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第2章 王都と学園
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入学した翌日、イリスは授業を終えると図書館に向かった。
学園長に呼び出されたレナルドに、一緒に帰りたいから待っていて欲しいと言われたのだ。
領地の屋敷にある図書室は魔術関係の本が主で、タウンハウスの方もあまり置いていない。
蔵書の豊富な学園の図書館は楽しみの一つでもあった。
「イリス・オービニエ様」
娯楽本でも読んでみようかと思い、冒険小説が並ぶ棚で一冊ずつ背表紙を追っていると声をかけられ、イリスは振り返った。
癖のある赤毛に、栗色の瞳の男子生徒が立っていた。
同じクラスにいた記憶はあるけれど、名前は…
「オレール・アルドワンと申します」
少年は自ら名乗った。
「父は大神殿で祭司長を務めています」
「…ああ…」
言われてみれば、優しげな目元は父親に良く似ていた。
「先日大神殿にいらした時に具合が悪くなられたそうですが、その後大丈夫だったかと父も心配しておりました」
「…ええ、大丈夫ですわ。ありがとうございます」
「何が身体に異変があったりなどはありませんか」
「いいえ、何も」
イリスは微笑んで答えた。
———早速きた。
オレールの優しげな瞳のその奥に、こちらを探るような気配を感じる。
大神殿で加護の光を受けた後。
クリストファーが迎えに来てすぐに帰ったまま、大神殿からは何も言ってこなかったけれど。
あれを見過ごす事はないだろうとは思っていた。
———まさか祭司長の息子が同級生だとは思いもよらなかったけれど。
「そう警戒しないで下さい」
表情に出てしまっていたのか、オレールは笑顔を向けた。
「私は貴女をお守りするよう、父から言われております」
「…守る?」
「父が言うには、大神ユーピテルはイリス様を歓迎していると。ならばイリス様は大神殿にとって大事なお方です」
オレールは胸に手を当てると頭を下げた。
「まだ見習いですが、私も神官の端くれです。何かあればどうぞお申し付け下さい」
「…ありがとう、ございます」
オレールの言う事は嘘ではないのだろう。
…全てでもないだろうけれど。
きっと大神殿は、あの光の意味を知りたいと思っているに違いない。
「あの…ユーピテル様が私を歓迎していると言うのは…?」
「イリス様が来られた時、空気が変わったそうです」
「空気?」
「はい、明るく澄んだものに変化したと」
祭司長になるくらいの人だ。
神の言葉は聞こえなくとも、その気を感じる事は出来るのだろう。
「本当に、あの後イリス様は何か変わった事はありませんか」
「ありません、けれど…」
加護を与えると言われたけれど、特にイリス自身、何か変化したように感じた事はない。
「けれど?」
「…父に報告した所、もしかしたら私の魔力が強すぎる事と関係があるのかもしれないと言われました」
「魔力が強すぎるのですか」
「今は落ち着いていますし、この腕輪を付けているので大丈夫ですが、幼い頃は魔力を制御出来ずに身の回りで変わった事が起きていましたので」
「…魔力を制御する腕輪ですか。初めて聞きました」
袖を少しまくり覗かせた腕輪に視線を移してオレールは言った。
「父が私用にと作ってくれました」
「ああ、オービニエ伯爵はとても優れた魔術師と聞いています」
オレールは頷いた。
「…それで、イリス様の魔力の強さと大神殿で起きた事が関係があると?」
「分かりませんけれど、可能性として考えつくのがそれくらいでしたので」
神の声を聞くのに魔力の量と強さが関係あるのは本当だ。
それを知る者がどれくらいいるかは分からないけれど。
ユーピテルの声を聞いた事、その加護を受けた事は誰にも言わないと家族で決めていた。
もしも大神殿から探りを入れられたら、イリスの魔力の強さを理由にしておこうという事も。
「そうなんですね」
納得したかは分からないけれど、オレールはそう言って笑みを浮かべた。
「近いうちにまた大神殿に来て頂きたいと父が申しておりました。是非お好きな時にお越しください」
「…ありがとうございます」
「先程も言った通り、私は貴女をお守りするのが役目です」
オレールはイリスの手を取った。
「どうぞ私を信用して下さい。きっと忠実に…」
「何をしてる」
手を引き寄せ、その甲に口づけを落とそうとした所で低い声が響いた。
「レナルド」
「人の婚約者に何をしている」
イリスを抱き寄せるとレナルドはオレールを睨みつけた。
「イリス様に忠誠を誓う所でした」
「忠誠?」
「私はオレール・アルドワン。神官見習いです」
オレールはレナルドに向かって頭を下げた。
「父である祭司長から、イリス様をお守りするよう命じられています」
「祭司長?…ああ、あの時の」
レナルドは眉をひそめた。
「イリスを守るとはどういう事だ」
「我々にとって大事なお方だからです」
「大事な?」
「大神の意思に従うのが神殿の役目。よろしかったら殿下もご一緒にまた大神殿においで下さい」
