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11 ヴィンセントside
しおりを挟むそれからの毎日は本当に楽しい日々だった。今ではもう料理以外の事なら1人でも出来るようになった。
ライリーさんのご両親からも『様付け』はやめるように言われた。そう呼ばれると使用人のように感じてしまって嫌だから、と。困ってしまったが、お2人のご要望にお応えすることにして『さん』付けで呼ばせていただくことにした。そうする事でより距離が縮まった気がする。
エレンさんとライアスさんはお忙しい方だ。お2人がお出かけされている間に家事を行う。料理はライリーさんに手伝っていただきながら。お2人からは家事をしてくれる事が助かる、ありがとうと言われてしまった。
お世話になってる私がするのは当然のことなのに。
「エレンさん、夕食の買い物に行かせていただけますか?」
今日は私が買い物に行こう。街も少しずつ覚えて出かける事が楽しい事を知った。市場の人もとても良い人が多く綺麗な魔力の方がとても多い。
不思議だ。全く別の世界に来たかのようだ。
もちろん今までにも沢山見た濁った魔力の方もいるが、ライリーさん達がよく話したりしている方々は綺麗な魔力をされている。
私は人の『魔力』が視える。一人一人色が違うのだ。魔力が視える事も調べてみたが、どの本にも書いてなかった。だからこれは誰にも言った事がない。
魔力が綺麗だったり澄んだ色をしている方は良い人、逆に濁っていたり澱んだ方は悪い人、そんな風にその人をなんとなくだが知る事が出来る。
私の家族も使用人達も、殆どが澱んだ魔力をしていた。そして婚約破棄をされたパスカル様も。
学園の中では綺麗な魔力を持っている方は多かった。そんな方達からは直接何かを言われる事はなかった。だけど、濁った魔力を持つ方達からは気持ち悪いだの何かしら言われた事がある。
だから魔力でその人の善悪を判断できるのは、そんなに間違っていないと思っている。
実際ライリーさん達はとても綺麗な魔力をされていて、一緒に居てとても居心地が良い。
そしてここに来て新たな発見があった。
エレンさんの中にライアスさんの魔力が入り込んでいた。その日によって魔力の濃さは違うけど、確かにあれはライアスさんの魔力。
今はまだこれがどういう事なのかわかっていない。いつか解明できる日が来るのだろうか。
ライリーさんと2人で市場へと出かける。まずは行きつけの八百屋へ向かった。
「お。今日はヴィンセントが来たのか。どうだい?この街には慣れたかい?」
「はい。気にしていただいてありがとうございます。」
「久しぶりに会ったから、今日はオマケしてやろう。…そうだな、今日の林檎はおすすめなんだ。これを3つ大サービスだ!」
「…僕の時はそんな事しないのに。」
「こんな美人さんなんだから当たり前だろ!」
「へいへい。美人さんじゃなくてすみませんねぇ。」
このお店の方も綺麗な魔力をされているけど少しだけ澱んでいたりもする。でも私に対していつも親切にしてくださっていてとても気持ちの良い方だ。今日なんて林檎を3つもおまけしてくださった。
それから他のお店にも足を運び食材を購入していく。するとどのお店の方も私と気軽に、嫌な素振りも見せず話しかけてくれる。
こんな風に沢山の方と話せるなんて夢のようだ。
買い物が終わり帰り道。ライリーさんの知り合いに出くわした。
「お。ライリーじゃねぇか。久しぶりだな。学園を辞めたって聞いたぞ。久しぶりに…ってその美人さんは誰だ?お前の恋人か?隅に置けないねぇ。」
恋人? 私とライリーさんがそう見える?
