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10歳〜アストレカ大陸編【戴冠式と入学試験】

プロローグ アッシュの災難

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ここは、ガーランド法王国王城の2階バルコニー付近。

「アッシュの不埒者~~~~」
リリヤさんが怒りの形相で、右腕を大きく振り上げ、アッシュさんに向けて、一気に振り下ろされる。
《パアアーーーーン》
「なんで~~~」
不埒者扱いされたアッシュさんの悲痛な叫びが木霊する。

リリヤさんの右手がアッシュさんの左ほほに華麗にスマッシュヒットし、ぶたれたアッシュさんは、錐揉み回転しながらバルコニーの低い壁をぶち壊し、一階へと落ちていった。彼の左右にいた獣人族王族の少女カルシュナさんと隠れ魔人族のマデリンさんも、これには驚き……

「「アッシューーーーーー!!!」」
2人同時に、叫ぶ羽目となった。


~時は少し遡る~


法王達のお仕置き執行から、2日が経過した。法王や臣下達は、ガーランド法王国を解体するべく、各国への謝罪と損害賠償の対応以外にも、新たな国の王となるアドルフ教皇に、ここで行われている政治体制を教えていく。アドルフ教皇の動きは実に機敏で、新たな人材を確保するべく、彼自身がアストレカ大陸全国家の王達に人材要請を訴え、各国も真摯に受け止め、人材を人選している最中である。

王城内では多くの獣人達が慌ただしく動いている中、私、カムイ、トキワさん、アッシュさん、隠れ魔人族のマデリンさんの5人は2階バルコニーにて、優雅に冷たい飲み物とケーキを頂いている。私達を担当する二人のメイドは壁際に控え、私達が不満を抱かないよう、常に飲み物の残り具合や周囲へ気配を伺っている。

「あの…シャーロット様、私がここにいても宜しいのでしょうか?」
マデリンさんは、自分だけ場違いと思っているのか、申し訳ない表情となっている。
「私がマデリンさんを招待したのですから、ここにいて良いんです。それに、長からも法王達の動向を探るよう言われているでしょ?」

あのお仕置き以降、私達がここに留まっている間限定で、マデリンさんは王族の動向を見張るよう、長から指示を受けている。彼女は堂々と王族達を見張っているのだけど、私達が護衛も兼ねているので、マデリンさんに害意を向ける者はいない。また、彼女自身の人柄が非常に好印象なため、獣人達からの人気も高い。

「そうなんですけど……明らかに場違いな気がして」
多分、それは服装のせいだ。彼女の服装は地味なワンピース、私達の服装よりも多少質素に見えてしまう。

「そんな事はありませんよ。堂々と、王族達を見張りましょう」
「あはは…私の場合、アッシュ達と城内を見学しているだけなんですけど…見張りって、こういうものだっけ?」

そういう見張りもあるのです。

 現在、貴族達のお仕置きを執行し、アドルフ教皇との話し合いも終了したことで、私の仕事が一時的に中断されている。新たな人材に関しても、ここに到着しない限り、私としても構造解析できない。隠れ魔人族の方でも、今すぐにハーモニック大陸へ移住するというわけではない。長が主導となって、今後の生き方を皆と話し合っている段階なのだ。差別撤廃が進んでいく以上、これまでの窮屈な生き方を強いられることは無くなった。だから、この大陸で生活していくことを望む人がいるかもしれない。進路としては……

1) 故郷となるハーモニック大陸へ移住
2) 長と共に、3年間だけこの国に留まり、元王族達を見張る
3) 差別意識の低いエルディア王国へ移住

この3通りとなる。皆の意見がきちんと固まるまで、私としても動けない。だから、この2日間、私は仲間達と共に、のんびりと王城内で休息をとっている。まあ、あと4日で、このほのぼのとした雰囲気も終わってしまうのだけどね。

昨日、ドレイクから通信が入り、フランジュ帝国の戴冠式の日程が正式に決まったのだ。帝国の時間だと5日後の朝11時、エルディア王国の時間に換算すると、4日後の昼14時だ。時差が21時間もあることを、初めて知ったよ。ブライアン国王陛下やお父様達家族には、既に日程を伝えている。フランジュ帝国における新たな王の戴冠式は、手法が他国とかなり異なっている。ハーモニック大陸全国家の国王達を帝都へ招待し、戴冠式に出席させる。そして式にて、新たな帝王が自分なりのやり方で、自らの力を大きくアピールする。

こうすることで、大陸の全国家の国王達に対し、《フランジュ帝国と戦争を起こす場合、帝王と戦うことを覚悟しておけ!》と思い込ませるわけだ。ただ、これまでフランジュ帝国が帝王の力を用いて、大陸全土を支配するような戦争を起こしたことなどない。そう考えると、この【戴冠式】というのは、戦争の抑止力として、各国の王族達に【帝王】という存在を強く鮮明に記憶させるための儀式のようなものだろう。

