元構造解析研究者の異世界冒険譚

犬社護

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1巻

1-1

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 1話 構造解析研究者、死す


 はあ、ここ三ヶ月の苦労がむくわれたわ。
 私――持水もちみずかおるは、とある製薬会社の研究員だ。三ヶ月前、上司から物質Xの構造解析を頼まれた。物質Xは、とある病気に関わるタンパク質なのだが、これまで大量生産が不可能だったため、構造解析はなされてこなかった。このたび、大量とまではいかないが、それなりの量が生産できるようになったので、私に構造解析の仕事が回ってきたのである。
 ――そして三ヶ月経った今、かなり苦戦したけど、X線解析やNMR(核磁気共鳴)といった機器を駆使して、世界で初めて物質Xの立体構造を解析できた。
 現在、私は研究所の二階にあるフロアの一角で、パソコンで物質Xの立体構造を眺めている。ここはフロア全体がオープンスペースとなっており、同僚たちもここで議論し、実験をおこなっている。世界初の発見をこんな場所で見ていいのかと疑問に思うかもしれないが、私のパソコンはネット接続していないし、傍目はためからはなんの構造解析データなのかわからないため、まず情報が盗まれることはない。
 それにしても、この3Dで表示されたXの立体構造、いいわ。この形、この曲線、いくつものユニットが組み合わさったこの全体像、素晴らしい! ここ三ヶ月、残業を続けたかいがあった。

「薫さん、その笑顔が気持ち悪いです」

 私の横に現れたのは、後輩の伊宮鈴いみやすずだった。二十六歳、独身、現在片思い中の男性あり。ナチュラルなショートヘアで、歳のわりに若く見えるから、男性社員に人気がある。

「鈴、このタンパク質の立体構造がやっとわかったのよ。あなたにもわかるでしょう? この構造のすごさが!」
「……あの、確かにわかりますよ。ただ、先輩のおっしゃすごさと私の思うすごさは、違う気がします」
「――やめとけ、鈴。薫がこの状態に入ると、しばらく戻ってこないのは知っているだろ」

 お、一条いちじょうのお出ましか。
 一条まこと、三十歳、独身、私の同期で超イケメン。男として文句の付けどころがない性格のため、女性陣が常にロックオンしている。機会があれば話しかけられたり、食事に誘われている場面を数多く見てきた。でも残念、一条には片思い中の女性がいる。今、私の目の前にいる鈴だ。

「はあ~そうでした。一条さん、薫さんはどうしてずっと一般研究員でいるんですか? もったいないですよ。どう考えても、チームリーダーにもなれる優秀さです。薫さんのおかげで、多くの物質の立体構造がわかり、その機能も解明できたじゃないですか。しかも薫さん本人も、それらの実績を全部他の人に譲っているし……みんな、おかしいですよ」
「あーうすうすわかっていると思うが、こいつは未知の物質の立体構造を知りたいだけなんだよ。立体構造フェチなんだ。未知の物質の新機能とかはついでだ。立体構造がわかれば、あとはもういらないから、人に譲っているんだよ。上の連中もそれがわかっているんで、平の研究員のままにして、構造解析ばかりやらせているんだ。その代わり、チームリーダー並みの給料をもらっているぞ。周りの連中も、薫の実績を知っているから、何をしても誰一人文句を言わん」

 その通りだよ、一条! 私は、物質の立体構造がわかれば、他のことは心底どうでもいい。

「薫さんが望んでいるのならいいんですけど、もったいないな~」

 さて、物質Xの立体構造を十分に堪能たんのうしたところで、報告書を作ろうか。

「それはともかく、薫さん、そろそろ昼食の時間ですよ」

 あれ? もう、そんな時間? 時計を見たら、ちょうど十二時を指していた。三十歳を過ぎたら時間が経つのが早くなると聞いたことがあるけど、本当かもしれない。

「じゃあ、三人で昼食にいきますか! 今日は、肉うどんでいいかな」

 私が席を立つと、それに連動するように、みんな続々と仕事をやめ、一階の食堂へ歩き出した。

「肉うどんだけじゃ、栄養がかたよっちゃいますよ。昨日まで残業していたんだし、もう少し栄養のあるレディースランチにしてください! せめて、サラダを食べてください」
「ははは、鈴は完全に薫の妹みたいだな」
「うんうん、鈴が私の妹になってくれたら大歓迎するわ」
「私も、薫さんがお姉さんのように感じますよ」

