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第5章

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「心を繋ぎ止めるって、どうすればいいんだ?」
スチュアートは書類から目を離すと声の主を見た。

政務室にあるソファに座って、ルイスは手の中のハーブ水が入ったグラスに視線を落としていた。
「どうした」
「———ローズに情けない所ばかり見せている」
グラスを見つめたまま、ルイスはため息をついた。

「…情けないというか、それがお前の素なんじゃないのか」
非難するような眼差しを送られて、スチュアートはふっと笑みをもらした。
剣技の腕は帝国一だと讃えられる、けれど剣に力を入れるばかり色恋事には不器用なこの一つ下のハトコの事を、スチュアートは弟のように見守ってきた。

「お前はお前らしく、ローズを大切にすればいい」
「そうなんだが…」
「ルチアーナに言われた事を気にしているのか」
肯定するかのように、ルイスはグラスの中身を一気に飲み干した。

「ルチアーナの言う事をそう真に受けるな。彼女は〝奪われた側〟だからね、過剰に心配してしまうんだ」
「———奪われた側、か」
皇女を巡るルイスとルチアーナの祖父達の話は、エインズワース家の特異性を語るエピソードの一つとして子供の頃から聞かされていた。

子供の頃は、その特異性とやらが分からなかった。
だがローズへの恋心を自覚して———こういう事なのか、と納得した。
彼女を手に入れる為ならばどんな努力も惜しくない。
異例の速さで騎士団の副団長になったのだって、〝その時〟に騎士団を動かす為の権力を手に入れる為だ。


しばらく空になったグラスを見つめて、ルイスは顔を上げるとスチュアートを見た。
「お前も、奪われた側なんだよな」
「何がだ?」
「俺はお前からローズを奪った」

「———奪われたんじゃない。私は〝手放した〟んだ」
ルイスを見つめ返してスチュアートは言った。
「私はルチアーナと結婚しなければならなかった」
「だからってローズを諦められるのか?」
「諦めるのが、私の立場だ」

「———俺には理解できないな。失恋したならともかく…」
ローズの初恋がスチュアートだったように。
スチュアートもまたローズに特別な感情を持っていた事を、ルイスは知っている。

「諦められる人間もいるという事だ」
個人の心よりも国益を優先する。
それが未来の皇帝として当然の務めだと、スチュアートは思っている。
「それに恋と結婚は別物だ。心の中で配偶者以外の者の事を思うのは自由だろう?」
スチュアートの言葉に、ルイスは目を見開いた。

「…まだローズの事———」
「ローズは大事な大事な〝妹〟だよ。———表向きはね」
にっこりと、スチュアートは笑ってみせた。
「そんな顔しなくても手は出さないよ」
「当たり前だ」
———もしもルイスが彼女を傷つけるような事があったら分からないけどね。
口に出したらタダでは済まないような言葉を心の中で続けた。

ルイスの、本人がまだ気づいていないローズへの思いに気づいたからこそ———自分は手放そうと思ったのだ。
彼が自覚すれば迷わずローズを求めるだろうと。
ルイスと争う事は、この国にとって不利益しかない。

エインズワースの男が己の心に忠実であるように。
皇家の男は帝国に忠実でなければならないのだ。


「ルイスとローズは、私にとって大事な〝弟と妹〟だよ」
念押しするように、自分に言い聞かせるように。
スチュアートは目の前の青年に向かって笑顔でそう言った。
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