お父様達を戴冠式に招待することは可能なのだけど、グローバル通信機でその件に触れると……

《シャーロット…言葉の壁がある。それに、大陸間での戦争の件を解決させていない以上、帝国の方々も対応に困るだろう。私としても、娘の晴れ姿を是非見たいのだが、自分本位に考えてはいけない。私もエルサも、欠席させてもらう……すまない》

という感じで、お父様達は不参加となってしまった。【コネクション】スキルで、私と私の家族を繋ぎ、そこに【全言語理解】を入れれば、言葉の壁を突破できるのだけど、自分本位に考えてはいけないよね。

この2日間、大きな問題も起きていない。明日にでも、エルディア王国に戻って、再度ブライアン国王陛下やお父様達に、ここでの状況と戴冠式の件を報告しよう。そういえば、クックイスクイズが想定外の全員リタイアとなったことで、アッシュさんとトキワさん以外のメンバーは、クックイス遺跡に転移されたんだ。二人は、今後どうしたいのかな?

「アッシュさん、トキワさん、私は明日、エルディア王国王都に戻ります。お2人はどうしますか? ジストニス王国王都に戻りますか?」

「僕は、シャーロットと行動を共にするよ。君の故郷を見たいしね。戴冠式に向かう際、一緒に転移してくれればいいよ」
近日中に、ハーモニック大陸へ行くのだから、今戻る必要もないか。

「俺も、アッシュと同じだ。一度、シャーロットの故郷を見ておきたい」

トキワさんは、1度ハーモニック大陸に戻っている。クックイスクイズが中止になった時、カクさんはトキワさんを、スミレさんのいる街へと転移させた。トキワさんはスミレさんにこれまでの出来事を正直に話したらしく、アストレカ大陸での話をした時、彼女からこってりと搾られたらしい。その後の話し合いで、私の戴冠式が終わったら、即座に街へ戻ってくるよう厳命されたそうだ。その日はスミレさんの家で一泊して、カクさんの力で再びここへ戻ってきた。トキワさんからこの話を聞いた時、彼はスミレさんに対し、かなり尻に敷かれていると、皆が思ったね!

「それじゃあ、4人で私の故郷へ行きましょう。戴冠式までは、私の別邸で泊まればいいです。あとで、お父様とお母様に連絡しておきます」

「ねえねえシャーロット、リリヤも連れて行こうよ。彼女だけ仲間外れは可哀想だよ」
「「「あ!?」」」
カムイの言葉で、私達はリリヤさんのことを思い出した。色々とあったせいで、彼女の存在を完全に忘れていた。

「リリヤ? 確か…アッシュの恋人よね?」
そうか、マデリンさんは、まだ会ったことがないよね。
「ああ。クックイスクイズの2つ前のチェックポイントで敗退して、先にハーモニック大陸ジストニス王国の王都に戻っているんだ」

私と別れた後、次のチェックポイントで敗退して、ゴムゴムロープで強制的にジストニス王国の王都に飛ばされたと、アッシュさんから聞いている。こっちの騒動も収まったことだし、リリヤさんを連れて来てもいいよね。

「シャーロット、申し訳ないんだけど、転移魔法でリリヤを連れてこれないかな?」

転移魔法…か。ここはガーラン法王国だから、消費MPは往復52124も使用してしまう。燃費が悪すぎる! 消費MPをもっと低く抑えれる方法はないのかな? 

……待てよ!?

リリヤさんをここに呼び出せばいいのだから、別に転移魔法に拘る必要ないよね? 理論だけで考えると、これって【従魔召喚】と一緒だ。私と従魔達との魂が繋がっているから、従魔が何処にいようともその経路を辿ることで、簡単に主人のもとへ召喚される。だから、消費MPも50と低い。つまり、私とリリヤさんが何かで繋がっていれば召喚可能なはずだ。

あ……このスキルなら代用できるかな? 

スキル【ポイントアイ】で、リリヤさんの現在位置に関しては、私のステータスに表示されているマップを見ることで把握できる。これって、リリヤさんと繋がっていることになるよね?

「転移魔法だと、消費MPが高すぎるので、リリヤさんをここへ召喚してみます」
「「「「召喚!?」」」」

アッシュさんもトキワさんもマデリンさんも驚いているということは、この考えに至ったことがないんだね。

「私には、スキル【ポイントアイ】があります。私の仲間達に関しては、全員登録していますので、現在位置が何処にいるのか大凡わかります。これって、従魔と主人の契約ラインに似ていませんか?」

私の問いに、真っ先に反応したのはトキワさんだ。

「従魔と主人の契約は魂で直結したものだ。シャーロットとリリヤの場合、スキルで繋がっている……似てはいるが……本当に試す気か?」

「はい。仮に、適当な魔物が現れても、その場で粉砕します」
あ、私のやる気が伝わったのか、3人が後方に下がった。
さて、上手くいくかな?

