カモミールの香る指輪

花嗚 颺鸕 (かおう あげろ)

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2日目

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「よし、服と食べ物を買いに行こう。」
「うん、楽しみ」
昨日は下着やら食べ物もたいしたものがなかったので、コンビニで済ませた。最近は、コンビニに男性用の下着まで売っているとは驚きだった。
家から駅までの道のりの途中に中型のスーパーがある。
二人で歩きながら向かうことにする。
「そういえば、なんて呼べばいいか?」
「いつも僕のことをクサって呼んでるよね」
「ああ、苦砂って名付けていたが、苦しむに砂で苦砂と呼ぶ名前にしてしまった。苦しみはやがて砂となれと」

自宅から歩いて10分のところでマルシェが開催されていた。
無農薬の野菜や果物が所狭しと並んでいる。

人込みの中眼光の鋭い老婆がこちらを見ている。占いコーナーに座っていた。
「おい、そこのきみ」
「な、なんでしょう」
「その男は人間ではないね」
苦砂と私は顔を見合わせた。
「なぜ、そう思いになるのです?」
「あたしは魔女だからね。でもあんた、そんなに長く持たないね」
そういって老婆は姿を消した。
苦砂は渋い顔のまま歩き出した。



スーパーから帰宅し、窓からの光を反射する白を基調としたキッチンに買いだした荷物を置く。
パンケーキに刻んだローズマリーを混ぜ込み、ベビーリーフとみかんにオリーブオイルと岩塩を掛ける。炒めたマッシュルームをお皿の隅に載せれば完成だ。
苦砂は口端を大きく上げた。
「あなたと共に食事を楽しむのが夢だったんだ」
「そう。私は水やりをしているとき、共に生きていると実感していた」
「そう、共に生きていたね」
「もしよければ、その姿をスケッチさせてもらえないだろうか」
「よろこんで」


鍛えてもない体なのに、彫刻によくみられる筋肉質な体。一つ一つの筋肉がはっきりと見て取れる。
大まかに体の形を縁取って、丹念に骨格に沿って筋肉を描いていく。ありし頃の苦砂を思って。
「君が苦砂だなんて信じられない」
「あはは、僕も人間になってあなたと会話できるのが不思議でならないよ」
「私は小さなころからいじめられていた。だからだろうか、人間に興味をなくしてしまった。人間の裏表ある姿に失望してしまったんだ」
「僕は、そんなあなたが好き。人間嫌いで、僕のことが大好きなあなたが」

雨がぽつぽつと降り始める。
今日は冷え込みそうだ。

苦砂はリビングのソファーで眠る。
「おやすみ」苦砂は欠伸を噛み殺しながら寝る前のあいさつをする」
「ゆっくり休みさい」私は表情を変えずに答えて、電気のスイッチを静かに切る。


苦砂の人間の姿はほんのひと時であった。
翌朝、静かな苦砂に声を掛ける。
「おい、息をしろ」
すると口角が少し上がり、「大丈夫、まだ息してるよ」
私は彼の肩を抱きながら困惑していた。
「僕はねあなたを愛せてとても幸せだった。あなたにカーディガンを掛けること、あなたの言葉に言葉を返せること、あなたの作ったパンケーキを食べられたこと、全部僕の宝物だよ」

あのね。カモミールをレジンで閉じ込めたブローチあげる。もしね、僕が植物であることに興味がなくなって、人に興味を持ったら捨てて欲しい。ドライフラワーは僕の分身をいれているから」その時は、人間の僕に興味があるってことだから。

私は走った。あのマルシェがあったところへ。
高校時代でもこんなには全力で走ったことはなかろう。
息は上がり、横腹は痛みで悲鳴を上げる。



そこにはあの時の魔女がこちらを見てにかっと笑った。
「あの子を活かしたいなら、あんたの大事なものを渡せばよい。」
私は大切にしていた苦砂との思い出を引き渡した。
「ありがとう、次の人生を楽しんでくれ」



彼はまごうことなき1人の人間になった。
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