「こ、恋人じゃないっ!その顔やめてよ。…こいつはヴィンセント。学園で友達になったんだけど、色々あって今は僕の家に住んでる。」
「ヴィンセントです。初めまして。」
「俺はデイビットだ。よろしくな。…ほう。目の色が違うのか。珍しいな。」
「俺はケリーだ。よろしく。本当に不思議な目だな。でも綺麗な目をしてる。」
「あ、ありがとう、ございます。」
このお2人からも目が綺麗だと言われてしまった。魔力も綺麗な色をされている。
色々と話をしていたら私に仕事をしないかと誘ってくださった。
「仕事、ですか?」
「どっかの誰かさん達が『英雄』になったお陰でソルズの街の冒険者が増えてな。それなりに忙しくて人手がいるんだ。よかったら働かないか?」
働かなければお金を稼ぐ事が出来ない事は知っている。だけど目の色のこともあってどこで働けばいいか悩んでいた。
ずっとライリーさん達のお世話になりっぱなしもいけないと思っていたからとてもありがたいお話だ。でも…。
「私がギルドで働いても良いのでしょうか。」
「ヴィンセントがやりたいならやればいいよ。もう自由なんだから好きにしたらいい。」
自由。そうだった。私は自由になったんだ。ならば。
「…では働かせていただけますか?」
一歩踏み出してみよう。
ここに来て私は変わったと思う。毎日がとても楽しい。楽しいと思えるようになった。出来ることが増えた。
それは全てライリーさんのおかげだ。だからライリーさんに御恩をお返ししたい。ライリーさんを支えたい。こんな風に思えるようになった。
私がライリーさんを支えるとか烏滸がましい事は分かっている。それでも私に手を差し伸べて下さったライリーさんの力になりたいとそう思うようになった。
「へぇ。ヴィンセント、ギルドで働く事になったのか。うん、いいと思う。」
「ギルドの冒険者達も気のいい奴ばかりだからな。いろんな人と関わっていけるし勉強にもなるだろう。」
エレンさんとライアスさんに報告すると2人とも賛成してくれた。私がやりたいと思った事を否定せず認めてくれた事が嬉しい。
「…うん、美味しい。ヴィンセント、本当に料理が上手くなったな。最初は包丁を持つのも危なっかしかったのに。」
「ありがとうございます、エレンさん。」
またエレンさんは褒めてくれた。美味しいと言ってくれるその一言が心から嬉しいと思う。
翌日からギルドで働くことになった。
「じゃあ僕たちは依頼行ってくるから。」
「はい。お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
「後はこっちに任せてね!いってらっしゃ~い!」
ライリーさん達を見送ってギルドでの仕事を教えてもらう。
「僕はクリス。ヴィンセント君の教育係になったからよろしくね。」
先輩であるクリスさんにギルドとは何か、から説明をしてもらった。
この方も綺麗な魔力をされている。にこにこと笑っていて可愛らしい方だ。
ギルド内を案内してもらいどこに何があるのかを覚える。そして受付窓口の仕事を教えてもらった。
「なるほど。依頼書をランク毎に仕分けして貼り付けていくのですね。ではこれはこうで…。」
「そう。だからある程度魔物のランクを覚えないといけないんだけど…って、あれ?え?なんで出来るの?」
「昔色んな本を読んでいて、ここにある魔物ならわかります。…これで合ってますか?」
「…うん、全部合ってる。ヴィンセント君てめちゃくちゃ有能じゃん!凄い!助かる!来てくれてありがとう!」
『来てくれてありがとう。』
こんな風に言ってもらえたのは初めてだ。とても嬉しい。私でもここでお役に立てそうでひとまず安心した。でもまだまだ覚えなければいけない事が沢山ある。頑張ろう。
それから色々と教えてもらいながら受付もやってみた。
「新顔発見!可愛いね。目の色が違うのも凄くいい。今度一緒に出掛けない?」
こんな風に言われることも初めてだ。でも勝手にそんな事は出来ないからお断りする。すると怒るでもなく「残念。」と言われそれで終わった。
良かった、怒られなくて。気分を害してしまわないか不安だったけど大丈夫だった。
少し前の私なら断るなんて出来なかったけれど。
それから私を初めて見て珍しいのか色んな人からお誘いの声がかけられた。
私にはわからない事も多いためお断りをしていく。大体の方はすんなりと諦めてくださるけど、1人だけしつこくされる方がいた。
その方は魔力の色がとても澱んでいて少し気持ちが悪かった。
「いいだろ?なぁ、ちょっと飯行くだけだって!な?ほら行こうぜ。」
「…いえ困ります。」
「ちょっとー。しつこいんですけど?やめてもらえます?」
クリスさんも一緒に断ってくれるけど諦めてくれない。そんな時ライリーさん達が帰ってこられた。