 私たちが部屋を出て通路を歩いていると、道をなかふさぐように大型機器が置かれているのを見つけた。確か、廃棄処分する予定のものだったかな。
 私たちがその大型機器を避けようとした瞬間、研究所全体が少し揺れたように感じた。
 まさか、地震!?

「一条、なんか揺れてない?」
「ああ、地震か!」
「だんだん揺れが大きくなってますよ!」
「二人とも、機材から離れなさい!」

 しばらく身を屈めていると、揺れが収まった。そして、二人の様子を確認したら――

「……ちょっと二人とも、いつまで抱き合っているの?」
「え、あ、一条さん、すみません」
「い、いや、こっちこそすまん」

 この二人、両想いなんだから、いい加減どちらかが告白して付き合えばいいのに。
 あ、そんなことより!

「二人とも、実験室に行くわよ。機材が心配だわ。倒れてなきゃいいけどね。明日からの構造解析に差しさわる」
「薫さんの頭には、それしかないんですか?」
「ない!」
「即答するなよ。とにかく急ごう」

 実験室に行くと、地震対策済みだったので機材は無事だった。通路にある大型機器も問題ないわね。
 再び食堂に向かおうとしたら――またしても大きな揺れが研究所を襲う。しかも、さっきよりかなり強い!
 あ! 大型機器が大きく揺れて、鈴と一条がいる方へ倒れそうになってる!
 動け、私の足!
 大きな揺れの中、身体をあちこちぶつけながら、なんとか鈴と一条がいるところまで走った――

「鈴、一条、後ろを見なさい!」
「え」

 まずい、大型機器が二人に向かって倒れてきた。二人とも身体が硬直していて、このままだと下敷きになる! なんとしても、二人を助ける――


「か……お……る……さん」
「か…お……る」

 声が聞こえる。誰だろう? 私の名前を必死でさけんでいる人たちが目の前にいる。

「う……鈴……一条……無事?」

 なんだろう? 身体がまったく動かないし、感覚もない。あ、視界が開けてきた。

「薫さん! 薫さん、しっかりして! 救急車が来るから!」
「薫! もう少しの辛抱しんぼうだ! この大型機器を退かすから待っててくれ!」

 鈴が大粒おおつぶの涙を流しながら、私の名前を必死にさけんでいる。一条も、大型機器を一人で持ち上げようとしている。この感覚……私は……もうすぐ死ぬわね。せめて、あの二人には……幸せになって欲しい。最後に一言でいいから、鈴に話を……

「……鈴」
「はい、なんですか!」
「鈴、一条……あんたら両想いなんだから、恋人になって結婚しちゃえ」
「お、お前、こんなときに何を……」
「はい、はい、わかりました。だから死なないで!」

 鈴の返事を聞くと、私の意識は途絶えてしまった――


 ――ここはどこだろう? 白い空間に、私一人だけがいる。ふいに後ろから声が聞こえた。

「次は、あなたですね」

 振り向くと、ロングで黒髪の綺麗きれいな女性が立っていた。女の私が見惚みとれるほどの綺麗きれいさだわ。大和撫子やまとなでしこという表現がピッタリね。でも、ここまで綺麗きれいだと、無性に腹が立つわね。

「一発、なぐらせろ!」
「会ってそうそう、なにトチ狂ったことを言っているんですか!」

 あれ? あのとき、私は間違いなく死んだよね? 死因は、大型機器による圧死かな? ということは、ここは死後の世界? そうなると、この女性は……とにかく謝ろう。

「すみません。死んで間もないのに、いきなり最上級の美女が目の前に現れたので、同じ女である私への嫌味かと思い、なぐりたくなりました」
「そこ! 言ってることがおかしいです!」
「死んで間もないので、混乱していると思ってください」

 私が死んだのは、ついさっきだ。そこにこの白い空間、最上級美女の登場、冷静でいろという方が無理、言動がおかしくなって当たり前だ。というか、本音がダダ漏れになっていただけかな?

