春宮くんは靡かない。

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5. 春宮くんは唆される。

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 春宮 梓は――、もうこの下りもそろそろ長いだろうか。


「…………あの。何か?」
「いや。お前が可愛いから見ていた。今日も可愛くて愛らし」
「あ、いらっしゃいませ。空いているお席どうぞ」


 溜息を吐き、目の前のカウンター席に座る男を睨みつける。ここ最近ですっかり常連のようになってしまったこの不審者の事を、梓はどう扱ったものか決めあぐねていた。
 というのも、初対面以降、男は無理に梓に絡んでくることはなかったし、外で待ち伏せる様なこともなくなっていたからだ。ただのお客様でいる以上、梓に男を追い出す理由も材料もなかった。ちなみに、友人たちにも連絡していない。

 男は深入りの炭焼きブレンドを飲み、珍しく苺のムースケーキを食べている。普段はコーヒーだけを頼んで何やらパソコンを触っているので、スイーツを食べている所を梓は初めて見た。
 もしかしたら梓が知らなかっただけで、存外スイーツ系も好むのかもしれない。まぁ別にどうでも良いが。

 寧ろ男のルーティンを把握し始めている自分の方が梓にとっては問題であった。


「お前は、」
「ご注文以外で話しかけないでください」
「つれないな……だが、そんなところもまた愛おしい」
「耳ついてます?」
「あぁ。勿論。お前の透き通った声がよく聞こえてくる」


 いや、矢張り追い出していいんじゃないだろうか。手振りだけで扉の方を示すと、男は苦笑してもう1度「つれないな」と呟いた。
 そもそも。金持ちだか何だか知らないが、こんな歯の浮いた発言をして恥ずかしくないのだろうか。小説で読んでも鳥肌が立ちそうな言葉ばかりをかけられていて、梓の腕は鳥肌が既に標準装備となっている。金で梓の関心を惹けないと分かってからは、こうして口説き文句を脳死で告げてくるようになったのだが、正直まだ金の方が揺らぎもするというものだ。

 梓は深い溜息をはき、別のお客様の会計に向かう。その最中も、一心に注がれる熱い視線が梓から集中力を削ぎ落した。


「…………あの」
「なんだ?」
「視線が邪魔すぎるんで帰ってもらえます?」
「酷いな。客を私情で追い出すのか?」


 ……それを言われると、何も言えないのを分かっているのだから意地が悪い。男はぐっと唇を噛み締めた梓を頬杖をついてじっと見つめ、微笑んでいる。しかしその目は獲物を狙う猛禽類のように鋭く、梓を突き刺すのだ。
 気持ちが悪い、ともまた違ったぞわりとした感覚に、身動ぎをする。梓はこの男の目がすっかり苦手になっていた。

 「せめて見ないでください」と冷たく呟いた梓に「善処しよう」と返した男は、しかし先程までと全く変わらない熱烈さで梓を見つめ続けた。
 

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「―――あ、の。なんなんです。マジで視線が煩い。言っときますけど愛人とかなりませんから」
「何故だ」


 いや、何故もクソもあるか。愛人に至るまでの関係性すら築いてないのに。――いやそもそも男同士。
 冷えた視線で「男同士で愛人とかどういうことですか」と呟いた梓に、男はクスクスと笑ってコーヒーを口に含む。そして妙に色気のある仕草でムースケーキを食すと、再び真っ直ぐ梓を見つめた。

 梓はそんな彼の所作をじっと見つめてしまっていた自分に気付き、慌てて目を逸らす。


「今時、男同士の関係性なんて珍しくもないだろう?」
「それは恋人なら……愛人ってなんですか」
「ほう、恋人をご所望か?勿論いいぞ。愛人から初めて俺以外じゃ満足的ない身体に仕上げ、その内取り込もうと思っていたからな。お前が恋人を望むならそれが一番」
「望んでねーよ」


 脳内お花畑か。
 睨みつけて乱暴に紅茶缶を調理台に叩きつけた梓に、男はベラベラと喋っていた口を暫し止める。しかしそれでも彼から平静を奪うことは敵わなかったようで。男の顔には、いまだ余裕綽々といった笑みが浮かんでいた。

 梓のこめかみに、ビキリと青筋が立つ。梓は基本的に感情の起伏がない方だが、怒るときは怒るので。


「――じゃあ、今度アルバイト終わりに2人で食事でも行かないか?」
「何が『じゃあ』だお断りします何にも繋がってないんで」
「ここのレストランが美味くてな。――それに、紅茶やコーヒーも絶品なんだ」


 ピクリ。

 ポットに視線を落としたままの梓の手が揺れる。男はそれに気を良くして、更に言葉をつづけた。


「ご馳走しよう。普段、満足に食事もとっていないんだろう?その日くらい目一杯食べてもいいんじゃないか」
「なぁんで満足に食べてないとかアンタが知ってるんですかね?」
「見ているからな」
「あ、警察ですか?すみませんやっぱりこの人やばい人で……」


 じきにやってきた警察(最早顔馴染みになってしまった)に連行された男に視線を送る事もせず、梓は淡々と注文の品を運んでいく。通りがかるたびに常連客から「お疲れ様」と労われつつ提供を終えた梓は、カウンターにポツンと残されたパンフレットを手に取った。
 そこには、梓でも知っているような有名ホテルの中にあるレストランの名が書かれており、美味しそうなメニューの写真と共に、予約のQRコードが載っている。

 金のない梓には、一生関係のない世界だ。むすりと顔を歪めた梓は、そのパンフレットを「お忘れ物ボックス」にポイといれ、一度だけ溜息を吐いて邪念を追い出し、再び業務へと意識を戻していった。

 ……羨ましくなんて、ない。そう、これっぽっちも。


『お母さーん!!俺、このレストラン行ってみたい!!』


 我儘は、もうやめたんだ。
 
 
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