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第37話
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翌日は師匠の元へ行き、旅の報告と記憶が戻ったこと、そして今後魔剣を広めて行きたいことなどを話した。
「そうか。それは良いことだな」
報告を終えると師匠は言った。
「唯一無二のお前の力を活かせるよう、精一杯頑張るといい」
「はい!」
「私もまだまだ研究したいことがある。お前に負けないよう頑張らないとならないな」
師匠はそう言って目を細めた。
この日は師匠の元に泊まることになった。
日中は私の、そして師匠の研究について互いに意見を交わした。
今夜はまだ王都にいるなら是非出席して欲しいと言われて、ルーカス様と一緒にスラッカ王家主催の夜会へ出ている。
(この間の陛下との食事会といい、こういうこともあるからドレスを持ってきていたのね)
私は魔術師としてこの国に来たつもりで、自分が貴族であることをすっかり忘れていたけれど。
これからはちゃんと、貴族令嬢として――そして王子の婚約者として、自覚を持っていかないと。
「疲れただろう」
一通り貴族たちとの挨拶が終わり、一旦控え室へ戻るとルーカス様が言った。
「いえ、大丈夫です」
「無理はするな。長旅が終わったばかりなのに、ドレスを着て夜会に出てるんだから」
「……ありがとうございます」
優しい言葉に微笑んで答えると、何故かルーカス様は眉をひそめた。
「口調が戻ったな」
「え? ……ああ、さすがにここは王宮なので……」
私は魔術師であると共に、ルーカス様の婚約者として来ている。
ルーカス様は不満そうな顔をしているけれど、公の場なのだから言葉遣いには気をつけないと。
「――まあいい。これからまた変えてもらうから」
「そんなにこの口調は嫌ですか」
「他人行儀だろう」
そうかなあ。
首を傾げた私の髪に、ルーカス様の手が触れた。
「それにしても『青の魔女』は人気だな」
「そう……ですか? 人気というか……まあ、一応この国では名前だけは知られていますから、本物が物珍しいだけでは」
スラッカ王国では、青髪の私が魔術師であることは広く知られている。
だから皆、私を見てみたいのだろう。
大勢の貴族たちが挨拶に来たし、視線も沢山浴びていた。
「それが人気ということだろ」
「そうなんでしょうか」
「何せレベッカは可愛くて強い、俺の自慢の婚約者だからな」
頬に軽くルーカス様の唇が触れる。
「他の者たちが興味を持つのも当然だ。まあ、誰にも渡すつもりはないが」
かあっと赤くなった頬に、もう一度ルーカス様の唇が触れた。
*****
「それでは師匠、また来ます。どうかお元気で」
「ああ。リサも家族と仲良く暮らしなさい」
翌日。最後に師匠と抱擁を交わして塔を出た。
(アレクにも別れの挨拶をしたかったけど)
彼は次の任務の準備があるからと、昨日の夜会にも参加していなかった。
でも、二度と会えないわけではないだろう。
私たちを乗せた馬車は王都を出ると速度を上げた。
(そういえば……結局、この世界とゲームとの関係は分からないのかな)
馬車に揺られながらふと思う。
神様も知らないと言っていた。
どうして私が転生したのか、何か意味があるのか。
(……ま、いいか)
ここがゲームの世界であろうとなかろうと。
どこかに主人公となる少女が生きていても。
私はレベッカ、そして青の魔女リサとしてここで生きていくのだから。
*****
帰国途中、元いたギルドに寄り道をして仲間たちと再会して。
長い旅を終えて、私たちはようやくトウルネン王国へ戻って来た。
半年ぶりの王都へ入る門をくぐる。
「あれ?」
「どうした」
違和感を感じて思わず声が出ると、ルーカス様が聞き返した。
「結界に……隙間があるような」
行きには感じなかったのに。
ルーカス様は目を見開くと、呆れたようにため息をついた。
「時間経過などで結界に隙間が生じることはあるのか」
「いえ、それはあり得ません」
「では人為的か」
「おそらく……」
赤竜事件の犯人は皆捕まったはずなのに。
また別の人間が?
(教会の腐敗はまだあるってことかな)
司祭一人を捕えたところで、すぐ変わるようなものでもないのだろう。
「――この国でも青の魔女の出番はありそうだな」
「そうですね」
せっかく一仕事終えたばかりだけど。
(まあでも仕方ないか)
私の力が役立てるなら、頑張るしかない。
活気のある大通りを抜けて、馬車は王宮へと入っていった。
「やっと帰って来たな」
「はい」
本当にやっとだ。
あっという間のように感じるけれど、それでもやはり長かった。
馬車が停まり扉が開く。
先にルーカス様が下りると私へ向かって手を伸ばした。
その手を取ろうとすると、ルーカス様の手が腰に周り抱き上げられる。
「えっ待っ……!」
「いつもこうしているだろう」
いわゆるお姫様抱っこのように私を抱きかかえてルーカス様は笑った。
……確かに旅の間はこうやって馬車から下ろされていたけど!
