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   第三章  勇者パーティの没落

 15  勇者パーティには戻れません

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「ラクト、強くなったな……」

 アフロ様の言葉はラクトくんを称えるものだった。
 青く光り輝く剣を鞘に収めるラクトくんは、やおら口を開く。
 
「強くなったのは……実は、この剣のおかげなんです」
「おや? その剣はもしや……クリスタルソードじゃないか!? っていうか、鎧も兜も小手もすべてクリスタルだな……おまえ、買ったのか?」
「はい。全財産を使い果たしましたけどね、ハハハ」

 そう笑いながら答えるラクトくんは、ビュンッと剣を放り投げた。
 虚空で回転する剣を見据え、パチンと指を鳴らす。
 すると、剣は音もなく消えた。きらきらと光る粒子がほのかに舞っている。なんとも、摩訶不思議な現象を目の当たりにしたアフロ様は、口をぱくぱくと動かして何かをささやいていたが、やがて意を決して、「おい」と言葉を放つ。
 
「やっぱり戻ってこい! ラクト」

 ぽかん、とした顔のラクトくん。
 アフロ様はさらにラクトくんを誘う。

「皇帝からクエストをもらった」
「どんなクエストですか?」
「どうやら、フルールの西の砦が魔族に襲撃にあっているらしい」
「西の砦……あそこは防衛上の要地ですね」
「ああ、フルールに物資を輸送する陸路があるのだが、その道を守る重要な関所となっている」
「じゃあ、その西の砦が没落したら、フルールは……」
「うむ、陸路を絶たれたら、一気に魔王軍から戦争を仕掛けられるだろう。そうなれば、フルールが滅亡するのは時間の問題だ」
「では、つまりクエストは、西の砦を魔族から奪還すること、ですね?」
「そうだ」
「……なるほど」
「そこでだ。ラクト、おまえもう一度、俺たちのパーティに戻ってくれないか? おまえの力が必要なのだ。賢者になったおまえの力が……」
「……」
「頼む、この通りだ」

 アフロ様は頭をさげるとつづけた。

「ラクト、おまえをいじめたことは謝る、本当にすまなかった」
「……いえ、もう終わったことです」

 ラクトくんは下を向いている。
 アフロ様の弁解はつづく。

「おまえは知らないと思うが、いつか賢者になる息子がいると、おまえの母親から言われたことがあるんだ。俺はこれも何かの縁だと思い、おまえをパーティに入れた。もしかしたら、俺のことを父親代わりになればと、おまえの母親は思っていたのかもしれない」
「……そんなことが」
「ああ、そして、おまえを戦場に連れて行った。だが、おまえはまったく役に立たない戦力外だった。それでも、おまえはおまえなりに健気にがんばっていたと、俺は思う、だがな……戦場はそんな甘いものじゃない。生きるか死ぬかなんだ」
「たしかに……」
「だから、おまえを死なせてでもしてみろ! 俺はなんて言って母親に説明したらいい? とても顔なんて合わせられない。だから俺はおまえを追放した。いじめたのは未練をなくすためと、それでもおまえが根性を見せるかどうか、試していたのもある」
「嘘だろ……そんなことが……」

 いやいや、違うっ! と叫んだアフロ様が大仰に首を振った。

「すまない、そんなのは言い訳だ! 俺がおまえを追放したのは、怖くなったからだ! 責任が取れないからだ。ああ、そうだ、俺はおまえの教育を放棄したんだよ」
「でも、それを言ったら、ミルクちゃんやアーニャさん、それにノエルさんだって、戦場で死ぬことがあるのではないですか? なぜ、僕だけに責任を感じるのですか?」
「あいつらは友達だからだよ」
「え?」
「ミルクもアーニャもノエルも俺の命に変えても守るし、死ぬときは一緒だ」
「……そ、それなら、僕も友達にしてくれればよかったじゃないですかっ! なんで、なんで、僕だけ仲間外れにするんですかっ」
「……すまない、本音を言うと、俺は努力しない人間は嫌いなんだ。親のスネをかじってのうのうと生きているやつも嫌いだ。戦場においてでも、後方支援しているだけで、仲間の命を救えないやつは、もっと嫌いなんだ……わかってくれ、俺はおまえが嫌いだったんだ……そんなやつとは友達になれない」

 ラクトくんは眉をひそめ、アフロ様をにらんでいた。
 アフロ様はラクトくんを、まっすぐに見つめ返すと言葉を放つ。

「だが、なにがあったか知らないが、おまえは賢者になった」
「……はい」
「強くなったのなら話は別だ。もう一度、勇者パーティに戻ってきてくれないか? ラクト」

 真剣な眼差しのラクトくんは、スッと息を吸いこんでから答えた。

「ごめん、女神様とパーティを組んでるから戻れません」

 なっ、なんだと!? と言ったアフロ様の額から、たらーと汗が流れる。その顔は落胆の色が濃く、次の言葉は何かと、頭のなかを探しても、見つかるのはラクトくんをいじめた記憶だけだろう。わたしだって、後悔と自責の念で、胸が張り裂けそうになっているのだから。すると……。
 
 ぱちぱちぱち、と拍手が火の神殿に響きわたる。
 
「誰だッ!?」
 
 と、大きな声で尋ねるアフロ様。
 その言葉に合わせるように、わたしたちが首を振っていると、赤く光るクリスタルの奥から、すぅーっと人影が浮きあがる。そよそよと揺れる金髪、赤銅色の瞳、はためく白いマント……。
 
(火の女神リクシス!)
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