エージェント・イン・ザ・メタバース

神所いぶき

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3.夏空の下で

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 太陽がさんさんと輝く夏空の下。
 私とレーゲンくんは波返しブロックに座り、キラキラと光る海を眺めながらアイスをかじった。
 現実の日本は夏真っ盛り。なのでレーゲンくんはメタバースの中のように厚手のパーカーは着ていない。代わりに白い半袖シャツと青いジーンズを着ていて、いかにも夏らしい格好をしている。
「レーゲンくんのお金で食べるチョコミントアイスは最高だな~」
「黙って食え。あと、現実ではコードネームで呼ぶな。遠井」
「そうだった。ごめんね、アオトくん」
 現実の私は遠井イチカ。そして、現実のレーゲンくんの名前は〈赤石アオト〉。私と同い年で、同じ学校に通う同級生だ。

 数十分前。リターンポイントに飛び込んだ私たちは、中学校の保健室のベッドの上で目覚めた。
 目覚めた時の時刻は十五時。つまり、絶好のおやつタイム! そう思った私とアオトくんはすぐに学校の近くにある小さな商店に駆け込んでアイスを買ったんだ。メタバースの中で約束した通り、アオトくんの奢りでね。
「食ったら、学校に戻るぞ。今日はまだあと一つ任務があるみてえだからな」
「えー。もっと海を見ていたかったのにー」
「その気になれば海なんて飽きる程見られるだろ。ここは小さな島なんだから」
 そう言った後、アオトくんは練乳いちごアイスをガリガリとかじった。

 今、私たちが暮らすこの島の名前は夏鳴島(かないじま)。九州からずーっと南に行った場所に位置する、人口二百名弱の小さな島だ。
 実はこの島はエージェントの拠点で、住民もみんなエージェントなんだよね。いわば、エージェントの島だ。
 エージェントは現実でも悪人に命を狙われやすい。だから、そう簡単に人が来れない辺鄙な場所に集まって身を守っているという訳だ。