「まったく、あなたのような失礼極まりない人間は初めてです。コホン、改めて、私は地球の日本地区を担当する女神ミスラテルと申します。お察しの通り、あなたは先程の地震で死にました」
「女神様、鈴と一条を助けてから記憶がありません」
「死因は、大型機器の下敷きによる圧死ですかね。あなたが助けたお二人は、その後結婚し、三人の子供が生まれています。毎年、あなたのお墓参りをしていますよ」

 月日の経過が早すぎなのでは!?

「あなたの精神と魂が落ち着くまで、時間がかかったのです。あなたにとってはつい先程のことかもしれませんが、現世ではあの未曾有みぞうの大地震から十五年が経過しています」

 十五年!? その間、私は眠っていたようなものか。

「おおむね、状況を把握はあくできました。それで、女神様がどうして私の前に? まさか、私は神様の不注意で死んだとか?」
「違います。人口が多くなったとはいえ、きちんと管理しています。あなたは友人を助けて死ぬ運命だったのです。ただ、あなたのように綺麗きれいな魂を持ち、友を助けるほどの善行をした方には、救済措置そちが発生します」
「救済措置そち? どんな措置そちがあるのですか?」
「それは転生です。通常の場合、すぐには転生できませんが、あなた方のような善良な人たちが若くして亡くなった場合に限り発生する特例ですね」

 若く……三十歳でも若いと言えるのだろうか? 転生か……待てよ!

「あの、転生というのは、人間に転生するんですよね?」
「ええ、そうです」

 よかった~。いくら特例でも、アリとかキリギリスのような生物への転生は嫌だからね。

「それで転生先ですが、この地球にしますか? それとも別の惑星にしますか?」

 今なんて言った、この女神? 別の惑星? では試しに、あれを言ってみよう。

「魔法のある異世界に転生とかいうのはないですか?」
「は~」

 えー、いきなり溜息ためいきをつかれた。なぜ?

「ここ最近、亡くなった若い人たちは、必ずそれを言いますね。言っておきますが、こことは別の空間にある世界のことなのでしょうが、そんなものあるわけないでしょう」

 断言された。夢も希望もないな。でも、まだあきらめない。

「それじゃあ、この宇宙の中で、魔法が使える人間が住んでいる惑星はありますか?」
「それならあります。あなたたちの言うステータスも存在しています」

 やった! 言ってみるものだ。それなら異世界と変わらない。これだけ宇宙は広いのだから、魔法がある惑星は必ず存在していると思ったのよ。

「そこに転生をお願いします」
「わかりました。特典として、二つのスキルを差し上げましょう。限度がありますが、何がいいですか?」
「『構造解析』と『構造編集』でお願いします」

 やっぱり、この二つは外せない。

「『構造解析』? ああ『鑑定』のことですね」

 この女神、『構造解析』と『鑑定』を同義と思っている?

「今なんて言ったのかしら~、女神様~」
「え、だから『鑑定』だと。あれ? なんか怒ってます?」

 うん、この女神には、お説教が必要のようだ。

「『鑑定』と『構造解析』はまったく異なるものです。『鑑定』は外側から物品を見て、それが本物か偽物かを判断したり、優良か劣悪かを判断します。ただし、人によっては価値観の違いで誤ることもあります。『構造解析』は内側から物品を見て、一つ一つの分子構造を詳細に解析するのです。よって、誤った結果を出しません。全てが真実なのです。『構造編集』は解析した構造を編集することにより、物品をより進化させることができるのです」

『構造編集』に関しては、そんな技術があればいいな、と常日頃から思っていたものだ。

「わ、わかりました。丁寧ていねいな説明ありがとうございます。『構造解析』と『構造編集』、確かにそのようなスキルがあれば面白そうですね。私が新たに作り、あなたの中に入れておきましょう」

