人を擁する市だ。温暖な気候と豊かな自然を活かした農業が盛んな市だが、市街地には大きなデパートもあり、買い物には困らない。田舎すぎず、都会すぎる訳でもなく、程よい感じの市だ。
そんなありふれた市の中心部に、異彩を放つ学校がある。その学校の名前はトラオム学園。今からオレが向かう場所。そして、魔族と人間が共に通う学校だ。といっても、トラオム学園に通う人間はオレだけ。他の生徒は全員魔族だ。
魔族がこの世界に現れた変転の日からまだ半年。魔族に恐怖や嫌悪感を抱く人間はまだまだ多い。だから、魔族が沢山集まる学校に行きたがる人間は少ない。
正直、オレも最初は怖かった。魔王がトラオム学園に通えと言われなければ行かなかったはずだ。
……今思えば、魔王に流されたんだな、オレは。
オレは、周りに流されやすい。これじゃいけないと思ってはいるんだけど、自分を変えるのは難しいな。
「清々しい朝だな勇者よ」
「そうだね。横にしかめっ面の魔王がいなければもっと清々しい朝だったと思う」
「むう。しかめっ面なのは魔王の証だ。魔王は威厳を保たねばならないからな」
「しかめっ面が魔王の証って……。まあいいや。それより、何で毎朝オレと一緒に登校するんだよ」
「我は魔王だからな。勇者の動向を見守る義務があるのだ。それに、トラオム学園は我が建てた学校であり、我が校長だ。それなら、我も校長として毎日通わねばなるまい?」
そう。なんとトラオム学園は魔王が建てた学校なのだ。建てたと言っても、大工仕事をしてコツコツと建てた訳ではない。魔法の力で、城のように巨大な建物を一瞬で作り上げたのだ。ちなみに、オレたちが今住んでいる家も、魔王が魔法で建てたものだ。
魔法を使えば、何も無いところから火や水を出したり、建物を建てたり、空を飛ぶことだってできる。
半年前まで、魔法なんて本や映画の中にしか存在しない空想の産物だと思っていたが、今は違う。魔族が現れるのと同時に、魔法は現実となった。
大半の魔族は、当たり前のように魔法を扱うことができる。そして、魔族から使い方を教わり、条件を満たせば、人間も魔法を使えるようになる。突然現れた魔族がこの世界の人間に受け入れられた理由が、この魔法だ。
魔族を受け入れてもらう代わりに、魔王を筆頭とした魔族が人間に魔法の扱い方を教える。そういう約束を交わしたのだ。
人間は魔法という新たな力を得て、魔族は住み場所を得る。お互いにメリットがあったというワケだ。こういうことを、ウィンウィンの関係って言うんだっけ。
「わざわざオレと肩を並べて歩かなくても、魔王なんだから魔法の力で空でも飛んで先に学校に行けばいいのに」
「確かに、それが効率的だろう。だが、それはしない。してはいけないのだ」
「どうして?」
「最近、さらに料理の腕を上げたゼーゲンのせいで腹が出てきてな。ダイエットせねばならんのだ」
ダイエットする魔王って、何だか間抜けだ。でも言われてみれば確かに、出会った時よりも太ってるかもしれない。オレも気をつけよう。
「勇者は育ち盛りだから、出された料理はしっかり貪るのだぞ。でも、太り過ぎは良くないから程よく運動するのだぞ」
「うーん。やせる魔法とかないの?」
「やせる魔法はないな。魔法は便利だが、何でもできるわけではない」
「何でもできないのはちょっと残念だな」
「そうか? もし魔法で何でもできたら、どこまでも怠惰になるぞ勇者よ。それはつまらないと、我は思う」
怠惰。つまり、怠け者になるってことか。確かに、魔法で何でもできたらそうなりそうだ。
「魔法は、何でもありなように見えて、何でもできる訳じゃないってわけか」
「そういうことだ。危険から身を守ったり、生活を少し豊かにするために魔法は存在しているのだと、我は思う。……そう、信じたい」