ここは王宮だし!
(あれ? というか、そもそもこうやって下りるのって、おかしくない?)
アレクが言っていた、ベタベタしていたってこのこと!?
今更ながら気づいて、急に恥ずかしくなってくる。
「下ろしてくださいっ」
「遠慮するな」
「遠慮じゃなくて……!」
もがいて何とかルーカス様の腕から下りた。
「レベッカ!」
父の声が聞こえた。
「おとう……」
「レベッカ! 無事で良かった!」
ものすごい勢いで走ってきた父に、思い切り抱きつかれる。
「――あなた。そんなに力を入れたらレベッカが窒息してしまいますわ」
呆れたような母の声も聞こえる。
「お母様……ダニエルも」
父の腕から顔を出して、二人の姿を確認した。
家族皆で出迎えに来てくれたの?
「お帰り姉さん」
「怪我はなかった?」
「はい」
家族の顔を見渡して、胸の奥が熱くなる。
「……そうだお父様」
私を抱きしめる力を緩めた父に向く。
「私、思い出したんです。幼い時の記憶を」
「本当か!?」
「はい」
「ああ、それは良かった……」
嬉しそうに頬を緩めて、けれど父はすぐにその顔を曇らせた。
「いや、だが。思い出してしまったのだろう? 辛いことも……」
「……はい。でも、大丈夫です」
確かに、誘拐された時の記憶は、正直忘れていたかったけれど。
家族との思い出が失われたままよりはずっといい。
「そうか。……それでは、本当に『お帰り』だな、レベッカ」
「――はい。ただ今帰りました」
ふと視線を逸せると、私を見守っているルーカス様と視線があった。
その優しい眼差しにまた胸が熱くなる。
本当に、帰ってこられてよかった。
家族、そして好きな人がいるこの国に。
心からそう思って、私は家族たちと抱きしめあった。
おわり
最後までお読みいただき、ありがとうございました
「そうか。それは良いことだな」
報告を終えると師匠は言った。
「唯一無二のお前の力を活かせるよう、精一杯頑張るといい」
「はい!」
「私もまだまだ研究したいことがある。お前に負けないよう頑張らないとならないな」
師匠はそう言って目を細めた。
この日は師匠の元に泊まることになった。
日中は私の、そして師匠の研究について互いに意見を交わした。
今夜はまだ王都にいるなら是非出席して欲しいと言われて、ルーカス様と一緒にスラッカ王家主催の夜会へ出ている。
(この間の陛下との食事会といい、こういうこともあるからドレスを持ってきていたのね)
私は魔術師としてこの国に来たつもりで、自分が貴族であることをすっかり忘れていたけれど。
これからはちゃんと、貴族令嬢として――そして王子の婚約者として、自覚を持っていかないと。
「疲れただろう」
一通り貴族たちとの挨拶が終わり、一旦控え室へ戻るとルーカス様が言った。
「いえ、大丈夫です」
「無理はするな。長旅が終わったばかりなのに、ドレスを着て夜会に出てるんだから」
「……ありがとうございます」
優しい言葉に微笑んで答えると、何故かルーカス様は眉をひそめた。
「口調が戻ったな」
「え? ……ああ、さすがにここは王宮なので……」
私は魔術師であると共に、ルーカス様の婚約者として来ている。
ルーカス様は不満そうな顔をしているけれど、公の場なのだから言葉遣いには気をつけないと。
「――まあいい。これからまた変えてもらうから」
「そんなにこの口調は嫌ですか」
「他人行儀だろう」
そうかなあ。
首を傾げた私の髪に、ルーカス様の手が触れた。
「それにしても『青の魔女』は人気だな」
「そう……ですか? 人気というか……まあ、一応この国では名前だけは知られていますから、本物が物珍しいだけでは」
スラッカ王国では、青髪の私が魔術師であることは広く知られている。
だから皆、私を見てみたいのだろう。
大勢の貴族たちが挨拶に来たし、視線も沢山浴びていた。
「それが人気ということだろ」
「そうなんでしょうか」
「何せレベッカは可愛くて強い、俺の自慢の婚約者だからな」
頬に軽くルーカス様の唇が触れる。
「他の者たちが興味を持つのも当然だ。まあ、誰にも渡すつもりはないが」
かあっと赤くなった頬に、もう一度ルーカス様の唇が触れた。
*****
「それでは師匠、また来ます。どうかお元気で」
