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6 ヴィンセントside

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パスカル様から婚約破棄を言い渡された数日後。家から手紙が送られてきた。

『お前には心底失望した。ウェインライト公爵家からの有難い縁談をお前のせいで台無しにしてしまった。そんなお前はもうトルバート家の者と認める事は出来ない。トルバート家にとってお前は最大の汚点だ。

お前を勘当する。ただの平民となったお前は即刻学園を立ち去り何処へでも行け。2度と私達の前に姿を見せるな。』


こうなるだろうとは思っていた。私は母の言いつけを守れなかったから。

私が産まれてきてしまい申し訳ございません。不幸を呼び込んでしまい申し訳ございません。


直ぐにこの学園を去らなければ。もう王都には居られない。あの人達に会ってしまう可能性があるから。

何処へ行こう。この国を出た方がいいだろう。どの国へ行けばいいだろう。


『ヴィンセント、何かあったら絶対僕に言って。』


その前にライリー様にはお伝えしなければならないだろう。数日だけでも一緒に居てくれたお礼も伝えなければ。

こんな気味の悪い私を嫌がることなく、優しくしてくださったライリー様。貴方の事は忘れません。


ライリー様の部屋へと向かい学園を去ることになった事を伝える。そして立ち去ろうとすると引き止められた。

行く当てはあるのか。頼れる人はいるのか。そう聞かれた。当然私にはそんな人はいないし、行く当てもない。

すると驚いたことにライリー様の家へ行く事になった。

なぜ。

「…ライリー様、何故私を気にされるのかお聞きしてもよろしいですか?」

「…友達だから。友達が困ってたりしたら気になるのは当然だろう?」

友達だと当然なのですか。…わからない。私にはそれが正しいのか間違っているのかわからない。

私は目の色が違うことで、人と違うことで遠巻きにされてきた。なのに。

「目の色が違うなんて、僕にしたらただの『個性の1つ』だよ。人と違うからダメだなんて誰が決めたんだよ。そんなの全員ダメになるじゃないか。
同じ顔の奴なんているか?同じ声の奴なんているか?似ていたとしても、全員全く同じじゃないだろ。なのに、目の色が違うってだけでヴィンセントを認めないのはおかしいと思わないか?」


そんな事を初めて言われた。

学園に来るまでは家の中が全てだった。家を出て学園に来ても私の評価は変わらなかった。

だからそうなんだと思ったし、受け入れてきた。

でもライリー様は違うと言う。


そうなのでしょうか。…私にはわかりません。何もわかりません。


ライリー様が外出され転移門の予約を取ったから明日ソルズヘ行くと言う。

寝る時もソファーで十分なのに、上に掛けるものが無いからとベッドへ入れられた。

知り合ってたった数日の私に、ここまでなぜ良くしてくれるのでしょう。

わからない。何故なのか全くわからない。でも私の心の中にはまた暖かい『何か』が確かにあった。


「…ライリー様。ありがとうございます。」

「? 急にどした?」

「……今まで私はこんな風に誰かと過ごした事がありませんでした。ライリー様といると心の中に『何か』を感じるんです。それが何かは分かりませんが。」

「その心の中の『何か』ってあったかい感じ、する?」

「…そうですね、嫌な感じは全くなくてむしろ気持ちの良い感じがします。」

「それ、『嬉しい』とか『楽しい』って気持ちじゃないの?」


『嬉しい』と『楽しい』? 私は今、そう思っている?