そう言った魔王の顔は、ちょっと悲しそうに見えた。気のせいだろうか。
§
しばらく魔王と他愛ない話をしながら歩いていたら、いつの間にか校門の前に来ていた。誰かと会話しながら歩くと、目的地に着くのが早く感じるから不思議だ。
「あ、勇者くん。おはよう」
「おはよう。ナハト」
紅いベレー帽を被った、セーラー服姿の女の子が、校門の前で挨拶をしてきた。
ふわふわとした栗色の髪の毛が特徴的な彼女の名はナハト。一見すると人間の女の子に見えるが、彼女も魔族だ。
ベレー帽で隠されているが、頭からは猫の耳が生えている。人間と同じ形の耳もあるから、ナハトは耳が四つあるということになるな。
「魔王様もおはようございます」
「うむ。おはよう。今日も励んでいるようで何よりだ」
魔王は、微笑みながらナハトにねぎらいの言葉をかけた。ナハトもその言葉が嬉しかったのか、パッと顔を輝かせた。
「風紀委員は毎朝取り締まりをしないといけないから大変だよな。疲れたりしない?」
「ふふん。私は早寝早起きの達人だからね。全然苦にならないよ」
ナハトは、胸をとんと叩きながら得意気にそう言った。
彼女は、風紀委員として毎朝この校門で朝の挨拶と遅刻者の取り締まりを行っている。なおかつ、オレのクラスの学級委員長でもある。
学級委員長の仕事だけでも大変なのに、風紀委員の仕事もしているから大変そうだ。
オレも何か手伝えればいいんだけど。早起きが必要な仕事以外で。早起きは、本当に苦手なんだよなあオレ。
「疲れてないならいいけど。もし、オレに何か手伝えることがあったら手伝うからいつでも声をかけてくれ」
「ありがとう勇者くん。じゃあ、文化祭の準備で人手が必要な時は遠慮なく呼ぶね」
「うん。そうしてくれ」
そろそろ、十月も終わろうとしている。来週からは十一月。そして、十一月三日は文化の日。普通の学校と同じように、このトラオム学園でも初の文化祭が行われる予定となっていた。
「来週の文化祭、我も楽しみにしている。勇者たちのクラスの出し物は確か……焼きサバ屋だったか? 焼き魚を出すとは渋いな。勇者よ」
「焼きサバ屋じゃないよ! 焼きそば屋だよ!」
焼き魚は美味しいけど、祭りで食べるのはちょっと難しい気がする。骨が多くて気軽に食べられないからなあ。
「焼きそば屋さんはどうかって、勇者くんが提案したんだよね」
一ヶ月ほど前に、文化祭でクラスの出し物をどうするかの話し合いがあった。その時、他のクラスメイトが意見を出す気配が無かったから、とりあえず焼きそば屋はどうかとオレが意見を出したのだ。
結局、オレ以外は誰も意見を出さなかったから、クラスの出し物が焼きそば屋に決定したわけだ。
「まあ、焼きそば屋は祭りの出し物の定番だからな」
「ふむ。この世界では、祭りで焼き魚を出すのが定番なのか」
「だから焼きサバ屋じゃないって! 焼いたサバも美味しいけど、それだと屋台じゃなくて定食屋になっちゃうよ……」
「なんにせよ、美味い物が貪れるなら嬉しい。期待しているぞ。勇者よ」
そんなやり取りをしている内に、予鈴が鳴った。
「おっと。つい長話をしてしまったな。我は一足先に校長室に向かうぞ」
「オレも教室に行かないと。それじゃ、また後でなナハト!」
「うん。私も少ししたら教室に戻るよ。また後でね」
魔王とナハトと別れ、オレは駆け足で教室に向かった。
このトラオム学園は、十三歳から十八歳くらいまでの生徒が通う、中学校と高校がごちゃ混ぜになったような学校だ。
広大なグラウンドと、夕焼け色の大きな校舎が特徴的である。校舎が大きくて立派なのは良いことだが、教室まで行くのに少々時間がかかるのが困りものだ。遅刻しそうな時は焦る。
……しかもオレ、今ちょっとトイレに行きたい。全力で走れば間に合うか? でも、廊下を走っちゃいけないしな。よし、少し早足で行こう!