「従魔召喚陣発動」
この召喚陣を通して、リリヤさんに繋がるといいのだけど?

《リリヤさん、聞こえますか?》
……応答がない。やっぱり無理か?
《…る。…の声はシャーロット?》
あ、聞こえた!
《リリヤさん、お久しぶりです。私はシャーロットです。今、私はアストレカ大陸にいます。そこで、新魔法を試しているところなんです》
《アストレカ大陸!? なんで、通信できるの!? 新魔法?》

あ、いきなり召喚したら、リリヤさんも驚くよね。

《従魔召喚ならぬ、人族召喚を試そうと思っています》
《うええ!? まさか…私を召喚するの?》
《その通りです。私の近くには、アッシュさんとトキワさんもいます。クックイスクイズの挑戦者達が全員リタイアしたので、合流したんですよ》

アッシュさんがここにいれば、彼女も召喚に応じてくれるよね。

《全員リタイア!? ……詳しい話も聞きたいし、私を召喚してほしいけど……上手くいくの?》
《多分、大丈夫です》

私がアッシュさんを見ると、いつの間にかカルシュナ王女が彼の隣にいた。私の召喚を聞いたのか、私を見守っているようだ。

《それでは、いきますよ? 準備はいいですか?》
《うん、大丈夫!》
召喚の際、間違いが起こらないよう、種族と名前をきちんと言っておこう。

「召喚、魔鬼族、リリヤ・マッケンジー!」
召喚陣が青く輝きだした!? 従魔の時は赤く輝くはずだ!

眩い青の閃光が迸り、光が収まると、召喚陣の中には1人の女の子が佇んでいた。そこにいるのは、間違いなく私の仲間、リリヤさんだ。

《ピコン》
《召喚魔法【人族召喚】を習得しました》
「やった、成功!」

無属性魔法【人族召喚】  消費MP50
スキル【ポイントアイ】で登録した者を、使用者のもとへ召喚できる。
ただし、相手の許可が下りなければ召喚不可。

「あ、シャーロットがいる! 本当に、召喚されたんだ。アッ……」
うん? リリヤさんがとある場所を見て固まっている? 

え、リリヤさんがアッシュさんのもとへダッシュした! しかも、何故か怒りの形相をしている? 私が後ろを振り向くと……

マデリンさんが顔を強張らせたまま、アッシュさんの右腕にしがみ付き、カルシュナさんも彼女と同じく、彼の左腕にしがみ付いていた。あ、まさか……


……冒頭に戻る……


なんというか…タイミングが悪かった。哀れ、アッシュさんは3股をしたと誤解されたまま、1階へと転落してしまった。マデリンさんもカルシュナさんも慌てて、通常経路で1階へと駆け下りていく。

「リリヤさん、完全に誤解です。あの2人は、魔物が召喚陣から出てきたと勘違いして、恐怖でアッシュさんに抱きついていただけなんです。アッシュさんが3股しているわけではありません」

「あ~あ、リリヤ、やっちゃったね。僕と同じミスを犯したね」
カムイの時は、マデリンさんがアッシュさんに抱きついていたせいで、威圧の操作をミスって、王都内の人達を全員気絶させたんだ。

「嘘!」
リリヤさんの顔が真っ青だ。
「アッシュ~~~~~~!!! ごめ~~ん」
リリヤさんが、ベランダの壊れた所から1階へ飛び降りた!
「……あ!?」
「げふ!!! リリヤ……誤解……だ」
「いや~~違うの~~私が勘違いしただけなの~~~~~~!!!」

嫌な予感がして、慌ててバルコニーから1階を覗くと……リリヤさんの飛び降りた場所が、アッシュさんの腹の上だった。これが地球で起きていたら内臓破裂を起こしているだろうけど、ここではステータスの数値とスキルが大きく影響してくる。今のリリヤさんの強さ程度なら、アッシュさんも軽傷程度ですむ。

ただ、アッシュさんがショックで気絶してしまい、それを見たリリヤさん、カルシュナさん、マデリンさんの3名が、彼を大きく揺さぶっている。

「シャーロット、わざとあのタイミングでリリヤを召喚したのか?」
トキワさんから、まさかの発言!?

「偶然です!」
リリヤさんの召喚で、こんな災難がアッシュさんの身に降りかかるとは思わなかった。
アッシュさん……ごめんね。





○○○ 作者からの一言


次回更新予定日は1/26(土)10時40分です。

10歳からの物語は、新章の5話からとなります!
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