「はあ……。メタバースのクーロンエリアって人も建物も多すぎるから、そこでの任務は疲れるんだよねー」
「遠井は数ヶ月前まで東京で暮らしていたんじゃねえのか? 人混みには慣れてんだろ」
 アオトくんが言う通り、私は数ヶ月前まで東京で暮らしていた。
 私がこの島に来たのは四ヶ月前。四月のことだった。ちなみに、アオトくんも四月にこの島に来たみたい。私よりも数日前に到着していたみたいだけどね。
「アオトくん。東京が隅から隅まで都会だと思ったら大間違いだよ。東京にも田んぼがある田舎があるんだからね。そして私はそんな田舎に居たから人混みよりも大自然に慣れているし大好きなの」
「だから現実で海を見て癒されたいってわけか?」
「うん。欲を言えば泳ぎたい。泳いだらもっと癒される気がする。いっそ任務をサボって一緒に泳ぐ?」
「却下。俺は早くS級エージェントになりてえんだ。任務をサボってる暇なんてねえよ」
 エージェントには四つのランクが存在する。
 駆け出しのエージェントはC級。そこから、国の偉い人から発令される任務をこなしていくと貰えるスタンプを貯めていくことで、B級、A級、S級の順番でランクアップできる仕組みだ。
 エージェントとしての活動を数ヶ月前に始めたばかりの私とアオトくんはまだC級。だけど、もうすぐB級になれそうなくらいにはスタンプが貯まっている。
 ランクが上がれば、より難しい任務を受けられるようになるんだよね。それで、給料も高くなる。
「アオトくんは何でS級エージェントになりたいの? やっぱり、お金が欲しいの?」
「そりゃな。金があれば色んなもんを作れるし」
 アオトくんはメタバース内で何かを作ったり改造したりするのが得意なクリエイターだ。でも、物作りや改造にはお金がかかるみたい。
 エージェントの給料はメタバース内で使用できるメタゴルドという仮想通貨で支払われるんだけど、よくアオトくんは物作り中にメタゴルドが足りねえって呟いてるんだよね。
「逆に聞くが、遠井はS級エージェントになりたくねえのか?」
「うーん。なれたらなりたいけど、それよりも大事な目標があるんだよね」
「目標?」
「うん。それはね……」
 溶け始めたチョコミントアイスを急いで食べ終えた後、私は海に向かってこう叫んだ!
「推しを助けること!」
「は?」
「私の推しが行方不明なんだ。だから助けたいの」
 アオトくんが口を開けたまま固まっている。何を言っているのか分からないといった表情だ。もっと詳しく説明した方が良さそう。
「アオトくんは星空ピカリって知らない?」
「……確か、少し前にメタバースで人気があったメタライバーの名前じゃなかったか?」
「そう。すーっごく歌と踊りが上手くて可愛い女の子! その子、私の推しアイドルなんだよね! しかも同い年!」
 メタバース内で動画を配信する人をメタライバーと呼ぶ。メタライバーとして活躍する人は沢山居るんだけど、星空ピカリはその中でもとっても人気があるアイドルだった。
「実は私ね、ピカリちゃんのファンになる前は引っ込み事案の内気な子だったんだよね」
「遠井が引っ込み事案で内気? 何の冗談だ?」
「ウソだと思うかもしれないけど本当なの! 私、勉強も運動もそれなりで特に取り柄がなかったし。でもピカリちゃんが変わるキッカケをくれたんだ。〈ペイントガンナーズ〉で」
「ペイントガンナーズか。今でもメタバースの中で人気があるゲームだよな。名前だけは俺も知ってる」
「そう。そのゲームが、好きだったんだよね。私」
 仕切られたフィールド内で、数十人のプレイヤーがペイント弾を撃ちあう。そして、最後まで撃たれずに残っていたプレイヤーが勝ち。それがペイントガンナーズというゲームだ。
 こうまとめると単純なゲームだと思われそうだけど、フィールドには色んな罠が仕掛けられていたり、個人個人で戦うソロモードもあれば複数人の組同士で挑むチームモードもあったりして意外と複雑なゲームなんだよね。
「ピカリちゃんを知った切っ掛けが、そのゲームだったの。一年くらい前に、ピカリちゃんがメタバース内でゲーム配信をする時に選んだゲームがペイントガンナーズだったんだよね。そしてその時にソロモードで私とピカリちゃんは戦ったの」
「ふーん。よく分からないけどなんかすげえな」
「メタライバーをよく知らなかった当時の私ですら知ってたくらいの有名人だったからね。偶然、そんな有名人と戦うことになってびっくりしたよ。しかも、最後に残った二人として戦うことになるなんて思わなかった」
 多くのプレイヤーが脱落し、最後に残ったのは私とピカリちゃんの二人。互いの位置を探り、隙を見つけて撃った方が勝ち。あの時のゲームは、そんな状況だった。
「で、結局どっちが勝ったんだ?」
「どっちだと思う?」
「質問に質問で返すんじゃねえよ。……けど、そのにやけ面を見れば分かる。勝ったのは遠井だろ?」
「大当たり」
 遠く離れた位置に居たピカリちゃんを、私は物陰から少し顔を出した状態で撃ち抜いた。弾数は残り一つの状態で、その弾を外したら私が負けていた状況だったんだよね。あの時は、すっごくドキドキしたなあ。
「勝負に勝った私は、ピカリちゃんから呼び出されたんだよね。それで、こう言われたの。『最後の一撃、神エイムすぎ! 射撃のプロじゃん』って」
「へー。有名人に褒められて良かったな」
「うん。めちゃくちゃ褒められてすっごく嬉しかった! それがキッカケでピカリちゃんの配信を追いかけ始めるようになって、ファンになったんだよね。歌も踊りもゲームも上手いし、何よりトークが面白いの!」
「人気のメタライバーなだけあるな。でも、そんなやつが行方不明になっちまったのか」
「正確に言えば、メタバースの中で行方不明になったんだよね」
 私がそう言うと、アオトくんはアイスの棒をくわえたまま首を傾げた。
「どういうことだ?」
「半年前、ピカリちゃんの家族がこう公表したの。ピカリちゃんがメタバースに行ったきり、目覚めなくなった。ずっと眠り続けているって」
「眠り続けている、か。脳死状態ではないんだな?」
「そうみたい。これはつまり、生きているままメタバースの中に居続けているってことだと思う」
「それはまた、変わった状況だな」
「でしょ。だから私はピカリちゃんを見つけたい。そのためにエージェントになったの。エージェントは仕事でメタバースの各地を巡るし、色んな情報も入ってくるからね」
 一般教養、暗号解読、メタバース内の歴史……エージェントになるためには、メタバース内で様々な試験がある。
 試験の総合的な結果はあまり良くなかったけど、一つだけぶっちぎりで良い評価を貰えたものがあった。それが、射撃だ。
 ペイントガンナーズをやり込んでいる内に、私の射撃の腕は相当なものになっていたみたい。
 試験官の人に、射撃は過去最高の成績と言われて合格になった。ピカリちゃんに射撃の腕前を褒められて、自信をつけることができたからこその結果だ。
 私に自信をくれたピカリちゃんは、恩人。だから私はその恩人を助けたい。そのために、私はエージェントとして働いている。
「じゃあなおさらサボってる場合じゃねえだろ」
「う~ん正論! お互い、目標を達成するためにも任務に戻らないとね!」
「だな。学校に戻るぞ」
 私とアオトくんは波返しブロックから飛び降り、早足で学校に戻った。

