19 / 66
第2章 王都と学園
07
しおりを挟む
入学した翌日、イリスは授業を終えると図書館に向かった。
学園長に呼び出されたレナルドに、一緒に帰りたいから待っていて欲しいと言われたのだ。
領地の屋敷にある図書室は魔術関係の本が主で、タウンハウスの方もあまり置いていない。
蔵書の豊富な学園の図書館は楽しみの一つでもあった。
「イリス・オービニエ様」
娯楽本でも読んでみようかと思い、冒険小説が並ぶ棚で一冊ずつ背表紙を追っていると声をかけられ、イリスは振り返った。
癖のある赤毛に、栗色の瞳の男子生徒が立っていた。
同じクラスにいた記憶はあるけれど、名前は…
「オレール・アルドワンと申します」
少年は自ら名乗った。
「父は大神殿で祭司長を務めています」
「…ああ…」
言われてみれば、優しげな目元は父親に良く似ていた。
「先日大神殿にいらした時に具合が悪くなられたそうですが、その後大丈夫だったかと父も心配しておりました」
「…ええ、大丈夫ですわ。ありがとうございます」
「何が身体に異変があったりなどはありませんか」
「いいえ、何も」
イリスは微笑んで答えた。
———早速きた。
オレールの優しげな瞳のその奥に、こちらを探るような気配を感じる。
大神殿で加護の光を受けた後。
クリストファーが迎えに来てすぐに帰ったまま、大神殿からは何も言ってこなかったけれど。
あれを見過ごす事はないだろうとは思っていた。
———まさか祭司長の息子が同級生だとは思いもよらなかったけれど。
「そう警戒しないで下さい」
表情に出てしまっていたのか、オレールは笑顔を向けた。
「私は貴女をお守りするよう、父から言われております」
「…守る?」
「父が言うには、大神ユーピテルはイリス様を歓迎していると。ならばイリス様は大神殿にとって大事なお方です」
オレールは胸に手を当てると頭を下げた。
「まだ見習いですが、私も神官の端くれです。何かあればどうぞお申し付け下さい」
「…ありがとう、ございます」
オレールの言う事は嘘ではないのだろう。
…全てでもないだろうけれど。
きっと大神殿は、あの光の意味を知りたいと思っているに違いない。
「あの…ユーピテル様が私を歓迎していると言うのは…?」
「イリス様が来られた時、空気が変わったそうです」
「空気?」
「はい、明るく澄んだものに変化したと」
祭司長になるくらいの人だ。
神の言葉は聞こえなくとも、その気を感じる事は出来るのだろう。
「本当に、あの後イリス様は何か変わった事はありませんか」
「ありません、けれど…」
加護を与えると言われたけれど、特にイリス自身、何か変化したように感じた事はない。
「けれど?」
「…父に報告した所、もしかしたら私の魔力が強すぎる事と関係があるのかもしれないと言われました」
「魔力が強すぎるのですか」
「今は落ち着いていますし、この腕輪を付けているので大丈夫ですが、幼い頃は魔力を制御出来ずに身の回りで変わった事が起きていましたので」
「…魔力を制御する腕輪ですか。初めて聞きました」
袖を少しまくり覗かせた腕輪に視線を移してオレールは言った。
「父が私用にと作ってくれました」
「ああ、オービニエ伯爵はとても優れた魔術師と聞いています」
オレールは頷いた。
「…それで、イリス様の魔力の強さと大神殿で起きた事が関係があると?」
「分かりませんけれど、可能性として考えつくのがそれくらいでしたので」
神の声を聞くのに魔力の量と強さが関係あるのは本当だ。
それを知る者がどれくらいいるかは分からないけれど。
ユーピテルの声を聞いた事、その加護を受けた事は誰にも言わないと家族で決めていた。
もしも大神殿から探りを入れられたら、イリスの魔力の強さを理由にしておこうという事も。
「そうなんですね」
納得したかは分からないけれど、オレールはそう言って笑みを浮かべた。
「近いうちにまた大神殿に来て頂きたいと父が申しておりました。是非お好きな時にお越しください」
「…ありがとうございます」
「先程も言った通り、私は貴女をお守りするのが役目です」
オレールはイリスの手を取った。
「どうぞ私を信用して下さい。きっと忠実に…」
「何をしてる」
手を引き寄せ、その甲に口づけを落とそうとした所で低い声が響いた。
「レナルド」
「人の婚約者に何をしている」
イリスを抱き寄せるとレナルドはオレールを睨みつけた。
「イリス様に忠誠を誓う所でした」
「忠誠?」
「私はオレール・アルドワン。神官見習いです」
オレールはレナルドに向かって頭を下げた。
「父である祭司長から、イリス様をお守りするよう命じられています」
「祭司長?…ああ、あの時の」
レナルドは眉をひそめた。
「イリスを守るとはどういう事だ」
「我々にとって大事なお方だからです」
「大事な?」
「大神の意思に従うのが神殿の役目。よろしかったら殿下もご一緒にまた大神殿においで下さい」
深く頭を下げると、オレールは図書館から出て行った。
学園長に呼び出されたレナルドに、一緒に帰りたいから待っていて欲しいと言われたのだ。