 よっしゃ! 言ってみるものだ。あ、それと――

「女神様、転生したら前世の記憶や性格はどうなるのですか?」
「前世の記憶を残すのか消去するのかは、あなた方にお任せしています」
「残したまま、転生をお願いします」
「わかりました。転生先は公爵家の長女となっていますが、よろしいですか?」

 貴族か、まあ長女なら変な扱いをされることはないだろうし、いいかな。

「はい、それでお願いします」

 その後、女神様から転生した後のことで、いくつか注意点を教えられた。
 一.惑星ガーランドの大気には、空気だけでなく、魔素も含まれる。
 二.魔素があるため、全ての生物には魔力が宿っている。
 三.『魔力感知』『魔力操作』『魔力循環』といった数多くのスキルや魔法が存在する。
 四.三歳になるまで、魔力の使用禁止――特にこれはきつく忠告された。

「最近、前世の記憶を残しつつ、〇歳の頃から魔力の修業をしようとする若い人が続出しています。理由を聞くと、小さい頃から修業をすると魔力が異常に高まって、大人になってからチートができるという理由でした。馬鹿としか言いようがないですね。よく考えてください。確かに子供の頃から熱心に修業をすると、魔力は異常に高まります。ですが、産まれたばかりで身体もまったく育っていない状態から、魔力の修業をしてはいけません。魔力は確かに出ますよ。でも、制御できません。無理にすると……最悪死にます。よくても、二度と魔力が出ない身体になるでしょう。私は、再三注意しました。それでも若者たちは、チートのために実行するんです。そして、見るも無残な結果となった人が続出しました。いいですか、あなたはやってはいけませんよ。やるにしても、『魔力感知』だけにしてください。あれなら魔力が身体の外に出ることはないし、危険はないでしょう。魔力の修業は三歳からです」

 美人が台無しになるほどのすご形相ぎょうそうで言われたため、少し引いてしまった。女神様がこれだけ真剣に言うのだから、本当のことなのだろう。
 惑星ガーランド、転生先は公爵家の長女、三歳になるまで訓練禁止、全ての重要事項を把握はあくしたところで、お別れの時間が訪れた。

「あなたならば、転生後の新たな人生を謳歌おうかできるでしょう」

 女神様が言い終わると、私の身体は光に包まれていった。
 どんどん光は強くなっていき、そこで意識が途切れた――


         ○○○


 行きましたか。不思議な女性でしたね。あんなスキルを望むなんて思いもしませんでした。心の綺麗きれいな方でしたから、悪用することはないでしょう。ただ、生まれる年が問題ですね。確か聖女が生まれる年だったはず。妙なことに巻き込まれないといいのですが……
 それでは、次の方を転生させましょうか。
 この子は十五歳の女性でしたか。



 2話 神託


 惑星ガーランドには、アストレカ、ハーモニック、ランダルキアという三つの大きな大陸があり、人間、獣人、ドワーフ、エルフ、竜人、魔人といった多くの種族が闊歩かっぽしている。
 そして――人間の比率が高いアストレカ大陸の南端に位置するエルディア王国では、深夜れい時を過ぎ新年を迎えたこともあって、多くの人々が新たな年の門出を祝っていた。みんなが楽しく酒をみ交わす中、神ガーランドをまつる教会では、とある神託がくだされた。
 今から二十年後、大災厄が訪れる。
 しかし、恐れるな。今年生まれる女の子の中に聖女がいる。
 聖女は十歳になると頭角を現し、多くの人々を救うだろう。
 やがて勇者も現れ、大災厄の源をはらう。
 ただし、安心することなかれ。
 聖女の働き次第では、勇者は現れない。大災厄ははらわれない。
 その場合、国は滅亡するだろう。
 この神託を知ったエルディア王は、今年女の子が生まれたときは、国に必ず報告するよう命令をくだした。神託の内容は世間に公表されたが、『今年聖女が生まれる』という部分だけだった。国民たちが混乱しないようにするための配慮だったのだが、これが原因で『とある女の子』に真意が伝わらなかった。そのため五年後、彼女の『とある行動』をきっかけに、神託に記された未来が大きく変化することを、この時点で誰一人予測していなかった。そう、神託をくだした神ガーランド自身さえも……