 §

 夏鳴中学校。小さな島にある、小さな中学校だ。
 午前中は、一般的な学校と同じで国語・数学・英語などの授業がある。だが、午後からは違う。午後からはエージェントとしてメタバースで様々な任務をこなして学ぶ。それがこの学校だ。
 敷地内には寮もあって、私とレーゲンくんはそこで寝泊まりしている。
 この学校に通うエージェントは、身一つで来る決まりになっているんだよね。だから、家族が居ても離れ離れになる。
 エージェントの学校に通うって言った時、パパもママは大反対したっけな。めっちゃ駄々をこねて強引に意見を押し通したけど、今思えば悪いことしちゃったな。長期休暇の時にお土産を持って謝ろっと。
「おい。なんで校舎を見て固まってんだ」
 レーゲンくんが私の背中をぽんぽんと叩いてきた。不思議そうに私を見ている。
「ごめんごめん! 色々と考え事をしちゃった! 行こうか!」
 私たちはややかけ足で、校舎の中に入った。向かう先は、保健室だ。

 保健室に入ると、黒いスーツを着たショートカットの女の人が立っていた。
 彼女の名前は〈白石クロナ〉。この学校で働く教師兼エージェントだ。
 クロナ先生は私たちをちょっと睨みつけながら、こう尋ねてきた。
「長い休憩だったわね。どこで道草食ってたの?」
「食べていたのはアイスです!」
 私がそう答えると、クロナ先生はぷっと笑った。
「正直者ね。遠井さんは」
「正直の前にバカが付くんじゃねえか?」
「うわっアオトくん、デリカシーが無さすぎ! 引くよ!」
「はいはい、無駄話はそこまで」
 クロナ先生が両手をパンと鳴らし、私たちの話を打ち切る。ここからは仕事の時間だから、気を引き締めろってことなんだろうね。
「さっき、貴方たちがBP製造機の破壊に成功したと他のエージェントから報告を受けたわ。ご苦労様」
「私たちなら余裕です!」
「追い詰められてめちゃくちゃテンパってたじゃねえか」
「そのことは忘れて!」
「課題は多そうね。でも、結果を出せば問題ないわ。次の任務もしっかり成果を出してね」
 クロナ先生の言葉に、私とアオトくんは「はい」と答えた。
「さて、早速で悪いけど次の任務の内容について説明するわね。次の任務は……」
 私は背筋を伸ばし、クロナ先生の言葉を待った。しっかりと任務の内容を聞いて、絶対に成功させないとね。どんな任務でもドンと来い!
「貴方たち二人でデートしてもらうわ」
「「はぁ!?」」
 アオトくんとハモってしまった! でも、こんな反応をしてしまっても仕方ないよね! 任務の話でいきなりデートとか言われても訳が分からないよ!?
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