§
「ふう。ギリギリセーフかな」
本鈴が鳴る前に、校舎の二階にある、二年A組の教室にたどり着くことができた。途中でトイレに行きたくなってトイレに寄ったから間に合わないかもと思ったが、間に合ってよかった。
オレは、安堵のため息を吐きながら、教室の扉を開けた。
「降り注げ水よ! ヴァッサーフォール!」
「のわあああっ!?」
扉を開けた瞬間、オレの頭上から大量の水が降り注いできた! オレはとっさにカバンを放り投げる!
……ふう。なんとか教科書は濡れずに済んだぞ。まあ、オレ自身はずぶ濡れなんだけどな!
「おいおい。勇者のくせにこんな魔法も避けられないのかよ! だっせえなあ!」
「いきなり何すんだ! ヴォルフ!」
右目に眼帯と、首元に赤いマフラーをつけたオオカミ頭の魔族が、ずぶ濡れのオレを見て笑う。
この、薄青色の毛皮に全身を覆われたオオカミ頭の魔族の男の名はヴォルフ。同い年のクラスメイトだ。そして、ゼーゲンさんの弟でもある。
「ハッ! オレ様はただ、眠そうな顔した勇者様の顔を洗って目を覚ましてやっただけだぜ?」
「何だと……?」
「お、やるか?」
オレがにらみつけると、ヴォルフもオレをにらみ返してきた。胸ぐらを掴んでやりたい気分だ。
ヴォルフは、オレのことが気にいらないのか、よくこうしてケンカを売るような真似をしてくる。オレも、そんなこいつが気に入らなくてついケンカを買ってしまいそうになるんだよな。
「はいストップ」
オレたちの間に、ナハトが割って入ってきた。どうやら、風紀委員の仕事がひと段落ついて教室に戻ってきたようだ。
「チッ。邪魔すんなナハト」
「ヴォルフくんは相変わらずだねえ。何でそんなに勇者くんに突っ掛かるの?」
「こんなザコが勇者ってことが気に食わねえからに決まってんだろ」
「なら、勇者って思うなよ。そもそもオレも何で勇者扱いされてるのか知らないし」
前から疑問に思って何度も魔王に質問している。何故オレを勇者と呼ぶのかとか、何かの間違いじゃないのかとか。
それを質問すると、決まって魔王ははぐらかしてまともに答えないから最近は質問しないようにしている。
「情けねえ奴だ。こんなヘボ勇者の世話を任されてる兄貴には同情するぜ」
「全くだ。こんな攻撃的で手がかかる弟を持ったゼーゲンさんには同情するよ」
「何だとてめえ!」
牙を剥きだしにして怒りをあらわにしたヴォルフがオレにズカズカと歩み寄ってきた。掴みかかるつもりだろうか。上等だ。もし掴みかかってきたらオレも掴み返してやる。
「いい加減にしなさい!」
ナハトがそう叫ぶのと同時に、ヴォルフの頭の上から大量の水が降り注いだ!
これはさっきヴォルフがオレに対して使ってきた水の魔法、『ヴァッサーフォール』だ。どうやら、ナハトがヴォルフに向けてこの魔法を発動したようだ。
「ぎゃあああ! つめてええええ!!」
滝のように降り注ぐ水が直撃し、ヴォルフは飛び上がった!
