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第2章

11.再会

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 §

 ゼーゲンさんと別れた後、オレはデパートの一階にあるちょっとした広場に向かった。予想通り、広場は買い物客で賑わっている。
「よろしくお願いします」
 そこで、オレは通りかかる買い物客に片っ端から文化祭のチラシを配った。快く受け取る人も居れば、いらないと言う人もいる。魔族もそれは同じだった。やっぱり、人間も、魔族も、それぞれ違う考えを持っているところは同じなんだなあ。
 ……ん? 違うのが同じ? なんか、変な言葉だな? ああ、ダメだ。頭がこんがらがってきた。
 ――――考え事をしながらチラシを配布している内に、ナハトから貰ったチラシは残り一枚になっていた。最後は誰に配ろうかな。
「あれ? ひょっとしてクオンさんじゃないですか?」
 突然、後ろから名前を呼ばれて、オレは振り向く。そこには、オレよりも背が高い男の子が立っていた。
「ひょっとして、ユウくんか?」
「そうです! お久しぶりです!」
 海江田 ユウ。半年前までオレが居た施設で、一緒に暮らしていた一つ年下の男の子だ。
「嘘だろ!? 半年会わなかっただけでオレより背が高くなってる!?」
「最近急に背が伸びて、僕もびっくりしてます」
 オレは少しショックを受けてしまった。半年前までは辛うじてオレの方が背が高かったはずだ。なのに、いつの間にかユウくんに抜かされていた。
 オレの身長は百六十八センチくらいだから、ユウくんは百七十センチは超えていそうだ。年下の男の子に身長を抜かされたのはちょっと悔しい。
「いやあびっくりした。まさかこんなとこでユウくんに会うなんて」
「無事で良かったです。魔族の魔王と暮らすなんてことになって、急に施設から居なくなったから心配してたんですよ、僕」
「ゆっくりお別れできなくてごめん。急だったよな本当」
「大丈夫なんですか? 魔族と一緒に暮らすなんて。酷い目に遭ったりしてませんか?」
 ユウくんはオレを心から心配してくれているようだ。
「酷い目には遭ってないから大丈夫だよ」
「本当ですか?」
「本当本当。あ、よかったらこれ貰ってくれないかな」
 手に持ったチラシを一つ、ユウくんに手渡す。ユウくんはそれをまじまじと眺めた後、こう言った。
「トラオム学園文化祭……。トラオム学園って、魔族の学校ですよね?」
「一応人間も通って良いことになってるんだけどね。残念ながら人間はオレしか通ってないけど」
「えっ、クオンさんここに通ってるんですか!?」
 ユウくんが目を見開いて驚いている。その反応に、思わずオレも驚いてしまった。
「そんなに驚くようなことか?」
「当たり前ですよ! トラオム学園は魔族の学校で、近づいたら食べられるとか、実験台にされるって噂がある場所ですよ!」
「そ、そんな噂が流れてるのか……」
 魔族と関わりが薄い人間が、魔族に対して抱くイメージはあまり良くないようだ。ここでチラシを配ってる時も、魔族を露骨に避ける人を見たりしたし。
「ねえクオンさん。僕たちのとこに戻ってきてくださいよ! そんな学校にいたらいつか食べられちゃいますって!」
「食べられないって。魔族もそんなに人間と変わらないよ。ちゃんと良い魔族もいる。一緒に暮らしてる魔王も悪いやつじゃないよ。変なやつではあるけど」
「クオンさん……。脅されたりしてないですよね?」
「してないよ! ユウくんは疑り深いなあ」
「クオンさんに警戒心がなさすぎるだけですよ!」
「そうかなあ……」
 うーん。やっぱり、大多数の人間はユウくんみたいな考えを持ってるのだろうか。だとしたら、悲しいな。
 ……険悪な雰囲気になるのは嫌だから、ちょっと話題を変えよう。
「ところで、ユウくんはどうしてここに?」
「えっ? ああ、僕は散歩がてらちょっと買い物に」
「そっか。ここから施設は近いもんな」
 デパートの駐車場から歩いてすぐの場所に、半年前までオレがいた施設がある。施設で暮らしていた頃は、買い出しのためにこのデパートによく来ていたなあ。
「それで、ユウくんは何を買いに来たんだ?」
「ああ。グローブに塗るオイルを買いに来たんです」
「そうか。ユウくん、昔から野球をやってるもんな。ひょっとして、中学生になってから野球部に入った?」
「はい! 毎日欠かさず練習してます!」
「そっか。凄いな」
 そうだ。ユウくんは野球が好きな子だった。施設に居た頃、一緒にキャッチボールをしたことがある。ユウくんはボールを投げるのがとても上手かった記憶があるな。コントロールは勿論、投げた球の速度も凄かった。まさに豪速球といった感じの球を投げていた。オレはよく取りこぼしてたなあ。
 ユウくんが中学生になったら野球部に入るだろうと予想していたけど、その通りになったみたいで嬉しい。
「ねえクオンさん。良かったら一緒に見て回りましょうよ」
「そうだな。久しぶりに、一緒に遊ぶか」
「やった! ありがとうございます!」
 文化祭のチラシも配り終えたし、残りの自由時間はユウくんと遊ぼう。確か、ユウくんは甘いお菓子が好きだったな。デパートの二階の隅っこに、駄菓子屋があったはずだ。そこに行こう。
「よし、二階の駄菓子屋に行ってみようか。オレが奢るから、好きなお菓子を選んで」
「いや、悪いですよそんな」
「こういう時は遠慮しない。オレに、ちょっと年上のお兄ちゃんっぽいことをさせてくれ」
「すみません。いえ、ありがとうございます!」
 身長を抜かされたとはいえ、オレが年上なことには変わりない。だから、お兄ちゃん面してもいいよな。
 まあ奢るといっても魔王から貰ったお小遣いからなんだけど。いつか、オレが働くようになったら自分が稼いだお金で胸を張って奢りたいな。

 §

「おや? 勇者くんもお菓子を買いに来たの?」
 二階の駄菓子屋に行くと、ナハトとバッタリ出くわした。
「うん。ナハトもここに居たんだ」
「あはは。ちょっと小腹が空いちゃってね」
「そうか。まあお腹が空く時間帯だよな」
「あの、クオンさん? こちらの方は?」
 ナハトと話していると、ユウくんがちょっと不安げに尋ねてきた。
「オレの同級生の友達のナハトだよ」
「あれ? クオンさんって、トラオム学園に通ってるんですよね? クオンさん以外にも人間の女の子が居たんですか?」
「ああ、ナハトも魔族だよ」
「ええっ!?」
 そうか。ナハトは魔族とはいえ、姿形は人間に近い。唯一人間と違うのは頭に猫の耳が生えていることくらいだ。その猫の耳も、今は大きなベレー帽で隠されている。
「勇者くんのお友達かな? ナハトです。勇者くんが言うように私は魔族だよ。ほら」
 そう言って、ナハトはベレー帽を脱いでユウくんに頭を見せた。
「本当だ。猫の耳が生えてますね……」
「うん。普段は隠しておいた方が何かと便利だから隠してるんだけどね。魔族ってだけで怖がる人もいるからさ」
「そうなんですね……」
「あ、やっぱり怖いかな? 怖がらせたら、ごめんね」
 そう言って、ナハトは帽子をかぶり直して猫の耳を隠した。
 ナハトが普段からベレー帽をかぶっているのは、耳を隠すためだったんだな。てっきりオシャレだと思ってた。
「魔族が怖くないと言ったら嘘になりますけど、クオンさんの友達なら信用したいです」
「おお正直だね。何にせよ、仲良くなれたら嬉しいな。えっと……」
「海江田 ユウです」
「ユウくんか。よろしくね」
 駄菓子屋に居たのがナハトで良かったかもしれない。ユウくんは魔族にあまり良い感情を抱いてないようだし、ナハトは姿形も人間とあまり変わらず、社交的だから魔族に慣れるならこれ以上ない相手だ。もしこれがヴォルフだったら一悶着あったかもな。
「よし。それじゃ、ユウくん。好きなお菓子を選んでいいぞ。遠慮しないでいいからな」
「分かりました!」
「おお、勇者くん太っ腹だね。いいなー」
「ナハトも好きなのを選んでいいぞ。奢るよ」
「いいの!? やったー! ありがとう!」
 少々出費が痛いが、喜んでくれてるからいいか。オレも美味しそうなお菓子を選ぶとしよう。そう思った瞬間、
「な、何だ!?」
 どこかで、爆発したような音がして、建物が大きく揺れた。
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