「ああ。リサも家族と仲良く暮らしなさい」
翌日。最後に師匠と抱擁を交わして塔を出た。
(アレクにも別れの挨拶をしたかったけど)
彼は次の任務の準備があるからと、昨日の夜会にも参加していなかった。
でも、二度と会えないわけではないだろう。
私たちを乗せた馬車は王都を出ると速度を上げた。
(そういえば……結局、この世界とゲームとの関係は分からないのかな)
馬車に揺られながらふと思う。
神様も知らないと言っていた。
どうして私が転生したのか、何か意味があるのか。
(……ま、いいか)
ここがゲームの世界であろうとなかろうと。
どこかに主人公となる少女が生きていても。
私はレベッカ、そして青の魔女リサとしてここで生きていくのだから。
*****
帰国途中、元いたギルドに寄り道をして仲間たちと再会して。
長い旅を終えて、私たちはようやくトウルネン王国へ戻って来た。
半年ぶりの王都へ入る門をくぐる。
「あれ?」
「どうした」
違和感を感じて思わず声が出ると、ルーカス様が聞き返した。
「結界に……隙間があるような」
行きには感じなかったのに。
ルーカス様は目を見開くと、呆れたようにため息をついた。
「時間経過などで結界に隙間が生じることはあるのか」
「いえ、それはあり得ません」
「では人為的か」
「おそらく……」
赤竜事件の犯人は皆捕まったはずなのに。
また別の人間が?
(教会の腐敗はまだあるってことかな)
司祭一人を捕えたところで、すぐ変わるようなものでもないのだろう。
「――この国でも青の魔女の出番はありそうだな」
「そうですね」
せっかく一仕事終えたばかりだけど。
(まあでも仕方ないか)
私の力が役立てるなら、頑張るしかない。
活気のある大通りを抜けて、馬車は王宮へと入っていった。
「やっと帰って来たな」
「はい」
本当にやっとだ。
あっという間のように感じるけれど、それでもやはり長かった。
馬車が停まり扉が開く。
先にルーカス様が下りると私へ向かって手を伸ばした。
その手を取ろうとすると、ルーカス様の手が腰に周り抱き上げられる。
「えっ待っ……!」
「いつもこうしているだろう」
いわゆるお姫様抱っこのように私を抱きかかえてルーカス様は笑った。
……確かに旅の間はこうやって馬車から下ろされていたけど!
ここは王宮だし!
(あれ? というか、そもそもこうやって下りるのって、おかしくない?)
アレクが言っていた、ベタベタしていたってこのこと!?
今更ながら気づいて、急に恥ずかしくなってくる。
「下ろしてくださいっ」
「遠慮するな」
「遠慮じゃなくて……!」
もがいて何とかルーカス様の腕から下りた。
「レベッカ!」
父の声が聞こえた。
「おとう……」
「レベッカ! 無事で良かった!」
ものすごい勢いで走ってきた父に、思い切り抱きつかれる。
「――あなた。そんなに力を入れたらレベッカが窒息してしまいますわ」
呆れたような母の声も聞こえる。
「お母様……ダニエルも」
父の腕から顔を出して、二人の姿を確認した。
家族皆で出迎えに来てくれたの?
「お帰り姉さん」
「怪我はなかった?」
「はい」
家族の顔を見渡して、胸の奥が熱くなる。
「……そうだお父様」
私を抱きしめる力を緩めた父に向く。
「私、思い出したんです。幼い時の記憶を」
「本当か!?」
「はい」
「ああ、それは良かった……」
嬉しそうに頬を緩めて、けれど父はすぐにその顔を曇らせた。
「いや、だが。思い出してしまったのだろう? 辛いことも……」
「……はい。でも、大丈夫です」
確かに、誘拐された時の記憶は、正直忘れていたかったけれど。
家族との思い出が失われたままよりはずっといい。
「そうか。……それでは、本当に『お帰り』だな、レベッカ」
「――はい。ただ今帰りました」
ふと視線を逸せると、私を見守っているルーカス様と視線があった。
その優しい眼差しにまた胸が熱くなる。
本当に、帰ってこられてよかった。
家族、そして好きな人がいるこの国に。
心からそう思って、私は家族たちと抱きしめあった。
おわり
最後までお読みいただき、ありがとうございました
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