「ななな、何すんだナハト!」
「ヴォルフくんは怒りっぽいから頭を冷やす必要があると思ってね。それとも、まだ冷やしたりなかった?」
「ぐっ……」
ナハトは笑顔を浮かべているが、目は笑っていなかった。間違いなく、怒っている。
笑顔を浮かべながら怒るナハトはとても怖い。オレだけではなく、ヴォルフも彼女に圧倒されているようだ。ずぶ濡れの尻尾がしゅんと垂れている。
……尻尾がある魔族は、尻尾を見ればある程度感情が読み取れるから面白いんだよな。
「わっ!? 何なのこの水たまり!?」
本鈴が鳴るのとほぼ同時に、眼鏡をかけた猫の魔族が現れた。
背が低くて、一見すると子供に見える彼女はこの二年A組の担任、テルン先生だ。
「ヴォルフくんとクオンくん。ひょっとしてまた貴方たちの仕業!?」
「いや、オレは何も……」
「仲が良いのは分かるけど、ケンカは外でやりなさい!」
「「仲良くない!!」」
ヴォルフと同じタイミングで同じことを叫んでしまった。
「はいはい。とにかく、二人でちゃんと片付けなさい。いいわね」
「ちっ……」
「はい……」
「私も手伝うよ。半分は私の仕業だし。勇者くんとヴォルフくんは先に着替えてきなよ」
確かに、片付ける前に着替えないと風邪をひきそうだ。
教室のロッカーに洗濯済みの体操服を置いてて助かった。濡れた服は、絞ってどこかに干せば、きっと昼頃には乾くだろう。
美味しい朝食を堪能した後、オレはパジャマを脱ぎ、薄地の白い長そでのシャツと黒いズボンに着替えた。そして、教科書を詰めた鞄を持って玄関を出た。
「それじゃ、行ってきます」
「留守は頼んだぞ。ゼーゲンよ」
「了解ッス。とびきり美味しい夕飯を作って待ってるから、勉強が終わったら寄り道せずに帰るんスよ」
手と一緒に尻尾をぶんぶんと振るゼーゲンさんに見送られながらオレたちは学校に向かった。
オレたちが暮らすここ、久栄市は人口十万人を擁する市だ。温暖な気候と豊かな自然を活かした農業が盛んな市だが、市街地には大きなデパートもあり、買い物には困らない。田舎すぎず、都会すぎる訳でもなく、程よい感じの市だ。
そんなありふれた市の中心部に、異彩を放つ学校がある。その学校の名前はトラオム学園。今からオレが向かう場所。そして、魔族と人間が共に通う学校だ。といっても、トラオム学園に通う人間はオレだけ。他の生徒は全員魔族だ。
魔族がこの世界に現れた変転の日からまだ半年。魔族に恐怖や嫌悪感を抱く人間はまだまだ多い。だから、魔族が沢山集まる学校に行きたがる人間は少ない。
正直、オレも最初は怖かった。魔王がトラオム学園に通えと言われなければ行かなかったはずだ。
……今思えば、魔王に流されたんだな、オレは。
オレは、周りに流されやすい。これじゃいけないと思ってはいるんだけど、自分を変えるのは難しいな。
「清々しい朝だな勇者よ」
「そうだね。横にしかめっ面の魔王がいなければもっと清々しい朝だったと思う」
「むう。しかめっ面なのは魔王の証だ。魔王は威厳を保たねばならないからな」
「しかめっ面が魔王の証って……。まあいいや。それより、何で毎朝オレと一緒に登校するんだよ」
「我は魔王だからな。勇者の動向を見守る義務があるのだ。それに、トラオム学園は我が建てた学校であり、我が校長だ。それなら、我も校長として毎日通わねばなるまい?」
