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強い視線を感じて私は顔を上げた。
生垣の向こうから赤い瞳がこちらを見ている。
視線が合っても逸らそうとしないその瞳から、私は自分の膝へと視線を落とした。
そこには殿下の穏やかな寝顔があった。
昨夜は外国からの使節団の接待のため、二人で夜会に出席していた。
私は早めに部屋に戻ったのだが、殿下は最後まで残っていたらしい。
会えたのは朝食の席だった。
共寝もできず、寝不足だからと昼休みに膝枕を要求され———中庭にあるガゼボに来たのだ。
木漏れ日を浴びて煌く銀色の髪をそっと撫でて私は再び顔を上げた。
ガーネットはまだこちらを見ていた。
私を見る険しい顔。
その赤い光にささ宿るのは…嫉妬か憎しみか。
彼女の口が動いた。
声は聞こえないけれど…その動きで分かってしまう。
『悪役令嬢のくせに』
ああ。
彼女も私と同じか。
しばらく見つめているとやがてガーネットはくるりと身を翻して去っていった。
私の他にも、この世界へ転生した者がいるとしたら、それはヒロインのガーネットだと思っていた。
———まあ、彼女が転生者でも違くとも、関係ない。
私は彼女が知らない事を沢山知っている。
十歳の時から殿下と一緒に過ごしてきたし、今ではすっかり夫婦のようだと———当人達も、周囲も思っている。
今更彼女が何を思い、行動しようともそれは変えられない。
「…でも知らない方が良かったわね」
前世など、漫画のストーリーなど。
それらを知っている彼女が、私達がこれから彼女にしようとする仕打ちを知った時…どう思うのだろう。
「———何がだ?」
知らず声に出していたらしい。
膝の上から声が聞こえた。
「お目覚めですか」
髪を撫でると黒い瞳が細められる。
「何を知らない方が良かったのだ?」
殿下はゆっくりと身体を起こすと私の肩を抱いた。
「いえ…世の中にはそういう事が多くあるなと」
「ふうん?」
ぐ、と殿下の胸元へと引き寄せられる。
「そうだな。君のように多く知りすぎるのも苦労しそうだ。…そのお陰で私は救われているが」
そう言った殿下から口づけを落とされると、周囲のあちこちからざわめきと小さな悲鳴のような声が聞こえた。
———やはり昼休みの中庭などという人の往来の多い場所にいた私達は目立っていたようだ。
「…人前で…」
「見せつけろと言ったのは君だろう」
にやり、と殿下は意地の悪そうな笑みを浮かべた。
予想通り、私と殿下が学園で親しげにしている時間が増えると私に関する悪い噂は消えていった。
けれど殿下はガーネットと会う事も止めなかった。
———結果、ガーネットは私と殿下の間に入りその仲を裂こうとする卑しい悪女と囁かれるようになり、ますます孤立していく。
既に漫画のストーリーとは大きく逸脱していた。
本来ならば悪女となるのは私だったはずなのに。
ガーネットは焦っているだろう、こんなはずではなかったと。
そして私もまた、困惑していた。
———思っていた以上に、殿下が私へ向ける愛情の深さに。
殿下の言う通り私は知りすぎている。
漫画で得た知識、前世での人生経験、そして王妃様から与えられた知識と教育。
それらを使い殿下を守ろうとしてきた事が裏目に出てしまったようだ。
このまま殿下が良き王となってくれれば問題ない。
けれど時折見せる、殿下のほの暗い瞳に…その奥に滲む狂気にも似た感情は消える事はないだろう。
いつそれが表に出てくるか分からない。
それを一番危惧しているのは亡き陛下から過剰過ぎる愛を受け続けてきた王妃様で———息子を守り、良き王にしたいと願う、母親の願いを叶えるために。
私は動かなければならない。
その為に私は王妃様に認められ、育てられてきたのだから。
生垣の向こうから赤い瞳がこちらを見ている。
視線が合っても逸らそうとしないその瞳から、私は自分の膝へと視線を落とした。
そこには殿下の穏やかな寝顔があった。
昨夜は外国からの使節団の接待のため、二人で夜会に出席していた。
私は早めに部屋に戻ったのだが、殿下は最後まで残っていたらしい。
会えたのは朝食の席だった。
共寝もできず、寝不足だからと昼休みに膝枕を要求され———中庭にあるガゼボに来たのだ。
木漏れ日を浴びて煌く銀色の髪をそっと撫でて私は再び顔を上げた。
ガーネットはまだこちらを見ていた。
私を見る険しい顔。
その赤い光にささ宿るのは…嫉妬か憎しみか。
彼女の口が動いた。
声は聞こえないけれど…その動きで分かってしまう。
『悪役令嬢のくせに』
ああ。
彼女も私と同じか。
しばらく見つめているとやがてガーネットはくるりと身を翻して去っていった。
私の他にも、この世界へ転生した者がいるとしたら、それはヒロインのガーネットだと思っていた。
———まあ、彼女が転生者でも違くとも、関係ない。
私は彼女が知らない事を沢山知っている。
十歳の時から殿下と一緒に過ごしてきたし、今ではすっかり夫婦のようだと———当人達も、周囲も思っている。
今更彼女が何を思い、行動しようともそれは変えられない。
「…でも知らない方が良かったわね」
前世など、漫画のストーリーなど。
それらを知っている彼女が、私達がこれから彼女にしようとする仕打ちを知った時…どう思うのだろう。
「———何がだ?」
知らず声に出していたらしい。
膝の上から声が聞こえた。
「お目覚めですか」
髪を撫でると黒い瞳が細められる。
「何を知らない方が良かったのだ?」
殿下はゆっくりと身体を起こすと私の肩を抱いた。
「いえ…世の中にはそういう事が多くあるなと」
「ふうん?」
ぐ、と殿下の胸元へと引き寄せられる。
「そうだな。君のように多く知りすぎるのも苦労しそうだ。…そのお陰で私は救われているが」
そう言った殿下から口づけを落とされると、周囲のあちこちからざわめきと小さな悲鳴のような声が聞こえた。
———やはり昼休みの中庭などという人の往来の多い場所にいた私達は目立っていたようだ。
「…人前で…」
「見せつけろと言ったのは君だろう」
にやり、と殿下は意地の悪そうな笑みを浮かべた。
予想通り、私と殿下が学園で親しげにしている時間が増えると私に関する悪い噂は消えていった。
けれど殿下はガーネットと会う事も止めなかった。
———結果、ガーネットは私と殿下の間に入りその仲を裂こうとする卑しい悪女と囁かれるようになり、ますます孤立していく。
既に漫画のストーリーとは大きく逸脱していた。
本来ならば悪女となるのは私だったはずなのに。
ガーネットは焦っているだろう、こんなはずではなかったと。
そして私もまた、困惑していた。
———思っていた以上に、殿下が私へ向ける愛情の深さに。
殿下の言う通り私は知りすぎている。
漫画で得た知識、前世での人生経験、そして王妃様から与えられた知識と教育。
それらを使い殿下を守ろうとしてきた事が裏目に出てしまったようだ。
このまま殿下が良き王となってくれれば問題ない。
けれど時折見せる、殿下のほの暗い瞳に…その奥に滲む狂気にも似た感情は消える事はないだろう。
いつそれが表に出てくるか分からない。
それを一番危惧しているのは亡き陛下から過剰過ぎる愛を受け続けてきた王妃様で———息子を守り、良き王にしたいと願う、母親の願いを叶えるために。
私は動かなければならない。
その為に私は王妃様に認められ、育てられてきたのだから。
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