深く頭を下げると、オレールは図書館から出て行った。
学園長に呼び出されたレナルドに、一緒に帰りたいから待っていて欲しいと言われたのだ。
領地の屋敷にある図書室は魔術関係の本が主で、タウンハウスの方もあまり置いていない。
蔵書の豊富な学園の図書館は楽しみの一つでもあった。
「イリス・オービニエ様」
娯楽本でも読んでみようかと思い、冒険小説が並ぶ棚で一冊ずつ背表紙を追っていると声をかけられ、イリスは振り返った。
癖のある赤毛に、栗色の瞳の男子生徒が立っていた。
同じクラスにいた記憶はあるけれど、名前は…
「オレール・アルドワンと申します」
少年は自ら名乗った。
「父は大神殿で祭司長を務めています」
「…ああ…」
言われてみれば、優しげな目元は父親に良く似ていた。
「先日大神殿にいらした時に具合が悪くなられたそうですが、その後大丈夫だったかと父も心配しておりました」
「…ええ、大丈夫ですわ。ありがとうございます」
「何が身体に異変があったりなどはありませんか」
「いいえ、何も」
イリスは微笑んで答えた。
———早速きた。
オレールの優しげな瞳のその奥に、こちらを探るような気配を感じる。
大神殿で加護の光を受けた後。
クリストファーが迎えに来てすぐに帰ったまま、大神殿からは何も言ってこなかったけれど。
あれを見過ごす事はないだろうとは思っていた。
———まさか祭司長の息子が同級生だとは思いもよらなかったけれど。
「そう警戒しないで下さい」
表情に出てしまっていたのか、オレールは笑顔を向けた。
「私は貴女をお守りするよう、父から言われております」
「…守る?」
「父が言うには、大神ユーピテルはイリス様を歓迎していると。ならばイリス様は大神殿にとって大事なお方です」
オレールは胸に手を当てると頭を下げた。
「まだ見習いですが、私も神官の端くれです。何かあればどうぞお申し付け下さい」
「…ありがとう、ございます」
オレールの言う事は嘘ではないのだろう。
…全てでもないだろうけれど。
きっと大神殿は、あの光の意味を知りたいと思っているに違いない。
「あの…ユーピテル様が私を歓迎していると言うのは…?」
「イリス様が来られた時、空気が変わったそうです」
「空気?」
「はい、明るく澄んだものに変化したと」
祭司長になるくらいの人だ。
神の言葉は聞こえなくとも、その気を感じる事は出来るのだろう。
「本当に、あの後イリス様は何か変わった事はありませんか」
「ありません、けれど…」
加護を与えると言われたけれど、特にイリス自身、何か変化したように感じた事はない。
「けれど?」
「…父に報告した所、もしかしたら私の魔力が強すぎる事と関係があるのかもしれないと言われました」
「魔力が強すぎるのですか」
「今は落ち着いていますし、この腕輪を付けているので大丈夫ですが、幼い頃は魔力を制御出来ずに身の回りで変わった事が起きていましたので」
「…魔力を制御する腕輪ですか。初めて聞きました」
袖を少しまくり覗かせた腕輪に視線を移してオレールは言った。
「父が私用にと作ってくれました」
「ああ、オービニエ伯爵はとても優れた魔術師と聞いています」
オレールは頷いた。
「…それで、イリス様の魔力の強さと大神殿で起きた事が関係があると?」
「分かりませんけれど、可能性として考えつくのがそれくらいでしたので」
神の声を聞くのに魔力の量と強さが関係あるのは本当だ。
それを知る者がどれくらいいるかは分からないけれど。
ユーピテルの声を聞いた事、その加護を受けた事は誰にも言わないと家族で決めていた。
もしも大神殿から探りを入れられたら、イリスの魔力の強さを理由にしておこうという事も。
「そうなんですね」
納得したかは分からないけれど、オレールはそう言って笑みを浮かべた。
「近いうちにまた大神殿に来て頂きたいと父が申しておりました。是非お好きな時にお越しください」
「…ありがとうございます」
「先程も言った通り、私は貴女をお守りするのが役目です」
オレールはイリスの手を取った。
「どうぞ私を信用して下さい。きっと忠実に…」
「何をしてる」
手を引き寄せ、その甲に口づけを落とそうとした所で低い声が響いた。
「レナルド」
「人の婚約者に何をしている」
イリスを抱き寄せるとレナルドはオレールを睨みつけた。
「イリス様に忠誠を誓う所でした」
「忠誠?」
「私はオレール・アルドワン。神官見習いです」
オレールはレナルドに向かって頭を下げた。
「父である祭司長から、イリス様をお守りするよう命じられています」
「祭司長?…ああ、あの時の」
レナルドは眉をひそめた。
「イリスを守るとはどういう事だ」
「我々にとって大事なお方だからです」
「大事な?」
「大神の意思に従うのが神殿の役目。よろしかったら殿下もご一緒にまた大神殿においで下さい」
深く頭を下げると、オレールは図書館から出て行った。
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