「あ、ライリーさん。お疲れ様でした。」
私がそう声をかけると、しつこい男は私の肩を掴み強引に向きを変えてきた。そのせいでビリッと肩に痛みを感じる。
「はいはい。何度も言ってますがね、うちの子達はそういうのは受けてないんですよー。わかりましたね?わかったならお出口はあちらです。お帰りくださーい。」
「てめぇには聞いてねぇって言ってんだろ!…おい!無表情で目の色が違うテメェに声かけてやってんだぞ!有難いと思えよ!」
あ…。久しぶりにその言葉を聞いてびくっと体が竦んだのがわかった。
少し前ならそう言われても平気だったのに。今は怖いと思ってしまう。
そう思った瞬間、ライリーさんが男を引き摺りギルドの外へと放り出した。
「うわぁ、ライリーめっちゃ怒ってるじゃん。でも流石ライリー。頼りになるぅ。」
少し外で何かを話していたけれど、男は何処かへ行ったらしくライリーさんは戻ってきた。
「…ライリーさんありがとうございました。申し訳ございません。」
「ヴィンセント君は悪くないでしょー?ごめんね、ちゃんと守ってあげられなくて。」
クリスさんのせいじゃありません。私がしっかりと対応できなかったから。…こんなことならお誘いをお受けすれば良かったのかもしれない。
「…ご迷惑をおかけしてしまって、私はここで働かない方が良いのでしょうか。」
「え!? それはダメ!絶対ダメ!ヴィンセント君めちゃくちゃ頭いいから仕事もすぐ覚えてくれるし、こっちとしては本当にいて欲しいんだ!だから辞めるなんて言わないで~!」
これ以上ご迷惑をお掛けするようならば辞めた方がいいかと思ったのだけど、クリスさんは辞めないでほしいと抱きついてきた。
と思ったらライリーさんが無表情でクリスさんを引き剥がし、私を後ろへと隠された。
なぜ?私は何か悪いことをしてしまったのだろうか。
「ん?…おやおやおやぁ?へぇ~。なるほどなるほど。ほぅほぅほぅ。にやにやにやにや。」
「…何か文句ある?っていうかその顔やめろ。」
「べっつに~ぃ。文句なんてありませ~ん!いやぁライリーも大人になったねぇ~!」
「あんたとはそんなに歳変わんないだろ!大人ぶるな!」
「あのねぇ、僕の方が5つ上なの!大人なの!」
「はぁ!? 僕だって来年は成人だし5つなんてそんなに変わんないだろっ!大体…」
「ぷっ。」
「「え?」」
言い合いをするライリーさんが可笑しくて笑ってしまった。
「…すみません。ライリーさんが、ちょっと子供っぽくて…なんだか可愛いと、思ってしまって。…くすくす。」
いつもはかっこいいのに今は子供っぽくて。その差が可笑しくて笑ってしまった。
「ヴィンセント君笑った顔超可愛い!!ねぇねぇライリーに飽きたら僕のところにおいで~!」
「おいっ!そんな事許さないからなっ!」
「はぁ!? それはヴィンセント君が決める事なんです~。ライリーには関係ありません~。」
「関係あるし!お前なんなんだよさっきから!」
「あはははっ!」
可笑しい。初めて声を上げて笑ってしまった。可笑しいとこんな風になるんだ。知らなかった。私はこうやって笑う事が出来るんだ。
「~~っ!ヴィン!帰るぞ!」
ライリーさんが私の手を握り外へと出てしまった。
あ。もしかして怒らせてしまったのではないだろうか。なんてことを…。
恩人を笑うなんて失礼な事をしてしまうなんて。
早歩きで歩くライリーさんに追いつけず足がもつれてしまう。
「ラ、ライリーさん、ちょっ、ちょっと…あっ!」
「っ! ごめん!…早歩きしすぎた。ごめん。」
「いえ。…笑ってしまってすみませんでした。怒るのも当然ですね。本当にすみません。」
本当に私はなんて事をしてしまったのだろう。申し訳なくて顔を見る事が出来ない。
「ち、違う!怒ってない。そうじゃなくて…。」
え?怒ってない?そうっと顔を伺うと少し顔を赤くさせて困った顔をされていた。
「…あんまり可愛い顔、他に見せないで。」
そう言いながら少し強めに頭を撫でられ、また手を握り家へと向かった。
『可愛い』
え。私が可愛い?今そう言いましたよね?え?え?
どうしよう。ライリーさんにこんな事を言われて心臓がドキドキと煩くなっている。
それにさっき『ヴィン』と呼んだ。私の事を愛称で呼んだ。
なぜ?どうして?愛称なんて初めて呼ばれた。本の物語の中では沢山目にしたけれど、まさか自分がそう呼ばれる日が来るなんて。
私の心臓は更に鼓動を早めて苦しいくらいだった。
この気持ちはなんなのだろうか。また初めての新しい『感情』が生まれた。でもこの感情を私は知らない。
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