領地の屋敷にある図書室は魔術関係の本が主で、タウンハウスの方もあまり置いていない。
蔵書の豊富な学園の図書館は楽しみの一つでもあった。
「イリス・オービニエ様」
娯楽本でも読んでみようかと思い、冒険小説が並ぶ棚で一冊ずつ背表紙を追っていると声をかけられ、イリスは振り返った。
癖のある赤毛に、栗色の瞳の男子生徒が立っていた。
同じクラスにいた記憶はあるけれど、名前は…
「オレール・アルドワンと申します」
少年は自ら名乗った。
「父は大神殿で祭司長を務めています」
「…ああ…」
言われてみれば、優しげな目元は父親に良く似ていた。
「先日大神殿にいらした時に具合が悪くなられたそうですが、その後大丈夫だったかと父も心配しておりました」
「…ええ、大丈夫ですわ。ありがとうございます」
「何が身体に異変があったりなどはありませんか」
「いいえ、何も」
イリスは微笑んで答えた。
———早速きた。
オレールの優しげな瞳のその奥に、こちらを探るような気配を感じる。
大神殿で加護の光を受けた後。
クリストファーが迎えに来てすぐに帰ったまま、大神殿からは何も言ってこなかったけれど。
あれを見過ごす事はないだろうとは思っていた。
———まさか祭司長の息子が同級生だとは思いもよらなかったけれど。
「そう警戒しないで下さい」
表情に出てしまっていたのか、オレールは笑顔を向けた。
「私は貴女をお守りするよう、父から言われております」
「…守る?」
「父が言うには、大神ユーピテルはイリス様を歓迎していると。ならばイリス様は大神殿にとって大事なお方です」
オレールは胸に手を当てると頭を下げた。
「まだ見習いですが、私も神官の端くれです。何かあればどうぞお申し付け下さい」
「…ありがとう、ございます」
オレールの言う事は嘘ではないのだろう。
…全てでもないだろうけれど。
きっと大神殿は、あの光の意味を知りたいと思っているに違いない。
「あの…ユーピテル様が私を歓迎していると言うのは…?」
「イリス様が来られた時、空気が変わったそうです」
「空気?」
「はい、明るく澄んだものに変化したと」
祭司長になるくらいの人だ。
神の言葉は聞こえなくとも、その気を感じる事は出来るのだろう。
「本当に、あの後イリス様は何か変わった事はありませんか」
「ありません、けれど…」
加護を与えると言われたけれど、特にイリス自身、何か変化したように感じた事はない。
「けれど?」
「…父に報告した所、もしかしたら私の魔力が強すぎる事と関係があるのかもしれないと言われました」
「魔力が強すぎるのですか」
「今は落ち着いていますし、この腕輪を付けているので大丈夫ですが、幼い頃は魔力を制御出来ずに身の回りで変わった事が起きていましたので」
「…魔力を制御する腕輪ですか。初めて聞きました」
袖を少しまくり覗かせた腕輪に視線を移してオレールは言った。
「父が私用にと作ってくれました」
「ああ、オービニエ伯爵はとても優れた魔術師と聞いています」
オレールは頷いた。
「…それで、イリス様の魔力の強さと大神殿で起きた事が関係があると?」
「分かりませんけれど、可能性として考えつくのがそれくらいでしたので」
神の声を聞くのに魔力の量と強さが関係あるのは本当だ。
それを知る者がどれくらいいるかは分からないけれど。
ユーピテルの声を聞いた事、その加護を受けた事は誰にも言わないと家族で決めていた。
もしも大神殿から探りを入れられたら、イリスの魔力の強さを理由にしておこうという事も。
「そうなんですね」
納得したかは分からないけれど、オレールはそう言って笑みを浮かべた。
「近いうちにまた大神殿に来て頂きたいと父が申しておりました。是非お好きな時にお越しください」
「…ありがとうございます」
「先程も言った通り、私は貴女をお守りするのが役目です」
オレールはイリスの手を取った。
「どうぞ私を信用して下さい。きっと忠実に…」
「何をしてる」
手を引き寄せ、その甲に口づけを落とそうとした所で低い声が響いた。
「レナルド」
「人の婚約者に何をしている」
イリスを抱き寄せるとレナルドはオレールを睨みつけた。
「イリス様に忠誠を誓う所でした」
「忠誠?」
「私はオレール・アルドワン。神官見習いです」
オレールはレナルドに向かって頭を下げた。
「父である祭司長から、イリス様をお守りするよう命じられています」
「祭司長?…ああ、あの時の」
レナルドは眉をひそめた。
「イリスを守るとはどういう事だ」
「我々にとって大事なお方だからです」
「大事な?」
「大神の意思に従うのが神殿の役目。よろしかったら殿下もご一緒にまた大神殿においで下さい」
深く頭を下げると、オレールは図書館から出て行った。
3
あなたにおすすめの小説
王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~
しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。
豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。
――食事が、冷めているのだ。
どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。
「温かいごはんが食べたい」
そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。
地下厨房からの高速搬送。
専用レーンを爆走するカートメイド。
扉の開閉に命をかけるオープナー。
ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!?
温かさは、ホッとさせてくれる。
それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。
冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、
食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ!
-
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。
夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。
辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。
側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。
※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。
私に価値がないと言ったこと、後悔しませんね?
みこと。
恋愛
鉛色の髪と目を持つクローディアは"鉱石姫"と呼ばれ、婚約者ランバートからおざなりに扱われていた。
「俺には"宝石姫"であるタバサのほうが相応しい」そう言ってランバートは、新年祭のパートナーに、クローディアではなくタバサを伴う。
(あんなヤツ、こっちから婚約破棄してやりたいのに!)
現代日本にはなかった身分差のせいで、伯爵令嬢クローディアは、侯爵家のランバートに逆らえない。
そう、クローディアは転生者だった。現代知識で鉱石を扱い、カイロはじめ防寒具をドレス下に仕込む彼女は、冷えに苦しむ他国の王女リアナを助けるが──。
なんとリアナ王女の正体は、王子リアンで?
この出会いが、クローディアに新しい道を拓く!
※小説家になろう様でも「私に価値がないと言ったこと、後悔しませんね? 〜不実な婚約者を見限って。冷え性令嬢は、熱愛を希望します」というタイトルで掲載しています。
ハーレム系ギャルゲの捨てられヒロインに転生しましたが、わたしだけを愛してくれる夫と共に元婚約者を見返してやります!
ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
ハーレム系ギャルゲー『シックス・パレット』の捨てられヒロインである侯爵令嬢、ベルメ・ルビロスに転生した主人公、ベルメ。転生したギャルゲーの主人公キャラである第一王子、アインアルドの第一夫人になるはずだったはずが、次々にヒロインが第一王子と結ばれて行き、夫人の順番がどんどん後ろになって、ついには婚約破棄されてしまう。
しかし、それは、一夫多妻制度が嫌なベルメによるための長期に渡る計画によるもの。
無事に望む通りに婚約破棄され、自由に生きようとした矢先、ベルメは元婚約者から、新たな婚約者候補をあてがわれてしまう。それは、社交も公務もしない、引きこもりの第八王子のオクトールだった。
『おさがり』と揶揄されるベルメと出自をアインアルドにけなされたオクトール、アインアルドに見下された二人は、アインアルドにやり返すことを決め、互いに手を取ることとなり――。
【この作品は、別名義で投稿していたものを改題・加筆修正したものになります。ご了承ください】
【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています】
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
【完結】ありのままのわたしを愛して
彩華(あやはな)
恋愛
私、ノエルは左目に傷があった。
そのため学園では悪意に晒されている。婚約者であるマルス様は庇ってくれないので、図書館に逃げていた。そんな時、外交官である兄が国外視察から帰ってきたことで、王立大図書館に行けることに。そこで、一人の青年に会うー。
私は好きなことをしてはいけないの?傷があってはいけないの?
自分が自分らしくあるために私は動き出すー。ありのままでいいよね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる