【完結】消えた一族の末裔

華抹茶

文字の大きさ
15 / 51

15

しおりを挟む
 あれから一週間後。マリア様は神の御許へと旅立った。
 わかっていたことだけど。覚悟していたことだけど。こんな僕に優しくしてくれた人がいなくなってしまった。悲しくて悲しくて、僕はずっと泣いていた。

 三日後に葬儀が行われることになり、王都にある教会へとマリア様の体は運び込まれた。棺の中で眠るマリア様のお顔は、とても安らかでうっすらと微笑んでいるように見えた。
 そんなマリア様は、大好きだったピンクの薔薇に囲まれている。僕もその中に一輪、薔薇の花を置いた。

 ニコラス様もアメリア様も、声を上げて泣いていた。でもルドヴィク様はただ一人、少し離れた場所で涙を堪えて立っていた。まだルドヴィク様の中で、自分のせいで死んでしまったと思っているんだと思う。
 いくら僕達がそうじゃないと伝えても、それはなかなかルドヴィク様の心の中には届かなかった。今も一人でぽつんと立っているその姿が寂しくて苦しくて、僕はルドヴィク様の隣へ立ってその手を握った。
 ルドヴィク様は僕の手を振り払う事はしなかったけど、握り返してくれることもなかった。

 粛々と葬儀は行われ、教会の司祭様が祈りを捧げる。僕はルドヴィク様の隣でただぼんやり、その様子を眺めていた。
 棺に蓋が被せられ、そしてそのまま外へと運ばれていく。

 皆がそれに付いて行く中、ルドヴィク様の足は動かなかった。僕は握った手をそのままに、ルドヴィク様を外へと連れて行く。ふらふらとした足取りだけど、ちゃんと付いてきてくれて少しほっとした。
 外に出れば雨だった。しとしとと優しく降る雨は、もう一緒にいられないという悲しみと、今までありがとうと言われているようで、なんだかこの雨がマリア様の気持ちを表しているように感じられた。

 傘を一本さして二人で入った。肩がちょっと濡れているけど、別に構わなかった。
 マリア様の棺は、土を掘って出来た穴へと収められる。そして順番に土を被せていけば、棺は段々と見えなくなっていった。やがて棺は完全に土の中へと隠れ、その姿を消す。こんもりと盛られた土の上に、ピンクの薔薇の花束が置かれた。

 マリア様。あなたに出会えて本当に良かったです。役立たずの僕に優しくしてくれて、たくさんいろんなことを教えてくれて、褒めてくれて、ありがとうございました。もっとたくさん、お話したかったです。どうか安らかに。

 皆が最後の祈りを捧げる中、僕もマリア様への感謝の祈りを捧げた。

「さて皆さん、体も冷えてしまいますからね。中へ戻りましょう」

 司祭様の言葉で、皆重い足を動かし始めた。だけどルドヴィク様はその場から動くことはなかった。目線はずっとマリア様が眠る場所へ。

「ルドヴィク、中へ戻るぞ」

「……もう少し、ここにいます」

「……そうか。好きにしなさい」

 アレクシス様は、くしゃりとルドヴィク様の頭を撫でるとそのまま教会へと戻っていった。

「ルドヴィク様……」

「……どうして俺は生まれてきたんだろうな」

「え……?」

 ぼそりとそんなことを呟いたルドヴィク様は、ゆっくりと歩き出しマリア様が眠るその場所の隣で膝を突いた。

「母上はどうして俺を生んだんだろう……俺を生まなければ、俺さえいなければっ! 母上はっ……母上、はッ……!」

 ルドヴィク様はそのまま崩れ落ち、マリア様を包むように被せられた土を両手で握り締めた。その体に雨が降り注ぎ、全身を濡らしていく。

「うっ……うあぁっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ! どうしてっ! どうしてっ! 俺がッ! 俺が死ねばッ! よかったのにッ! くそぉぉぉぉぉぉ!!」

 ルドヴィク様はやりきれない思いを拳に込めて、地面を何度も殴る。何度も何度も殴りつけ、その度に雨を含んだ泥が跳ねあがっていく。だけどルドヴィク様はそんなことを気にすることなく、泣き叫んで拳をぶつけた。
 その姿が見ているだけで苦しくて、切なくて、悲しくて、僕は思わず傘を放り投げてルドヴィク様の背中に抱き付いた。それでもルドヴィク様は地面を殴る手を止めない。

「ルドヴィク様っ……! ルドヴィク様のせいじゃないっ! ルドヴィク様が死ねばよかったなんてマリア様は思ってない! 望んでないッ!」

「うるさいうるさいうるさいッ! 俺のせいだ! 俺のせいなんだ! 全部! 全部ッ! 俺が生まれてきたからッ!」

「違うって言ってるでしょッ!?」

 僕は思わずルドヴィク様を地面に押し倒した。そのまま馬乗りになって胸倉を掴む。ルドヴィク様の顔はもう泥水と涙でぐちゃぐちゃだった。でもその目は僕を殺しそうな程に睨みつけているのに、悲しみが色濃く滲んでいて胸が張り裂けそうになる。

