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第3章
14.囚われた二人
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連れ込まれたゲートの中は、暗雲が立ち込める湿地帯だった。あちこちに沼がある。湿度が高くて、身体がべたべたする。気持ち悪い。このゲートから現れたのが、湿気を好みそうなヘビやコウモリのモンスターだったのも納得だ。
「勇者だけを拐ったつもりだったのだがナ。貴様は、何故ここにいル」
「ひっ……」
ゲートに連れ込まれる瞬間、ユウくんが駆け寄ってきたように見えた。それは、見間違いじゃなかったようだ。ユウくんも、ゲートの中に来ていた。ティガに睨まれて、震え上がっている。
「何で来たんだよユウくん!」
「ク、クオンさんを助けなきゃと思ったら身体が勝手に……」
なんてこった。オレを助けたいと思ってくれたのは嬉しいけど、状況は最悪だ。
「なるほド。貴様は勇気ある者のようダ。勇気ある者は嫌いではなイ。勇者ともども、生かして人質にしてやろウ」
そう言って、ティガは歯をむき出しにして笑った。そして、オレを拘束する手を緩めた。
羽交い締めから逃れることができたのは良いが、乱暴に投げ出されたせいで地面に叩き落とされてしまった。ぬかるみに尻から着地してしまって、不快だ。
「さっさと立テ。そしてついてこイ」
「どこに行くつもりだ?」
「来れば分かル。一応言っておくが、逃げ出そうと思うなヨ。我が風の魔法で切り刻まれたくなければナ」
ここはこいつの指示に従うべきか。オレ一人が危険な目に遭うのはまだ良いけど、ここにはユウくんもいる。
「……ごめん、巻き込んで」
「いえ。巻き込まれたというか、巻き込まれにいった感じですし……僕」
ユウくんの手を借りて立ち上がる。そして、ゆっくりと歩き始めたティガについていく。
ぬかるんだ道を踏みしめながら、オレたちはしばらく無言で歩き続けた。
途中でガオンデパートの中で戦ったヘビやコウモリのモンスターに遭遇したが、ティガの姿を見るとそそくさと逃げていった。何故だろう。
「着いたゾ。さっさと入レ」
オレたちが辿り着いたのは、洞窟だった。見るからに、薄暗くて不気味な感じだ。正直入りたくない。だけど断れば何をされるかわからない。素直に従っておこう。
「それで、何をするつもりだ」
オレとユウくんが洞窟の中に入るや否や、ティガは魔法を発動させた。
「風よ荒れ狂エ。ヴィントホーゼ」
洞窟の入り口……いや、オレたちから見たら出口になる場所に竜巻が発生した。
この魔法には見覚えがある。昨日、猪に似たモンスターのヌシと戦った時にナハトが使っていた魔法だ。
「なるほど。オレたちを閉じ込めるためにここに連れてきたのか」
「そうダ。この洞窟から出ようとすれば、貴様らの身体は吹き飛ばされル。命が惜しければ、動かぬことダ」
洞窟の外にいるティガと、洞窟の中にいるオレたち。その間を竜巻が塞いでいるような形だ。
出ようとすれば、ティガが言うように竜巻に巻き込まれて吹き飛ばされる。そうなれば、良くて大怪我。悪くて死ぬ。
ここから抜け出そうとするのは、ひとまずやめておこう。後で何らかの行動を起こすとしても、今はとにかく情報を集めて整理した方が良いかもしれない。ダメ元でティガに質問してみるか。
「なあ。お前は元々魔王の執事だったんだろ? どうして魔王を倒そうとするんだ」
「我が一族が仕えていたのは、力で全てを支配してきた先代までの魔王様ダ。今の魔王は、力を持ちながら支配者としての役割を放棄していル。そんな魔王は、認めなイ」
なるほど。ティガは今、我が一族と言った。多分、代々魔王に仕える役割を持った一族なのだろう。もしかしたら、ゼーゲンさんもそうなのかもしれない。
「今の魔王のやり方が気に食わないからこんなことをしてるってワケか」
「そうダ。魔族が人間どもと共存することなど、認められン。我らがすべきことは支配ダ」
「支配、か。そもそも、何で異世界を支配しようとするんだ?」
「魔族が暮らす領土は多ければ多いほど良いだろウ。魔界は狭イ。魔族が衰退せず、豊かな暮らしをするためには異なる世界を支配し、領土にすることが必要不可欠ダ」
ティガは、魔族が豊かな暮らしをするためには異世界を侵略して支配するのが必要だと思っているようだ。本当に、そうしなければならないのだろうか。魔族が人間と仲良く暮らすのは、いけないことなのか?
