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継章2 歪められた遺産と、寒冷化する帝国の黄昏
歴史の改竄(かいざん)とは、力による弾圧よりも静かに、しかし確実に人々の魂から牙を奪っていくものです。新北宋の時代、女帝・翠松(すいしょう)の圧倒的な武力と富の前に、ぐうの音も出ず鳴りを潜めていた儒学者たち。彼らは元朝、そして明朝の成立という混沌に乗じて、本格的に蠢動(しゅんどう)を始めました。彼らが最初に行ったのは、新北宋が女性の自立のために作り上げた輝かしい実績を、古い「三従四徳」の枠組みへとはめ込み、じわじわと歪めていくことでした。
牙を奪うための「意味の改変」懐剣(かいけん)の矮小化:かつて翠松が蘭や愛、彩(さい)女官長に贈り、女性たちが不当な暴威に対して自衛し、戦うために胸に抱いていた懐剣。儒学者たちはこれを「女性が貞操を守るために『自害』するためのもの」へと意味を完全にすり替えました。他者と戦うための武器は、自らに刃を向けるための「従順さの象徴」へと変えられたのです。
護身術の骨抜き:すべての女性に義務付けられ、金軍を翻弄したあの護身術は、「ただの健康のため、美容のため」のたしなみとして教育から実戦性を徹底的に排除され、単なる形だけの踊りのように矮小化されていきました。
纏足(てんそく)の復活
そして、女性が自らの足で立ち、逃げ、戦うための最大の基盤であった「自由な足」を奪うため、儒学者たちは再び纏足の悪習を社会に浸透させていきました。布で硬く縛られた足では、もはや敏捷に動くことすら叶いません。明王朝の初期、太祖・朱元璋(しゅげんしょう)や成祖・永楽帝(えいらくてい)、宣徳帝(せんとくてい)、弘治帝(こうちてい)、そして万暦帝(ばんれきてい)の初期を支えた名宰相・張居正(ちょうきょせい)らは、曲がりなりにも優れた統治を行い、国の綻びを繋ぎ止めていました。しかし、彼ら以外の明の歴代皇帝は軒並み暗愚か、あるいは極めて凡庸な者ばかり。朝廷では宦官が権力を握って私腹を肥やし、明王朝は内部から急速に腐敗の泥沼へと沈んでいきました。
小氷期の到来と、狂い出す大陸
そこに、元朝の繁栄から引きずってきた「増えすぎた人口」という爆弾が、最悪の形で炸裂します。時を同じくして、地球規模の気候変動が発生。中国の長い歴史の中でも稀に見る、明王朝末期(崇禎帝期)の「小氷期(しょうひょうき)」と呼ばれる極端な寒冷化のピークが大陸を襲いました。天変地異の連鎖、絶望的な大旱魃(だいかんばす)、そして追い打ちをかけるようにペスト(黒死病)をはじめとする大規模な疫病が猛威を振るい、全土に蔓延しました。昨日まで生きていた者が、今日は飢えと病で無残な屍となって転がっていく地獄。「飢えて死ぬか、戦って死ぬか」極限状態に追い詰められた民衆によって、各地で大規模な反乱が続発。もはや、かつて翠松が命を懸けて打ち立てた、あの「強い負けない三従」という高潔な精神を顧みる余裕など、支配層にも民にも、誰一人として残されてはいませんでした。
古代中国春秋戦国時代、斉の桓公を支えた名宰相管仲の「倉が満ちて初めて礼節を知る」との言葉が伝わってきています。
つまり「人はまず生活が安定し、衣食が足りてこそ、礼儀や道徳心をきちんと守ることができる」と貧しい民に対して道徳だけを説いても実行は難しいと考え、 まず国を豊かにし民の暮らしを安定させ、その上で礼や義を正すべきだとの考えだったのです。よって新しい三従の理は忘れ去られていきました。
社会は荒れ果て、女性たちは再び無力な犠牲者へと逆戻りし、世界はかつての「靖康の変」の前夜よりも、さらに陰惨で容赦のない暗黒の時代へと突き落とされていったのです。
牙を奪うための「意味の改変」懐剣(かいけん)の矮小化:かつて翠松が蘭や愛、彩(さい)女官長に贈り、女性たちが不当な暴威に対して自衛し、戦うために胸に抱いていた懐剣。儒学者たちはこれを「女性が貞操を守るために『自害』するためのもの」へと意味を完全にすり替えました。他者と戦うための武器は、自らに刃を向けるための「従順さの象徴」へと変えられたのです。
護身術の骨抜き:すべての女性に義務付けられ、金軍を翻弄したあの護身術は、「ただの健康のため、美容のため」のたしなみとして教育から実戦性を徹底的に排除され、単なる形だけの踊りのように矮小化されていきました。
纏足(てんそく)の復活
そして、女性が自らの足で立ち、逃げ、戦うための最大の基盤であった「自由な足」を奪うため、儒学者たちは再び纏足の悪習を社会に浸透させていきました。布で硬く縛られた足では、もはや敏捷に動くことすら叶いません。明王朝の初期、太祖・朱元璋(しゅげんしょう)や成祖・永楽帝(えいらくてい)、宣徳帝(せんとくてい)、弘治帝(こうちてい)、そして万暦帝(ばんれきてい)の初期を支えた名宰相・張居正(ちょうきょせい)らは、曲がりなりにも優れた統治を行い、国の綻びを繋ぎ止めていました。しかし、彼ら以外の明の歴代皇帝は軒並み暗愚か、あるいは極めて凡庸な者ばかり。朝廷では宦官が権力を握って私腹を肥やし、明王朝は内部から急速に腐敗の泥沼へと沈んでいきました。
小氷期の到来と、狂い出す大陸
そこに、元朝の繁栄から引きずってきた「増えすぎた人口」という爆弾が、最悪の形で炸裂します。時を同じくして、地球規模の気候変動が発生。中国の長い歴史の中でも稀に見る、明王朝末期(崇禎帝期)の「小氷期(しょうひょうき)」と呼ばれる極端な寒冷化のピークが大陸を襲いました。天変地異の連鎖、絶望的な大旱魃(だいかんばす)、そして追い打ちをかけるようにペスト(黒死病)をはじめとする大規模な疫病が猛威を振るい、全土に蔓延しました。昨日まで生きていた者が、今日は飢えと病で無残な屍となって転がっていく地獄。「飢えて死ぬか、戦って死ぬか」極限状態に追い詰められた民衆によって、各地で大規模な反乱が続発。もはや、かつて翠松が命を懸けて打ち立てた、あの「強い負けない三従」という高潔な精神を顧みる余裕など、支配層にも民にも、誰一人として残されてはいませんでした。
古代中国春秋戦国時代、斉の桓公を支えた名宰相管仲の「倉が満ちて初めて礼節を知る」との言葉が伝わってきています。
つまり「人はまず生活が安定し、衣食が足りてこそ、礼儀や道徳心をきちんと守ることができる」と貧しい民に対して道徳だけを説いても実行は難しいと考え、 まず国を豊かにし民の暮らしを安定させ、その上で礼や義を正すべきだとの考えだったのです。よって新しい三従の理は忘れ去られていきました。
社会は荒れ果て、女性たちは再び無力な犠牲者へと逆戻りし、世界はかつての「靖康の変」の前夜よりも、さらに陰惨で容赦のない暗黒の時代へと突き落とされていったのです。
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