「…今の顔は『驚き』かな。……感情ちゃんとあるじゃん。それが何か分からないだけで。『人形』なんかじゃない。ちゃんと『人間』だよ。」


『驚き』まで。私は『人形』ではなく『人間』。


「…これが『嬉しい』と『楽しい』。そして『驚き』。………私にも感情が、あったのですね。」

「…そうだよ。ちゃんと感情がある。良かったな。」

「…はい。ありがとうございます。」


私には無いと思っていた『感情』。それが、ちゃんと私の中にあった。私は『人間』なんだ。


ライリー様ありがとうございます。貴方に出会わなければきっと一生知ることはなかったと思います。



そして翌日、生まれて初めて街を散策した。
私はここに16年住んでいたのに全く知らなかった。見るもの感じる事全てが新鮮だった。

そして転移門。ここも初めて来た。知ってはいても実際来るのも見るのも初めてだ。

「楽しい?」

「…おそらく。初めて見るからでしょうか。少し…これはなんていうのでしょう。」

「たぶん、『ワクワクしてる』、じゃない?」

また新しい感情が。これがワクワクする。そうか、私は初めて街に出て、転移門を見て、ワクワクしていたのか。

なんて『楽しい』んだろう。『ワクワク』するってこんな気持ちなのか。


『ワクワク』しながら転移門を潜り、ライリー様の家へと向かった。

するとライリー様のお父様とお母様がご在宅で、ライリー様が帰られたことに驚いていらした。

この方々も『ドラゴン討伐の英雄』となられた方。

ライリー様のお母様は小柄な方で大変美しい方だった。お父様は精悍な顔つきのとても凛々しく格好良い方だった。
こうして見るとライリー様はお父様に似たのだとわかる。でも綺麗な紫の瞳はお母様ゆずり。


ご挨拶させていただいてから、何故家に戻ってきたのかをライリー様は説明された。


「はぁ~…。この世界は婚約破棄騒動が流行ってるのか?それに勘当されて平民になったとか。他人事だとは思えない…。」

エレン様は昔、婚約破棄をされた事があったそうだ。こんなにも美しくお優しい方でも婚約破棄になるなんて…。


「それで行く当ても頼る人もいないっていうから連れてきた。家に住まわせてあげてもいいよね?」

「え、ライリー様?」

私もこの家に住む?そんな話聞いておりません。
あまりの事に呆然としてしまった。

こんな気味の悪い私を嫌がるどころか、部屋は余っているから問題ないとあっさりと仰った。

ダメです。私は不幸を撒き散らす存在。ここに住めばこの方達にも迷惑がかかってしまう。


「あ、あの。私は他へ行きますので。」

「はい却下。これからどうするか考えてるの?生きていくのに何が必要でどうしなきゃいけないか、わかってる?」

「それは…。」

そう言われて言葉に詰まってしまった。あんなに本を読み勉強しても、学園の授業が簡単だと思っていても、私にはこの先どうして良いのかわからなかった。

ライリー様のご両親は私が住む事自体問題ないと仰っている。

いけない。なんとしても止めなければ。


「あの…私は左右の目の色が違いますし気味が悪いと言われます。そんな私が居てはご迷惑になりますので…。」

「あ、それ思ったんだけど目の色が違うって珍しいよな。オッドアイなんて初めて見た。」

「え?」


オッドアイ?? 何ですかそれは。どの本にもそんな事は一言だって書いてなかった。


「オッドアイ。左右の目の色が違う事をそう言うんだけど、あんまり知られてないのか。っていうかこの世界じゃオッドアイって言葉が無いのか?」


私のような目の事をそう言うなんて。では珍しくはあっても他にもそういう方がいらっしゃったと。


「あの…気持ち悪く、ないのでしょうか。」

「ん?なんで?気持ち悪いどころか綺麗じゃん。」


綺麗?この目が、綺麗だって?


