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83.悔し涙~ナルバドside

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 モンテとあの子を見送ってから、俺は日課となっている彼らの朝食を届ける為に地下へと降りていく。
片手で持った盆に乗る布巾被せた器に入ってるのはパン粥だ。

 同じ敷地に木造の本邸と石造りの離れを作った。
地下牢は離れの日当りの良い石畳の通路からそのまま地下に入れるようにした地中深くにある。
パッと見は庭道具なんかが仕舞ってある小さい石造りの小屋みたいな感じかな。
離れ一帯の造り物はラスの魔法で物質強化してあるから少々の魔法や物理的な衝撃ではびくともしない。
冬月のあの日は廃墟と化したけど。

 始めは微かに聞こえていた声も徐々にはっきりと聞こえてくる。
大きな扉を開けて中に入れば、その声が2つの向かい合った牢の住人達からだとわかる。
それぞれの牢の住人達はガリガリの体に髪はぼさぼさで体中に掻きむしった跡が無数にある。
切りそろえられている爪の間には血がこびりついていて、うつ伏せになってのたうってるから窺えない顔は間違いなく頬がこけ、目の下には真っ黒なクマがある。
もしかしたら顔中にまた赤い爪痕が増えたかもしれないな。

「····ぐっ、ぅあ····」
「····か、は····ぁ····」

 やっぱりいつもより苦しそうだけど満月の影響だ。
あの冬月の満月以降、それまでと比にならないくらいに苦しみが増している。
あの晩のような狂いに狂った破壊行動はあれからなりを潜めたものの、あの日折れた肋骨や背骨は恐らく治癒しきっていない。
竜人なら治癒魔法をかけておけば1か月ほどでどんなに複雑にバキバキに折れていても骨はくっつくというのに、未だにその兆しは見られない。
下手をすればあの日骨折によって傷ついた内臓すらも大して治っていないのかもしれないけど、あの晩を境に治癒魔法すらも刺激となって中毒症状を誘発するようになった。

 ちなみにあの満月の翌日、暴れきってか、キレたラスの重力魔法に潰されたかで気絶した2人に治癒魔法をかけたアライグマ属のおやっさんは直後に吹っ飛ばされてしまった。
壁に激突する前にキャッチした俺の腕は再びあらぬ方向に曲がっていた····う、あの衝撃を思い出しちまった。
おやっさんには現在養生がてらのんびり門番をやってもらってる。

 俺は牢の前の机に盆を置いて人肌程度の若干冷えたパン粥の器を持って入る。
今ではちょうど良い温かさの食事すら刺激とになるから、冷えてから持ってくるようにしてる。

 足音をたてないように蹲る1人にゆっくり近づく。

「今日は一口だけでも口に入れましょう」

 少し離れた所に立って声をかける。
近づき過ぎると突然の動きに対処できない為だ。

「う、ぐ、ぁあ!」

 蹲った体を起こそうとして激痛に襲われたやつだな。
額を石畳にこすりつけて低く悲鳴を上げる。
腕は後ろ手に手枷を付けて拘束しているんだけど、もちろん魔力拘束具。
これもいつ魔力を暴発させるかわからない為致し方なくの処置だ。

 体の事を考えれば石畳で無い方が良いけど、ここに来た時暴れて木材の床を木っ端微塵にしてしまってからは剥き出しの石材のままだ。
遥か向こうにぐしゃぐしゃのカーペットが見える。

 ゆっくりと近付いて匙ですくって、かろうじて口元が見える程度に何とか顔を上げてもらい、口に運ぶ。
何とか飲み下せたようでほっとするが、こんなものでもやはり今は刺激になってしまった。

「ぐ、ぎ、ぎゃあああぁぁぁぁぁ!!!!」

 叫びながら床を転がる。
俺は内心舌打ちしながらすぐさま粥を床に置いて両手で抱き込むようにして抑える。

「ナルバドさん!!」

 ダルシンが勢いよく牢の中に入ってきて、眠りの魔法をかける。
それでもしばらくは足をバタつかせ、体をよじっていたが、何度か魔法を重ねて使うと少しずつ落ち着いてくれた。
それでも眠るまでには至らなかったみたいで、口から涎を垂れ流して呆然とするに留まった。

 コイツの魔法は氷系統を精神系統に特化しているから正直助かったけど、眠りの魔法を使う所は初めて見た。

「ラスさんから先日教わりました。
今のうちに粥を流し込みましょう」

 なるほどね、と思いながらその言葉に頷いて粥を流し込めば、夢現の状態ながらも何とか飲み下してくれた。
口元を拭ってから手枷の状態を確かめ、出る際にはしっかりと施錠する。
魔石具を使用した強化された特注の鍵だ。

 その後2人で反対側の牢に入って最初は同じように蹲るもう1人に一口流す。
やはり暴れられたけど、今度は転がる前にダルシンが対処する。
最初に魔法を使わなかったのは、下手すると眠ってしまいかねないから。
この眠りの魔法は緑竜程度までなら眠らせる【竜の居眠り】というもの。
ラスならどんな状態でも多分手加減しないと一発で眠らせていたと思うけど、まだそのレベルではないみたいでダルシンは重ね掛けても眠らせるまではいかなかった。

 今回は夜の満月で暴れて体力をごっそり削らないようにするのにどうしても粥を食べさせておきたかったからちょうどいい。

「助かったよ。
取りあえずしばらくは落ち着いてるだろうから、上に上がろう」

 あの満月以降初めてここに来たからか、痛ましそうな顔になって喋らなくなった元部下を連れて地下牢を後にする。

 地上に上がった所で日に当たり、少し緊張が解けたんだろう。

「····あ、ナルバドさん」

 躊躇いがちに名前を呼ばれて振り返る。

(あーあ、泣きそうな顔すんなよ)

 まだまだ子供だよな。
そう思いながらポンポンとなるべく優しく、慰めるように頭を叩く。

「多分、今夜が山だから。
耐えろよ」
「····はいっ」

 悔しそうな泣き顔は見なかった事にして先にあの人属の子供の所へ向かった。
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