そう。なんとトラオム学園は魔王が建てた学校なのだ。建てたと言っても、大工仕事をしてコツコツと建てた訳ではない。魔法の力で、城のように巨大な建物を一瞬で作り上げたのだ。ちなみに、オレたちが今住んでいる家も、魔王が魔法で建てたものだ。
魔法を使えば、何も無いところから火や水を出したり、建物を建てたり、空を飛ぶことだってできる。
半年前まで、魔法なんて本や映画の中にしか存在しない空想の産物だと思っていたが、今は違う。魔族が現れるのと同時に、魔法は現実となった。
大半の魔族は、当たり前のように魔法を扱うことができる。そして、魔族から使い方を教わり、条件を満たせば、人間も魔法を使えるようになる。突然現れた魔族がこの世界の人間に受け入れられた理由が、この魔法だ。
魔族を受け入れてもらう代わりに、魔王を筆頭とした魔族が人間に魔法の扱い方を教える。そういう約束を交わしたのだ。
人間は魔法という新たな力を得て、魔族は住み場所を得る。お互いにメリットがあったというワケだ。こういうことを、ウィンウィンの関係って言うんだっけ。
「わざわざオレと肩を並べて歩かなくても、魔王なんだから魔法の力で空でも飛んで先に学校に行けばいいのに」
「確かに、それが効率的だろう。だが、それはしない。してはいけないのだ」
「どうして?」
「最近、さらに料理の腕を上げたゼーゲンのせいで腹が出てきてな。ダイエットせねばならんのだ」
ダイエットする魔王って、何だか間抜けだ。でも言われてみれば確かに、出会った時よりも太ってるかもしれない。オレも気をつけよう。
「勇者は育ち盛りだから、出された料理はしっかり貪るのだぞ。でも、太り過ぎは良くないから程よく運動するのだぞ」
「うーん。やせる魔法とかないの?」
「やせる魔法はないな。魔法は便利だが、何でもできるわけではない」
「何でもできないのはちょっと残念だな」
「そうか? もし魔法で何でもできたら、どこまでも怠惰になるぞ勇者よ。それはつまらないと、我は思う」
怠惰。つまり、怠け者になるってことか。確かに、魔法で何でもできたらそうなりそうだ。
「魔法は、何でもありなように見えて、何でもできる訳じゃないってわけか」
「そういうことだ。危険から身を守ったり、生活を少し豊かにするために魔法は存在しているのだと、我は思う。……そう、信じたい」
そう言った魔王の顔は、ちょっと悲しそうに見えた。気のせいだろうか。
§
しばらく魔王と他愛ない話をしながら歩いていたら、いつの間にか校門の前に来ていた。誰かと会話しながら歩くと、目的地に着くのが早く感じるから不思議だ。
「あ、勇者くん。おはよう」
「おはよう。ナハト」
紅いベレー帽を被った、セーラー服姿の女の子が、校門の前で挨拶をしてきた。
ふわふわとした栗色の髪の毛が特徴的な彼女の名はナハト。一見すると人間の女の子に見えるが、彼女も魔族だ。
ベレー帽で隠されているが、頭からは猫の耳が生えている。人間と同じ形の耳もあるから、ナハトは耳が四つあるということになるな。
「魔王様もおはようございます」
「うむ。おはよう。今日も励んでいるようで何よりだ」
魔王は、微笑みながらナハトにねぎらいの言葉をかけた。ナハトもその言葉が嬉しかったのか、パッと顔を輝かせた。
「風紀委員は毎朝取り締まりをしないといけないから大変だよな。疲れたりしない?」
「ふふん。私は早寝早起きの達人だからね。全然苦にならないよ」