「……少し喋りすぎたナ。とにかく、貴様らは魔王をおびき寄せるエサであり、弱点になり得る存在ダ。少しでも長生きしたければ、魔王を倒すまでそこでおとなしくしていロ」
そう言い残し、ティガはどこかに行ってしまった。竜巻で出口を塞がれた洞窟に、オレとユウくんが残される。この洞窟は、完全に牢屋代わりだな。
「……あの、クオンさん」
「どうした、ユウくん」
少し遠慮がちに、ユウくんがオレに話しかけてきた。
「これから、どうなるんでしょうか。僕たち」
「ごめん。オレにもわからない」
「ですよね……」
「とにかく、今は何もできそうにないし少し休憩しよう。色々ありすぎて疲れただろ?」
「本当に、色々ありましたね。クオンさんと久しぶりに会えたと思ったらデパートにヘビやコウモリのオバケが出てくるし……」
オバケじゃなくてモンスターなんだけどな。まあ、そこは別に突っ込まなくても良いことだな。
「そういえば、凄いですねクオンさん!」
「何が?」
「デパートでオバケに襲われた時、魔法を使ってたじゃないですか!」
「ああ。うん。今、授業で習ってるんだ」
「人間も練習すれば使えるようになるって話を聞いたことがありますが、本当なんですね! いいなあ」
「そうか。変転の日以前は、ありえないことだったんだよな。魔法が使えるのって」
魔法を使えることが当たり前になって、すっかり忘れていた。半年前までは、魔法が無いことの方が当たり前だったことに。
「僕も使えるようになりますかね」
「ちょっと勉強した後に練習すれば、使えるようになると思うよ」
「そうなんですね!」
今、オレが最も得意とする魔法であるフォイアチェイスは、魔法の勉強をし始めて三日ほどで使用できるようになった。感覚が掴めれば、初歩的な魔法は誰でも簡単に使用できるはずだ。
「でも、ただ使ってみたいという理由だけだったらオススメできないかも。魔法使いは、さっきみたいなモンスターに襲われやすくなるから」
「うっ。モンスターってさっきのオバケのことですよね。それに襲われるのは嫌です。僕はおとなしく、野球に専念します……」
魔法使いはモンスターに襲われやすくなるという話を聞いて、ユウくんが顔をしかめた。魔法は便利だけど、モンスターに襲われやすくなるのは大きなデメリットだ。だから、どうしても使いたいと思う理由がなければ、使うことをオススメできない。
「あ、じゃあクオンさんはあったんですか?」
「あったって何が?」
「魔法を使うと決めた理由が、です」
オレが魔法を使うと決めた理由、か。
そういえば、トラオム学園に通うようになってからすぐに魔王にこう質問されたな。「魔法学の授業を受ける覚悟はあるか」と。
学べば魔法という超常の力を手にすることができるが、代償としてモンスターという怪物に襲われやすくなる。そう、魔王は説明してくれた。
だけどオレは深く考えずに、流されるがまま、魔法学の授業を受けると決めたんだった。
「……正直に言うよ。オレはただ、流されたんだ。出会ったばかりの頃は魔王が怖かったし、魔法を学ぶことを断ったらひどい目に遭うかもしれないと思った」
「クオンさん……」
「だから、大層な理由は無かったんだ。今思えば、バカだよな。そんな大切なことを、流されるがままに決めてしまってさ」
凶悪なモンスターと実際に戦って、オレはようやく気が付いた。魔法使いになるかどうかは、もっとしっかりと考えてから決めるべきだったと。
「……だけど、魔法使いになったことは後悔していないよ。今のオレは、もっと色んな魔法を覚えて強くなりたいと思っている。強くなれば、きっと、守れるものが増えるから」
この力があったから、昨日、ナハトとヴォルフと一緒にヌシを倒すことができた。今日は、ガオンデパートで、モンスターに襲われていた人たちを助けることができた。きっと、魔法はこれから先も、オレ自身や周りのヤツらを助ける力になる。だから、魔法使いになったのは、間違いではなかったと思うんだ。
「……もう、とっくに強いですよ。クオンさんは」
「そうか? 自分では、全然そう思えないな。でも、オレはユウくんが強いと思うよ」
「どうしてそう思うんですか?」
「後先考えずに、オレを助けようとしただろ。危険なのはわかってるはずなのに」
「それは、クオンさんとナハトさん、あと、オオカミさんたちのおかげですよ」
オレとナハト、それにオオカミさんというのは多分ヴォルフとゼーゲンさんのことだろう。
「オレたちのおかげ?」
「はい。ガオンデパートに大量のオバケが出た時、デパートのお客さんを守るために戦ってましたよね。その姿を見て思ったんです。僕も誰かを助けたいって」
「ユウくん……」
「そう思って行動した結果、何もできずに捕まってしまったんですけどね。ダメダメですね僕は」
そう言って、ユウくんは少し悲しそうに笑った。
「そんなことないよ。もしオレ一人で捕まってたら不安で泣いてたかも。ユウくんが居て、心強い」
「本当ですか?」
「ああ、本当だ」
誰かが側にいる。それだけで、案外心強いものだ。
一人じゃないだけで、とても安心する。力が湧いてくる。不思議だよな。
「ありがとうございます。そう言ってもらえて、少し安心しました」
ユウくんはそう言って、さっきの悲しそうな笑みとは違う、嬉しさが伝わるような満面の笑みを浮かべた。
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