「綺麗…?ですが今までそんな事は一度も言われたことありませんでしたし、気味が悪いと…。」

「う~ん。多分知らないからじゃないか?珍しい現象だし。ライアスは?ライアスも初めて見たんだろ?どう思う?」

「俺も特に気持ち悪いとは思いません。何というか、神秘的だと思いました。」


信じられない。神秘的で綺麗だなんて。今まで言われてきた事と全く違いどうして良いのかわからない。

この2人もライリー様のようにとてもをされている。だからなのだろうか。こんな風に言っていただけたのは。



それから私がこの家に住む事になってしまい、充てがわれた部屋の掃除をした。

「それにしてもライリー様の家ってとても大きいのですね。この部屋も、侯爵家での私の部屋よりも広いです。こんな良い部屋を与えられて良いのでしょうか。」

なんだか恐縮してしまう。私のような存在が、こんな良い部屋を与えられるなんて。

「あのさ。言いにくいかもしれないけど話してほしい。…侯爵家ではどんな感じで生活してたの?」

驚かれたライリー様が、少し言いにくそうにそう聞いてこられた。


話しても良いのだろうか。わからない。

でも私の事をここまで気にかけてくださった方に、何も言わないのは無礼なのではないだろうか。

そう思い、私の過去を全てお話しする事にした。


話を進めていくと、段々とライリー様の顔が険しいものになっていった。

そして全て話終わるとライリー様は私を抱きしめた。

誰も私に触れることなんて無かった。だからこんな風にされたのも初めてだった。

ああ、なんて温かいのだろうか。人とはこんなにも温かいだなんて初めて知りました。


「ライリー様?」

「今まで頑張ったな。もう大丈夫。大丈夫だから。ヴィンセントは自由だ。何にも縛られず自分のしたいように、やりたいように生きていいんだよ。言いたい事も言えばいい。我慢しなくていい。誰もヴィンセントを否定しないから。」

「…私は、自由?」

「そう、自由。誰かの言いなりになる必要も、従う必要もない。ヴィンセントの意思で決めていいんだ。お前の人生だ。お前が決めていいんだよ。」


頑張ったなって褒めてくださった。
もう大丈夫、お前は自由だと仰ってくださった。
誰も私を否定しないと仰ってくださった。
誰かの言いなりになる必要もない。私の意志で決めて良いと仰ってくださった。


こんな事、初めて言われました。また心の中には新しい『何か』が存在している。


「ライリー様…。」

「辛かったな。お前は強いよ。強いやつだよ。僕はヴィンセントを尊敬する。凄いよ、本当に。」


そう言って頭を撫でて下さった。
私が強い?尊敬する?凄い?

何がそうなのかわからないけれど、胸が暖かくなって頬に何かが流れ出た。


「? これは?」

「涙。悲しい時や辛い時、苦しい時や痛い時なんか涙が出る。でも嬉しい時も出るんだ。…ヴィンセントはどっち?その涙はどっちだと思う?」

「…わかりません。でもたぶん、両方。嬉しいのと悲しい?」

「うん。それでいい。間違ってないよ。…泣きたい時はいっぱい泣いていいんだ。恥ずかしいことなんかじゃない。泣いていいんだよ。」


心の中には知ったばかりの『嬉しい』気持ちがある。
ライリー様は私を褒めてくださった。認めてくださった。その事が凄く『嬉しかった』。

そしてきっとこれは『悲しい』や『辛い』なのだと思う。胸が苦しい気持ち。

温かい気持ちと苦しい気持ちが、今私の中に同時に湧き上がっている。

またライリー様は私を抱きしめてくださった。泣きたい時は泣いていいんだと。間違っていないと。そう仰ってくださった。

私の心の中に沢山の『感情』が渦を巻き暴れ出した。

涙が少しずつ溢れてきて、抑えることが出来なくなって遂には大きな声を上げて泣いていた。


私の中にもこんなに大きな『感情』があった事を初めて知りました。
貴方はなぜ、こんなにも沢山の『初めて』に気づかせてくださるのですか。


私は今まで『辛くて』『苦しくて』『悲しかった』んだと知りました。

平気なんかじゃなかった。平気だと思い込んでいた。でも今わかった。私は平気なんかじゃなかった。だからこんなにも胸が苦しい。涙が止まらない。

気持ちが落ち着くまで今まで溜めていた悲しみを、苦しみを涙で流していった。


ライリー様の腕の中が暖かくて私の心を包み込んでくれている気がしてとても安心できた。


だからだろうか。散々泣いた後はライリー様の腕の中で眠ってしまった。
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