上 下
36 / 37

第36話

しおりを挟む
「レベッカ!」
 目覚めると目の前にルーカス様の顔があった。

「……ルーカス様」
「気分は悪くないか」
「……少し……気持ちが悪いような……」
 上体を起こそうとするとルーカス様が背中を支えた。
 身体も頭も重くてぼんやりする。
 私……どうしたんだっけ。

(そうだ、白竜と遭遇して……)
「……白竜は……」
「念の為昨日確認しに行って、絶命したと断定した」
「……昨日?」
「君は二日間眠っていた」
 私の顔を覗き込んでルーカス様は言った。
「杖に貯めた魔力を放出する時に、体内の魔力も全て放出してしまったからだろうと」

「二日!?」
 そんなに寝てたの!?
「よく頑張ったな」
 頭を撫でるとルーカス様は私を抱きしめた。
 え……待って、二日間寝たきりって……。
「あの、その……身体とか、洗ってないんじゃ……」
 髪がベタベタしてたり匂ったりしてたりしない⁉︎

「浄化魔法はかけたし、アンナが拭いたから大丈夫だ」
 そっとルーカス様は頬に口付けた。
 そ、それならいいけど……。


「ところでレベッカ。君は記憶が戻ったのか?」
「え? ……ああ、そういえば」
 確かに、白竜を見て思い出したんだ。
「じゃあ、俺と会ったことは……」

「うん。思い出したよ。お花の王子様」
 あの時も、家族とはぐれて心細くて泣いていたんだ。
「花に見とれてあちこち寄りながら歩いていたんだと思う。いつのまにか一人になってて、悲しくなって泣いていたの」
 そんな時に出会った男の子。
 泣きじゃくる私に戸惑いながらも花をくれた、その綺麗な顔を。
 はっきり思い出した。
(多分……あの時、私も一目惚れしたんだ)
 綺麗な花の王子様に。
 ――本人にそれを言うのはまだ恥ずかしいけれど。

「そうか。それは良かった」
 ぎゅっとルーカス様が抱きしめる。
 その腕の温かさに胸がいっぱいになった。

  *****

 帰り道は、時々魔物退治をしながらも順調に進んだ。

「すっかり二人とも魔剣を使いこなせるようになったね」
 アンナとデニスが倒した魔物を確認する。
 剣による切り傷を与える事なく、剣から放たれる炎と雷で魔物を倒すその腕前は申し分ない。

「ありがとうございます」
「まだまだルーカス殿下には及びませんが」
「ルーカス様はレベルが違うからねえ」
 同じだけの魔力をかけているのに、ルーカス様の威力は二人よりずっと高いのだ。
 私は苦笑すると振り返った。
「ランスもコツを掴んだんじゃない?」

「はい、分かってきたと思います」
 アレクの部下、騎士のランスは私たちの戦いを見て魔剣に興味を持ったのだという。
 自分も習得したいと言うので、アンナ等と一緒に魔剣を使って魔物退治をしてもらっている。
(こうやって魔剣を使う人たちが増えていくといいな)
 その便利さが分かれば剣士たちも、そして魔術師たちも使おうと思うようになるだろう。
 師匠たちにも協力を頼んで、より魔剣の効果が長持ちするよう工夫できれば、魔術師がいない時でも魔法を使えるようになるかもしれない。
(前世のゲームにもそういう武器があったよね)
 剣だけでなく弓など他の武器にも使ってみたい。
(やってみたいことが沢山あるなあ)
 ルーカス様にそれらのアイデアを伝えたら「面白いんじゃないか」と賛同してもらえた。
 さらに、「国益にも繋がるから王家支援で研究できるよう、父上にも相談しよう」と言ってくれた。

 魔物退治に行かなくても、師匠のように魔法を活用できるよう研究していく。
 そんな道もいいのではないかと思っている。


 無事スラッカ王国の王都へ到着し、国王陛下に今回のことを報告した。
 明日は師匠の所へ寄って、それで今回の仕事は終わりだ。
(でもあと一つ……やらないといけないことがあるよね)
 思いがけない告白から、アレクと二人きりになる機会がなくて、話せていないのだ。
(私が一人になる機会がないのよね)
 こうやって夜、客室にいる時は一人だけれど。
 昼間は大体ルーカス様か、護衛たちが側にいる。
 アレクと話がしたいから二人になりたいって言うのもなあ。
(何の話をするんだって聞かれても困るし)
 うーんと悩んでいると、窓の外からガラスを叩く音が聞こえた。
「……え?」
 今、誰か叩いた?

 警戒しながら窓に近づき、そっとカーテンを開ける。
 その向こうにいたのはアレクだった。

「どうしたの……というかどこから来たの!?」
 ここ、三階だよね!?
「城の構造は一通り把握しているからね」
 窓を開けるとアレクは部屋に入ってきた。
「把握してるからって」
「リサと話がしたかったんだけど、いつも『彼』が睨みをきかせているから」
「彼って……ルーカス様?」
 首を傾げると、アレクはふっと笑った。

「彼は、リサに惚れ込んでいるよね」
「……そう、かな」
 それは、自覚がなくはないけど。
 他人に言われると恥ずかしくなる。
「旅の間もベタベタしていたし」
「え、ベタベタはしてないよ⁉︎」
 さすがに他の人たちもいるし!
「気づいていないだけだよ」
 また笑うと、すっと真顔になってアレクは私に向き合った。

「リサ、改めてスラッカ王子として君に頼む。この国に残ってくれないか」
 真剣な表情に心苦しくなって、私は視線を足元に落とした。
「ごめん。……私は、レベッカ・リンデロートとして生きていきたい」

 ギルドに戻り、魔術師として生きていく道にも憧れはある。
 その気持ちは家に戻ってからずっと心の中でくすぶっていたし、今回の旅で改めて強く思った。
 けれど。
「記憶を取り戻してから、十年以上離れていた家族ともっと一緒にいたいという気持ちが、今は一番強いの」

「そうか」
 呟くような声が聞こえた。
「じゃあ、個人として聞くよ。僕と一緒にいてくれる?」

「――私は……ルーカス様が好きなの」
 一緒にいたいのは家族だけじゃない。
 ルーカス様とももっと一緒にいたいし、もっと知りたいから。
「そうか」
「……ごめんね」
「抱きしめていい?」
「え」
 思わず伏せていた顔を上げる。
「最後に一度だけ。いいかな」
 子犬のような顔でアレクが見つめている。

「……うん」
 頷くと、そっと抱きしめられた。
「君が向こうの国に帰る前に告白していたら、違ったかな」
「……どうだろう。でも、アレクのことは……お兄さんみたいだと思っていたから」
「兄か」
「それに……ルーカス様は初恋の人なの」
「――そうか」
 ふ、とため息をつく音が聞こえた。

「ギルドに帰りたくなったらいつでも戻っておいで」
 身体を離してアレクは言った。
「うん。ありがとう」
「皆君を待っているから。たまには顔を見せに帰っておいで」
「……うん」
 そうだね、ギルドも私の帰る場所だもの。
 視線を合わせて、私とアレクは笑顔を交わした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

二番煎じな俺を殴りたいんだが、手を貸してくれ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:0

ポイズンしか使えない俺が単身魔族の国に乗り込む話

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:8

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:532pt お気に入り:6,240

川と海をまたにかけて

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:0

私のおウチ様がチートすぎる!!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:497pt お気に入り:3,300

疲労熱

BL / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:4

処理中です...