「マリア様の言葉を忘れたの!? 愛してるって言ってたじゃないか! ルドヴィク様を見て微笑んでいたじゃないか! ルドヴィク様にずっと会えなくて、どれほど悲しい思いをしたと思ってるのッ!? いつもいつも『ルディに会いたい』って言ってたマリア様の言葉を! 心を! 踏みにじらないでよッ!」

 悲しいのはルドヴィク様だけじゃない。アレクシス様だってニコラス様だってアメリア様だって。父さんも僕もお屋敷の皆も。皆、皆悲しい。
 マリア様はずっとずっと、ルドヴィク様が部屋に来てくれるのを待っていた。僕とお話してくれている時も、部屋の入り口をちらちら見てルドヴィク様が訪ねて来るのをずっと待っていた。

『……今日も会えないのね』
『私のせいで、あの子を苦しめてる』
『あの子は何も悪くないのに』

 そう言って悲しそうに笑うマリア様の顔が忘れられない。頭から離れられない。
 どれほどルドヴィク様に悲しい思いをさせて苦しんでいたか。どれほど悔しい思いをしていたか。どれほどルドヴィク様を愛していたか。ルドヴィク様のせいじゃないって、病気になった本人であるマリア様がどれほど言っていたか。

 その想いを否定するのは、例えルドヴィク様であっても許せない!

「でも俺はッ! 治療法を見つけられなかったッ! 母上を助けられなかったッ! 俺は家族からも見放されてっ……一人だっ……!」

「違う! ルドヴィク様は一人じゃない! 僕が! 僕がいるでしょ!」

 ニコラス様とアメリア様との関係がよくないことを知っている。だけどアレクシス様はルドヴィク様を心配しているし、見放すつもりなんてこれっぽっちもない。それを理解しようとしていないのはルドヴィク様だ。自分を責めて責めて苦しみすぎて、周りの声が聞こえていないルドヴィク様だ。
 だけどあの家の中に居づらいその気持ちもわかる。家族との、マリア様との幸せな時間を過ごしたあの家で、今のルドヴィク様が何の憂いもなく生活するのが難しいんだろうことは僕にだってわかってる。
 だからルドヴィク様は自分は一人なんだと、見放されたんだと思ってる。

 そうじゃない。違うんだって今のルドヴィク様にそれを伝えても、どれだけ言葉にして叫んでも、きっとこれっぽちも届かない。ルドヴィク様は心を閉ざしてしまってるから。
 なら僕に出来ることは、僕だけは側にいると伝えること。ルドヴィク様は一人じゃないって伝えること。
 『役立たず』の僕が偉そうに言えることじゃない。僕に出来ることは何もないけど、ルドヴィク様の側にいることだけは『役立たず』の僕にだって出来ると思うんだ。

 図書館で医学書を読み漁ってた時も、僕が一緒にいることを許してくれた。だから僕がいることは嫌じゃないと思うんだ。それをただ続けるだけ。一緒に、ただルドヴィク様の側にいるだけ。孤独を感じないように。寂しくないように。

 僕だって一人だった。今は父さんやハンナさんがいるけど、それまで僕は一人だった。家族の中にいるのに、僕はいない者として扱われた。その辛さがわかるから。孤独がどんなものかわかるから。

「僕だけはずっと一緒にいるから……ルドヴィク様は一人じゃない……寂しくなんかないよ」

「うっ……うぐっ……」

 馬乗りになったままルドヴィク様を抱きしめる。その傷ついた心を包み込んであげられるように。
 それからのルドヴィク様はただ静かに涙を流していた。僕も一緒に泣いていた。雨に打たれながら二人で一緒に思う存分泣いた。

 振り続ける優しい雨が、僕達の孤独も悲しみも一緒に洗い流してくればいいのに。

しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

美人なのに醜いと虐げられる転生公爵令息は、婚約破棄と家を捨てて成り上がることを画策しています。

竜鳴躍
BL
ミスティ=エルフィードには前世の記憶がある。 男しかいないこの世界、横暴な王子の婚約者であることには絶望しかない。 家族も屑ばかりで、母親(男)は美しく生まれた息子に嫉妬して、徹底的にその美を隠し、『醜い』子として育てられた。 前世の記憶があるから、本当は自分が誰よりも美しいことは分かっている。 前世の記憶チートで優秀なことも。 だけど、こんな家も婚約者も捨てたいから、僕は知られないように自分を磨く。 愚かで醜い子として婚約破棄されたいから。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結 ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。 死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが 神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。 戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。 王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。 ※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。 描写はキスまでの全年齢BL

秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。 第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。 第十王子の姿を知る者はほとんどいない。 後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。 秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。 ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。 少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。 ノアが秘匿される理由。 十人の妃。 ユリウスを知る渡り人のマホ。 二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。

もう一度、その腕に

結衣可
BL
もう一度、その腕に

処理中です...