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2、とても素敵な
しおりを挟むそして、次に気がついた時には日も暮れかかったところでした。
ですが、それまでの間に二度虫を捕まえるところを見られて、私は非常に満足でした。
私がずっとハエトリ草を眺めている間、ハンスさんもずっと隣にいてくれていました。
今までこんな風に隣で一緒にいてくれる方などいなかった為、とても嬉しいのですが、反面少し申し訳ない気持ちもあります。
「長くお付き合いさせてしまい申し訳ないです。とっても素敵なものを見せてくださってありがとうございました」
「……いえ、どうも……」
あら、途中まで生き生きと話してらっしゃったのに、最初の状態に逆戻りですね。
「では、勝手ながらそろそろお暇させていただきますね。また来てもよろしいでしょうか?」
「……いえ、どうぞ……おすきに……」
「まぁ!本当ですか、ありがとうございます!ではまたよろしくお願いしますね。お邪魔しました」
「……はぁ」
また何とも気の抜ける言葉に送られて家帰りました。
帰宅後、それとなく家の者に彼のことを尋ねてみましたところ。
「何をしているかわからない」
「不気味な不審者」
「出て行ってほしい」
「悪い薬を作っているのでは?」
などなど。
結構散々な評判ですね。
彼はあまりそれを気にしてはいないようでしたが……
もしくはこんな言われようだから人間が苦手そうな人になってしまったのでしょうか?
ですが、私は周りの評判なんて気にしません。
貴族令嬢としては良くない考え方かもしれませんが、ここは王都ではありませんし、気にするほどでもないと思います。多分。
翌日も可愛いハエトリ草ちゃんを見るべく朝からガラスの館を訪ねました
コンコン
ガラガラガラ
昨日も思いましたが、客が尋ねてくるだけで一体何がこんな音を立てているのでしょうか?謎です。
確かにかなり散らかってはいましたが……
「……誰……?」
「おはようございます、また来ました!」
「……ああ、君……」
今日も綺麗な銀髪がぐしゃぐしゃです。
手入れとかしなさそうですもんね。
でもそんなことはどうだっていいのですよ。
「お邪魔させていただいても、よろしいでしょうか?」
少し遠慮気味に言ってみたのですが。
「……好きに、したらいい……」
そう言って去っていきました。
どこへ行くのか少し気になってついていくと、とても美しい絵が、台のようなものに立てかけて、飾られていました。
描かれているのはもちろん、食虫植物です。
「とても美しい絵ですわね!」
「……ん……まだ……」
「まだ、どうしましたの?」
言い淀んだままだったので、続きを促すと、顔どころか耳まで真っ赤になっていました。
「どうされましたの?」
急に熱でも出たのでしょうか?
「……それ、まだできてない……」
「えっ?まだ、ということは、この絵はハンスさんが描いていらっしゃるのですか?」
沈黙がとても長かったですが、もしかして照れていらっしゃるのでしょうか?
「こんなに素敵な絵を描くには、大変な練習が必要なのでしょうね。本物そのものですわね」
「……ああ」
ふぃっ、とそっぽを向いて倉庫へ行ってしまいました。
あんまり言いすぎて嫌がられてしまったのでしょうか?
出入り禁止にはしないでほしいのですが。
それにしても、美しい絵です。
なんという草なのかは分かりませんが、黄色い壺のような形で、すぐ近くにある本物と見比べても本当にそっくりです。
昨日はハエトリ草を1日眺めていましたが、この絵も1日見ていられそうです。
全然戻ってこないのですが、本当に嫌われてしまったのでしょうか?
もしかして帰った方がいいの?
私がちょっと不安になって周りを見回すと、すごく強い視線でこちらを見られていました。
「申し訳ありません」
やっぱり何か機嫌を損ねるようなことをしてしまったのでしょうか?