ナハトは、胸をとんと叩きながら得意気にそう言った。
彼女は、風紀委員として毎朝この校門で朝の挨拶と遅刻者の取り締まりを行っている。なおかつ、オレのクラスの学級委員長でもある。
学級委員長の仕事だけでも大変なのに、風紀委員の仕事もしているから大変そうだ。
オレも何か手伝えればいいんだけど。早起きが必要な仕事以外で。早起きは、本当に苦手なんだよなあオレ。
「疲れてないならいいけど。もし、オレに何か手伝えることがあったら手伝うからいつでも声をかけてくれ」
「ありがとう勇者くん。じゃあ、文化祭の準備で人手が必要な時は遠慮なく呼ぶね」
「うん。そうしてくれ」
そろそろ、十月も終わろうとしている。来週からは十一月。そして、十一月三日は文化の日。普通の学校と同じように、このトラオム学園でも初の文化祭が行われる予定となっていた。
「来週の文化祭、我も楽しみにしている。勇者たちのクラスの出し物は確か……焼きサバ屋だったか? 焼き魚を出すとは渋いな。勇者よ」
「焼きサバ屋じゃないよ! 焼きそば屋だよ!」
焼き魚は美味しいけど、祭りで食べるのはちょっと難しい気がする。骨が多くて気軽に食べられないからなあ。
「焼きそば屋さんはどうかって、勇者くんが提案したんだよね」
一ヶ月ほど前に、文化祭でクラスの出し物をどうするかの話し合いがあった。その時、他のクラスメイトが意見を出す気配が無かったから、とりあえず焼きそば屋はどうかとオレが意見を出したのだ。
結局、オレ以外は誰も意見を出さなかったから、クラスの出し物が焼きそば屋に決定したわけだ。
「まあ、焼きそば屋は祭りの出し物の定番だからな」
「ふむ。この世界では、祭りで焼き魚を出すのが定番なのか」
「だから焼きサバ屋じゃないって! 焼いたサバも美味しいけど、それだと屋台じゃなくて定食屋になっちゃうよ……」
「なんにせよ、美味い物が貪れるなら嬉しい。期待しているぞ。勇者よ」
そんなやり取りをしている内に、予鈴が鳴った。
「おっと。つい長話をしてしまったな。我は一足先に校長室に向かうぞ」
「オレも教室に行かないと。それじゃ、また後でなナハト!」
「うん。私も少ししたら教室に戻るよ。また後でね」
魔王とナハトと別れ、オレは駆け足で教室に向かった。
このトラオム学園は、十三歳から十八歳くらいまでの生徒が通う、中学校と高校がごちゃ混ぜになったような学校だ。
広大なグラウンドと、夕焼け色の大きな校舎が特徴的である。校舎が大きくて立派なのは良いことだが、教室まで行くのに少々時間がかかるのが困りものだ。遅刻しそうな時は焦る。
……しかもオレ、今ちょっとトイレに行きたい。全力で走れば間に合うか? でも、廊下を走っちゃいけないしな。よし、少し早足で行こう!
§
「ふう。ギリギリセーフかな」
本鈴が鳴る前に、校舎の二階にある、二年A組の教室にたどり着くことができた。途中でトイレに行きたくなってトイレに寄ったから間に合わないかもと思ったが、間に合ってよかった。
オレは、安堵のため息を吐きながら、教室の扉を開けた。
「降り注げ水よ! ヴァッサーフォール!」
「のわあああっ!?」
扉を開けた瞬間、オレの頭上から大量の水が降り注いできた! オレはとっさにカバンを放り投げる!
……ふう。なんとか教科書は濡れずに済んだぞ。まあ、オレ自身はずぶ濡れなんだけどな!
