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   第二章  火の女神リクシスの加護

  11  アフロ様からアフロへ

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「あ、虫ケラ……」

 家路に歩いている途中。
 ギルド館に差しかかったところで、聞き覚えのある声が響いた。
 振り向くと、猫耳をぴくりと揺らす美少女が眉をひそめている。
 魔女っ子ミルクちゃん。
 こんなところでなにをやってるんだろう。
 と、思ったが目の前にあるのはギルド館。
 彼女はクエストの依頼やら報酬を受け取っていたのだろう。
 だが当然、ミルクちゃんひとりでいたわけではなく。
 ギルド館からでてくる冒険者のなかに見覚えのある顔があった。
 勇者アフロ様と女騎士アーニャ。そして……。
 僧侶ノエルさん。
 ああ、久しぶりに見るノエルさんはやっぱり、か、かわいい……。
 クリーム色のゆるふわんとした髪、雪のように白い肌にピンクの唇。翡翠の瞳がまっすぐに僕のことをとらえている。相変わらず優しいノエルさんは、ほんのり微笑みえを僕にくれた。
 よかった……。 
 クビになった僕のことを覚えているようだ。ああ、嬉しいな……。
 
「だれ知り合い?」

 横からリクシスさんが僕の肩を叩く。
 ええ、とうなずいた僕はつづけた。
 
「以前、僕が勤めていたパーティの仲間です」

 すると、ミルクちゃんが猫耳をぴくりと動かした。不快だったようだ。
 
「ミルクは虫ケラを仲間と思ったことは一度もありません」

 虫ケラ? とリクシスさんは訊き返す。
 ミルクちゃんは僕のことを指さすと、唇を噛んでから口を開いた。

「虫ケラとは、この少年のことです。ミルクの大好きな勇者様に吸いつく寄生虫だったんです」

 え? と目を丸くするリクシスさんは首を傾け、
 
「寄生虫?」
 
 そのとたん、リクシスさんの問いをかき消すように、横から声をかけられた。

「誰かと思えばラクトじゃないか……就職先は見つかったか?」

 アフロ様だ。
 いや、もう様で呼ぶこともないのだが、習慣とは恐ろしいもので、その威圧的な低い声を聞いていると、どうしても脳味噌が萎縮してしまう。虐められると心に深い傷を負ってしまうのだな、と知った。
 
「あ、いや……まだです……」

 くっくっと苦笑するアフロ様は口を開いた。
 
「でもあれか、俺たちを騙したように“いつか賢者になる”とかハッタリをかませばどこかに入れるかもな。アッハハ」

 僕は下を向いた。返す言葉もない。笑われても仕方がなかった。事実、僕はそういう噂だけで、アフロ様に拾ってもらったようなものだから。すると、リクシスさんが心配そうな目で僕の顔をのぞきこんだ。
 
「大丈夫? ラクトくん」
 
 うん、と答えると、だんだん心が落ち着いてくる。
 そのときふと、視界に入ってきたのはノエルさんの顔。
 ノエルさんはリクシスさんのことを、じっと見つめていた。
 なにを思っているのだろうか。
 おや? あんなに怖い顔をしたノエルさんを見たのは、初めてだ。

「ん? にしても、その装備どうした? ミスリルの鎧じゃないか……」

 そう尋ねるアフロ様の指先が僕の鎧に触れた。
 きらめくシルバーに竜の翼が描かれた紋章をなぞるようにそっと離れていく。やがて、ふぅん、とささやきながら値踏みするように僕のことを見つめてくる。急に寒気がした。また、虐められる……。
 
「盗んでないよな?」

 してません、と反論した僕はすぐに首を横に振った。ここにきて、アフロ様へ忠義していた気持ちは一瞬にして霧散むさんした。逆にイラッとする。僕の頭のなかで、アフロ様の様が取れて、ただの“アフロ”に変わった。
 
「ちゃんと買いました。なんてことを言うんですかっ!」
「どうだか……貧乏人のラクトがミスリルなんか買えるわけないからな。いくらした?」
「え?」
「ほら、すぐに答えられないってことは……」

 いくらだったけ?
 買い物はリクシスさんにまかせていたので詳細がわからない。
 じっとアフロの冷たい目線が、僕の身体に突き刺さる。
 痛い。
 この目だ。いつも僕のことを……蹴ったり、殴ったりした、この冷たい目……そのときだった。

「あの……」

 と、女神様の美しい声が響く。
 リクシスさんはアフロをにらむと話をつづけた。
 
「ラクトくんのソードと鎧はセット価格で五万二千フバイ。あと、二万八千のクリスタルピアスを私にプレゼントしてくれたのですが、なにか?」

 横から、リクシスさんが説明とともに問いを投げかけた。
 か、かっこいい……。
 こんなに早口にしゃべるリクシスさんを、僕は初めて見た気がする。表情が硬い。ちょっと、イラついているのかもしれない。もし僕のために怒ってくれているのなら僕は……なんだか嬉しく思った。
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