「……ちがう。これ……」
音もなく近寄ってきて、差し出されたものは手のひらサイズのノートでした。
しかも、そこに描かれていたのは。
「まあ、とても美しいハエトリソウですね!」
一目見た時には気持ち悪いと思ってしまうほど毒々しい赤色。
歯のように並んだ棘の一本一本までが精密に描かれていて、今にも動き出しそうです。
「とっても丁寧で、素晴らしい絵ですね」
私が絵を見て感動している間ずっと、彼は顔全部を真っ赤にしています。
なんでしょう、ちょっとかわいいですわね。
1枚目をひとしきり眺めてから、次のページを捲りました。
「え?」
何故か、1枚目と同じ絵が描かれているのです。
とても素敵な絵ですので何枚あっても良いとは思いますが、何故なのか気になって彼の方を見ました。
「……」
すると、無言のままノートを取り上げられてしまいました。
それでも、まだ顔は真っ赤なままですので嫌われてしまった訳ではないと思うのですが……?
取り上げられたノートを、私に見えるように開いてくれます。
そのままパラパラとめくっていくと!
なんと!
絵が動いているのです!!!
「ハエトリソウちゃんが、動いていますよ!」
「…………ぅん」
「素晴らしいです、とても素晴らしいと思います!王都にだって、こんなものはありませんよ!」
「……ありがとう」
「止まっているハズの絵が、めくるだけで動き始めるんですね」
これさえあれば、動くハエトリソウちゃんがいつでも見られるのです!
「…………ん」
相変わらず少し目を逸らしながら、ノートを突き出してきます。
「ありがとうございます。少しお借りしますね」
やったああああ!
ハエトリソウちゃんの隣でこれ見るんだ♪
「あ、そう言えば、大切なことを忘れていたんでした。お名前、お伺いしてもよろしいですか?」
自分が名乗った記憶はありますが、お名前知らなかったのです。
家の者も何故か名前を知りませんでしたしね。
「……ハンス」
「ハンスさんとおっしゃるのですね。昨日一日中お邪魔していたのに、本当に失礼しました。
改めて、よろしくお願いしますわね!」
「……あぁ」
軽く頷いてもらえましたので、ハエトリソウちゃんのところへ行きましょうか。
それにしても、彼は名前しか名乗りませんでした。もしかして下級平民の出身なのでしょうか?
でも、これだけのガラスの館を建てられるのであれば姓を買うことだってできるはずなのに。
……深く考えるのはやめましょうか。
今は、ハエトリソウちゃんの本物と、この素敵な動く絵を眺めて見比べるほうが先です!
昨日は、彼はずっと私の隣に居ましたが、今日は他のところで作業をしているようです。
彼が絵を描いているところを見てみたいのですが、今日は描かないようですね。
そんなことを考えながらも視線はハエトリソウちゃんに固定したまま。
そうして、今日もハエトリソウちゃんと一緒にいた一日が終わりました。
「ありがとうございました。とっても楽しかったです。こちら、お返ししますね。また貸していただけると嬉しいです」
ちょっと名残惜しいですが、ノートを返します。
「……ぃや……」
ん?
「……あげる」
「ぇっ、本当ですか?」
こんなに精密な絵を1枚1枚描くのはとても大変だと思うのですが……
「……ぁあ」
「ですが、私には勿体ないと思います。またこちらに来た時に貸していただけたら充分ですよ?」
「……ぃや。……持って帰って」
「本当に、本当に、貰ってしまっていいんですね!?」
「……あぁ」
「やったー!ありがとうございます」
素直に喜んでいると、真っ赤なままの顔がほんの少し微笑んだ気がして、もっと嬉しくなりました。
「お礼に何か持ってきますよ。お好きなものとかありますか?」
「……特には」
「甘いものはお好きですか?」
先程、倉庫の作業台の上にクッキーが置かれているのを見つけたのでそう聞いてみました。
「……あぁ」
「では、明日は何か持ってきますね。我が家のコックの焼くスコーンはとっても美味しいんですよ」
「……」
無言で倉庫へ行ってしまいましたが、耳は隠せないほど真っ赤でしたし、頬が少し緩んだのも見逃しませんでした。
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