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誰からも認められない人形師
青銅の鳥居と赤い鳥居
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「羽香奈は優しい女の子だからきっと龍神様が気に入って守ってくれるだろう、って」
「……わたし、おじいさんにはまだ、会ったことないよ?」
「死んだお母さんが言ってた。
羽香奈は良い子だよ、間違いない、って」
言いながら、葉織の顔が曇った。
羽香奈のことを潮崎家で迎えられるよう、法的な手続きをしてくれたのは葉織の母・波雪だった。
彼女も羽香奈と共に暮らせる日を楽しみにしていたのだが……。
葉織と年老いた両親との生活を支える大黒柱として、彼女が選んだ仕事は長距離トラックのドライバーだった。
高速道路上で事故に巻き込まれて命を落とし、その日を迎える前に帰らぬ人となった。
『羽香奈ちゃんも、私達の家に来たら葉織をよろしくね。
あなたほどの事情ではないんだけど、あの子も色々難しくてね……』
彼女と最後に会った、児童相談所の面会室にて、そう言われた。
難しい、っていうのは、なんだろう。
さっき見せてくれた、不思議な力のこと?
他の人には見えないものが見える目のこと?
わたしは何をよろしくしたらいいのかな。
彼女の残した言葉の意味を、ほんの数分後に羽香奈は知ることになる。
いよいよ江ノ島の入り口に辿り着いても、羽香奈の興味は尽きなかった。
「ねえ葉織くん、どうしてこの鳥居は緑色なの?」
「青銅の鳥居だから。
じいちゃんはずーっと潮風に当たってるから、海の色に染まってるんだとか言ってたけど……
本当にそうなのかはオレは知らない」
「……本当じゃないかもしれないけど、そう信じるだけで素敵だよね。
海の色の鳥居なんて」
羽香奈はしゃがみこんで、鳥居を支える足元の龍の彫り物を撫でる。
さっき葉織くんが教えてくれた龍神様かなぁ。
羽香奈は、自分の中にこのような、空想を楽しむ心があるなんて知らなかった。
青銅の鳥居をくぐって、緩やかな上り坂になっている参道を歩く。
両側に並ぶのは店舗ばかりだ。
お土産屋、飲食店。
立派な宿屋もあるけれど、これからここに住むのだから自分には縁がないだろうと羽香奈は思う。
江ノ島神社に着くと、こちらは真っ赤に塗装された、立派な鳥居だった。
海からはだいぶ離れているし、建物や木々に遮られて潮風もそんなに当たらないんだろう。
だからそんなに風化して見えない、きれいな赤い色。
羽香奈はひとりで納得してうんうん頷いて、葉織はそんな彼女を不思議そうに眺める。
仲見世通りの緩やかな上り坂を歩いている時はさほどでもなかった蝉しぐれが、神社の鳥居を前にすると急に激しく降り注ぐ。
音なのだから耳にだけ届くはずなのに、全身に浴びているような感覚に陥る。
「別に神社を通らなくても、家まで行ける近道あるけど」
「いいのかなぁ。
これからずっとここでお世話になるのに、最初の日にお参りしなくて」
「そう言われると……
じゃあ、お参りして行こっか」
「……わたし、おじいさんにはまだ、会ったことないよ?」
「死んだお母さんが言ってた。
羽香奈は良い子だよ、間違いない、って」
言いながら、葉織の顔が曇った。
羽香奈のことを潮崎家で迎えられるよう、法的な手続きをしてくれたのは葉織の母・波雪だった。
彼女も羽香奈と共に暮らせる日を楽しみにしていたのだが……。
葉織と年老いた両親との生活を支える大黒柱として、彼女が選んだ仕事は長距離トラックのドライバーだった。
高速道路上で事故に巻き込まれて命を落とし、その日を迎える前に帰らぬ人となった。
『羽香奈ちゃんも、私達の家に来たら葉織をよろしくね。
あなたほどの事情ではないんだけど、あの子も色々難しくてね……』
彼女と最後に会った、児童相談所の面会室にて、そう言われた。
難しい、っていうのは、なんだろう。
さっき見せてくれた、不思議な力のこと?
他の人には見えないものが見える目のこと?
わたしは何をよろしくしたらいいのかな。
彼女の残した言葉の意味を、ほんの数分後に羽香奈は知ることになる。
いよいよ江ノ島の入り口に辿り着いても、羽香奈の興味は尽きなかった。
「ねえ葉織くん、どうしてこの鳥居は緑色なの?」
「青銅の鳥居だから。
じいちゃんはずーっと潮風に当たってるから、海の色に染まってるんだとか言ってたけど……
本当にそうなのかはオレは知らない」
「……本当じゃないかもしれないけど、そう信じるだけで素敵だよね。
海の色の鳥居なんて」
羽香奈はしゃがみこんで、鳥居を支える足元の龍の彫り物を撫でる。
さっき葉織くんが教えてくれた龍神様かなぁ。
羽香奈は、自分の中にこのような、空想を楽しむ心があるなんて知らなかった。
青銅の鳥居をくぐって、緩やかな上り坂になっている参道を歩く。
両側に並ぶのは店舗ばかりだ。
お土産屋、飲食店。
立派な宿屋もあるけれど、これからここに住むのだから自分には縁がないだろうと羽香奈は思う。
江ノ島神社に着くと、こちらは真っ赤に塗装された、立派な鳥居だった。
海からはだいぶ離れているし、建物や木々に遮られて潮風もそんなに当たらないんだろう。
だからそんなに風化して見えない、きれいな赤い色。
羽香奈はひとりで納得してうんうん頷いて、葉織はそんな彼女を不思議そうに眺める。
仲見世通りの緩やかな上り坂を歩いている時はさほどでもなかった蝉しぐれが、神社の鳥居を前にすると急に激しく降り注ぐ。
音なのだから耳にだけ届くはずなのに、全身に浴びているような感覚に陥る。
「別に神社を通らなくても、家まで行ける近道あるけど」
「いいのかなぁ。
これからずっとここでお世話になるのに、最初の日にお参りしなくて」
「そう言われると……
じゃあ、お参りして行こっか」
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