江ノ島の小さな人形師

sohko3

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誰からも認められない人形師

弁天橋

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「そういえば、おんなじ海なのにさっきの場所とこっちで全然違うよね。向こうは砂浜で遊んでる人いなかったのに、こっちはたくさん」

 正しくは、砂浜で遊んでいる人がいなかっただけで、海の中。

波の向こうでヨットを動かす人や波の上でサーフボードに乗る人はちらほら見かけた。

「こっちは海水浴場で、あっちはそうじゃないからってだけ」

 その理由も葉織は祖父から教えてもらったが、説明が難しくてあまり覚えていない。

 ただ、七里ヶ浜は海水浴場として向いた地形ではないからそのような整備はされていないということくらいしか説明出来ない。



 弁天橋は江ノ島の玄関口だ。

 「名勝史跡江ノ島」と刻まれた碑がその入り口に佇んでいる。

 江ノ島の全景の手前に、その名の刻まれた大きな碑というのは存在感があるなぁと羽香奈は思う。

 実際、記念撮影に興じる恋人らしき男女がいる。

 写真かぁ……あんな風に誰かに撮ってもらえた記憶が、羽香奈には覚えがなかった。

 遠目には自動車道と歩道が一体になった横幅の広い橋のように見えたのだが、実際にその場に立ってみるとそれぞれが独立した二対の橋だった。

 当然、歩道の方が幅は狭い。

 人が歩くための橋が弁天橋、車が通るための橋が江ノ島大橋である。

 二本の橋の隙間を覗き込むと、砂浜が下に見える。

 もう少し進めば波が橋桁に打ち付けている。

「まるで、海の上を歩いているみたいだね」

 一歩一歩進む度、江ノ島が近づいてくる。

 先ほど、海岸から遠景として眺めた時は実感が湧かなかったけれど、自分の足で橋を歩いて島へ渡るというのは思いのほか心が湧きたつ。

 すぐ背後は普通の市街地なのだからなおさら、異世界へ踏み出していくような感覚が強い気がする。

「……葉織くん! 
富士山が浮いているみたいに見えるよ!」

 鎌倉高校前駅のホームから眺めた時は市街地の向こう側に見えた富士山だが、この角度からだと手前の風景が霞むのか、海の上に浮かぶ大きな船のよう、あるいは空に浮遊しているようにも見えた。

「雲ひとつなく晴れていても、こんな風にはっきり富士山が見えない日もあるんだよ。
羽香奈は初めて来たのに見られてラッキーだったかも」

 ラッキーっていうより、龍神様に歓迎されているのかな。

 照れるようでもなくごくごく当たり前のように葉織は呟く。

「龍神様?」

「うーんと……羽香奈がうちの子になるってじいちゃんが話してくれた時に言ってたんだ」

 江ノ島の発祥として伝わる、五つの頭を持つ龍の物語。

 かの龍はこの周辺地域で暴れまわって人々を困らせていたが、大地震の後に浮上した江ノ島とそこに降臨した天女に一目ぼれして心を改め、人々に尽くした。

 寿命を迎えるとその身は山へと転じ、今でも江ノ島を守っていると語り継がれてきた。

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