新月を追って

響 あうる

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第1章

【13話】青い空の下

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 四時限目の終了のチャイムの音は戦いの始まりを告げる音である。1階の生徒玄関の付近でパンが売られるのだ。それに1年から3年までが押しかけるため生徒玄関は混雑し、少ないパン販売スペースは争奪戦が毎日、繰り広げられていた。
 誰もが1秒でも早く行き、有利に楽にパンを手に入れたくて気が気でない様子で時計と睨み合っている。敦志も勉強にまったく身が入らなかった。

―――キーンコーン…カーンコーン


「先生早く早く!」
「じゃあ終わります…」
「起立、礼!」

 礼をしたか、してないか分からないほど急いでいつものように教室を飛び出す。教室を出ると隣の組の廊下に既に人が立っていた。依月だった。
 あれ以来毎日、そうだ。この昼休みだけじゃなく、隣の組と合同の体育の時などもその視線を感じる。
 依月の隣を通り過ぎ、不意に肩越しに振り返ると通り過ぎたというのに、依月の視線はすでに敦志の方に向いていた。
 更に急いで階段まで駆け込み、依月の目の届かないところまでくると立ち止まり、少しだけ呼吸を落ち着かせた。
 それでも頭の中にはあの視線がこびりついて離れない。いっそ軽蔑した眼差しなら楽だった。何を考えているのか読めないあの視線を振り切るように首を横に振り、もう既に何人もが追い越していき、人でごった返す階段をようやく敦志も駆け下りていった。



 人混みをすり抜けてパン売り場にたどり着いたときには既に買おうと思っていたツナマヨのパンは売り切れていた。甘い菓子パンだけが売れ残っていて昼飯に菓子パンだけかぁ…と思いながら仕方なく菓子パンを二つ買い、ついでに紙パックの牛乳を買っていると後ろのほうから誰かに呼ばれた。


「中西ちゃーん」
「あ、松島さん」
「ごめーん、俺にも牛乳買って」
「あぁはい」

 紙パックの牛乳を二つ持って人混みから抜け出して松島のところに行く。
 牛乳です、と牛乳を渡すと松島はこんなことを言い出した


「中西ちゃん、俺と一緒に昼飯しない?」
「え、ぁ…でも…」
「いいじゃん?たまには俺、中西ちゃんと話したいな」

 なんて反論を許さないような笑みで手を引かれて敦志は学校の屋上まで連れて行かれた。屋上へのドアを開けると松島は上を見上げて


「あーっいい天気…」

 と目を閉じて両腕を空に伸ばし胸いっぱいに空気を吸い込んだ。そして誰もいない屋上に驚いた様子だった。


「誰もいなーい…」
「いないですね」
 
 そんな意味があるのかないのか、わからないような言葉の応酬をしながら屋上の半ばまで入って行き、地べたに座り込みフェンスにもたれて昼飯を食べることにした。


「笹山さんとは食べないんですか?」

 松島の隣に行き、同じように座り込んだ敦志はチラッと松島に目を向けて尋ねた。
 敦志の記憶が確かなら、松島と笹山は常に連んでいたので松島の単独行動は珍しく感じた。
 質問につられて松島が敦志の方に目を向けた。永遠と見ていられそうな綺麗な顔の造りに、敦志は思わずドキッとして目を逸らす。


「んー…喧嘩してる」
「…喧嘩、するんだ」

 敦志が驚きを隠せない声を出し、松島は苦笑いを浮かべた。
 腐れ縁で仲良くやってきているが当然、笹山と松島だって喧嘩はする。しかも、今の喧嘩の原因は自分だなんて、隣に座る敦志は思わないだろう。
 笹山には敦志で遊ぶをまわすな、と言ってるのだが、松島が笹山の告白を断ったことを持ち出して逆ギレされるので、最近はろくに話をしていない。

 あの時、乗り気の笹山にドン引きしたと同時に、そうさせたのが自分なら敦志が可哀想だと思って、せめて気持ち良くじぶんのしってることしてあげたら、ハマってしまった。
 それがますます笹山を怒らせたのだが、だからといって松島にとっては、気持ちを受け入れるだかれることは絶対に出来ないし、知ってるはずなのに、だ。


「はーっっ……ねぇ、これ見て?俺の昼メシ~」

 笹山の事を考えると鬱々してきて松島は深いため息の後、うなだれた。もう、考えるのはやめようと急にバッと顔を上げて、白いビニール袋を広げながら敦志の方に身体を傾けた。
 松島の昼飯はコンビニで買ってきたもののようで白いビニール袋の中から出てきたのはビッグメンチカツロールにサンドイッチだった


「で、牛乳買うの忘れたんだよね…」

 笑いつつ松島は後ろ髪を掻いた。つられて笑みを浮かべる敦志


「それでさっき牛乳買ったんですね」
「そうそう」

 松島は牛乳からストローを取り出し上の方を咥え、下の方を引っ張りカチッと音をさせた。


「中西ちゃんは、菓子パンだけ?」

 尋ねながら牛乳パックの穴にストローを突き刺す


「はい…ほとんど売り切れちゃってて」
「それだけだと食った気しなくない?サンドイッチ半分食う?」

 と松島はサンドイッチを二人の間に置いた。タマゴとツナのサンドイッチだ、食べたくないというのは嘘になる。


「いいんですか?」
「いいよ」
「じゃ、じゃあ俺…」

 とサンドイッチに目線を向けたまま敦志は考え込んで無言になった。

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