「おいおい。勇者のくせにこんな魔法も避けられないのかよ! だっせえなあ!」
「いきなり何すんだ! ヴォルフ!」
右目に眼帯と、首元に赤いマフラーをつけたオオカミ頭の魔族が、ずぶ濡れのオレを見て笑う。
この、薄青色の毛皮に全身を覆われたオオカミ頭の魔族の男の名はヴォルフ。同い年のクラスメイトだ。そして、ゼーゲンさんの弟でもある。
「ハッ! オレ様はただ、眠そうな顔した勇者様の顔を洗って目を覚ましてやっただけだぜ?」
「何だと……?」
「お、やるか?」
オレがにらみつけると、ヴォルフもオレをにらみ返してきた。胸ぐらを掴んでやりたい気分だ。
ヴォルフは、オレのことが気にいらないのか、よくこうしてケンカを売るような真似をしてくる。オレも、そんなこいつが気に入らなくてついケンカを買ってしまいそうになるんだよな。
「はいストップ」
オレたちの間に、ナハトが割って入ってきた。どうやら、風紀委員の仕事がひと段落ついて教室に戻ってきたようだ。
「チッ。邪魔すんなナハト」
「ヴォルフくんは相変わらずだねえ。何でそんなに勇者くんに突っ掛かるの?」
「こんなザコが勇者ってことが気に食わねえからに決まってんだろ」
「なら、勇者って思うなよ。そもそもオレも何で勇者扱いされてるのか知らないし」
前から疑問に思って何度も魔王に質問している。何故オレを勇者と呼ぶのかとか、何かの間違いじゃないのかとか。
それを質問すると、決まって魔王ははぐらかしてまともに答えないから最近は質問しないようにしている。
「情けねえ奴だ。こんなヘボ勇者の世話を任されてる兄貴には同情するぜ」
「全くだ。こんな攻撃的で手がかかる弟を持ったゼーゲンさんには同情するよ」
「何だとてめえ!」
牙を剥きだしにして怒りをあらわにしたヴォルフがオレにズカズカと歩み寄ってきた。掴みかかるつもりだろうか。上等だ。もし掴みかかってきたらオレも掴み返してやる。
「いい加減にしなさい!」
ナハトがそう叫ぶのと同時に、ヴォルフの頭の上から大量の水が降り注いだ!
これはさっきヴォルフがオレに対して使ってきた水の魔法、『ヴァッサーフォール』だ。どうやら、ナハトがヴォルフに向けてこの魔法を発動したようだ。
「ぎゃあああ! つめてええええ!!」
滝のように降り注ぐ水が直撃し、ヴォルフは飛び上がった!
「ななな、何すんだナハト!」
「ヴォルフくんは怒りっぽいから頭を冷やす必要があると思ってね。それとも、まだ冷やしたりなかった?」
「ぐっ……」
ナハトは笑顔を浮かべているが、目は笑っていなかった。間違いなく、怒っている。
笑顔を浮かべながら怒るナハトはとても怖い。オレだけではなく、ヴォルフも彼女に圧倒されているようだ。ずぶ濡れの尻尾がしゅんと垂れている。
……尻尾がある魔族は、尻尾を見ればある程度感情が読み取れるから面白いんだよな。
「わっ!? 何なのこの水たまり!?」
本鈴が鳴るのとほぼ同時に、眼鏡をかけた猫の魔族が現れた。
背が低くて、一見すると子供に見える彼女はこの二年A組の担任、テルン先生だ。
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「いや、オレは何も……」
「仲が良いのは分かるけど、ケンカは外でやりなさい!」
「「仲良くない!!」」
ヴォルフと同じタイミングで同じことを叫んでしまった。
「はいはい。とにかく、二人でちゃんと片付けなさい。いいわね」
「ちっ……」
「はい……」
「私も手伝うよ。半分は私の仕業だし。勇者くんとヴォルフくんは先に着替えてきなよ」
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桜 花音
児童書・童話
小6のはじまり。
遠山彩花のクラスである6年1組に転校生がやってきた。
男の子なのに、透き通るようにきれいな肌と、お人形さんみたいに、パッチリした茶色い瞳。
あまりにキレイすぎて、思わず教室のみんな、彼に視線が釘付けになった。
そんな彼が彩花にささやいた。
「やっと会えたね」
初めましてだと思うんだけど?
戸惑う彩花に彼はさらに秘密を教えてくれる。
彼は自らの中に“守護石”というものを宿していて、それがあると精霊と関われるようになるんだとか。
しかも、その彼の守護石の欠片を、なぜか彩花が持っているという。
どういうこと⁉
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