         ◯◯◯


 ガーランド歴千三百六十九年、エルバラン領の領主であるエルバラン公爵家に一人の赤ん坊が産まれようとしていた。当主のジーク・エルバランと、その息子であるラルフが、ダブルサイズのベッドで苦しんでいる女性エルサを見守っていた。
 ラルフはまだ三歳ということもあり、出産の意味をきちんと理解していないが、苦しそうにうめく母親を見て、只事ただごとではないのを察していた。父の言い付けを守り、ソファでじっと母親を見つめている。
 一方のジークは、ソファに座っているものの、落ち着きがなく、時折妻のエルサに「頑張がんばれ、もう少しだ!」とエールを送っていた。そばに行きたい気持ちを必死に抑え、妻が無事に新たな命を産んでくれることを強く願っていた。
 ラルフとジークに見守られているエルサは、赤ん坊を産もうと必死だった。隣には、六十歳くらいの助産婦が、必死に赤ちゃんを取り出そうとしていた。そして――

「おぎゃー! おぎゃー!」
「奥様、おめでとうございます。可愛かわいい女の子ですよ」

 産まれた赤ん坊は、銀色の髪で薄い青色の瞳をしており、母親似だった。

「はあ、はあ、はあ、ジーク……女の子ですって……とても可愛かわいいわ」

 息も絶え絶えではあったが、エルサは自分の娘の誕生に深く感動していた。

「エルサ、頑張がんばったな。可愛かわいい女の子だ。名前は、シャーロットだ! ラルフ、今日から兄さんにだぞ」
「お兄ちゃん? えへへ、お兄ちゃん、僕は今日からお兄ちゃんなんだ! シャーロット、お兄ちゃんだよ~」

 仲睦なかむつまじい家族で、周りは笑顔に包まれていた。ただし、一人だけ笑っていない者がいた。シャーロット本人である。
 ――やめてよ~。シャーロットはやめてほしい。恥ずかしすぎる! 成長して、姿が名前と違いすぎたらどうするのよ~。まさか、産まれてすぐに自我を持つとは思わなかった。絶対に知られたくない。知られたらヤバイ。あの女神~、少しは気を使えよ!!
 シャーロットはずっと愚痴ぐちを言い続けていたが、それは「おぎゃー」にしかならず、周りからは元気な女の子だと判断されてしまった。
 持水薫改め、シャーロット・エルバランの転生譚が今始まる。



 3話 三歳になりました


 私――シャーロット・エルバランは三歳になった。ここまで長い道程だった。まさか、産まれた直後から自我があるとは思わなかった。〇歳で自我があるとばれたら、気持ち悪いと思われて最悪捨てられる。転生した途端、親に捨てられるのは悲惨ひさんすぎる。だから、家族や使用人たちの前では喜怒哀楽の表情に気をつけた。また、転生するときに女神様がこの星の言語を理解できるようにしてくれたみたいだが、言葉が通じているとバレないようにも注意するはめになった。どこの世界に、言葉を全て理解できる〇歳児がいる。
 ともかく、動けない〇歳の間は、家の中限定で、周囲の景色や両親と使用人たちとの会話で、惑星ガーランドを知ることに集中した。
 女神様のアドバイスから、『魔力感知』スキルだけを集中して訓練していたのだが、退屈しなかった。生物全てから感じる魔力の質? 色? とにかく構造解析とは違う面白さがあるのだ。
 一歳近くになると、家周辺の生物を感知できるようになった。そして一歳二ヶ月となったとき、なんと精霊様が見えるようになった。どうやら普通の人には見えないらしい。毎日遊んでいたせいか、私のことを気に入ってくれた。
 精霊様たちと出会って一週間ほどすると、急に頭の中に声が聞こえてきた。どうも、私の知能が高いことを不思議に思ったらしく、テレパシーに近い魔法で話しかけてきたようだ。そこで、前世の記憶があること、地震で命を落とし、地球の女神様の計らいで惑星ガーランドへ転生し、産まれた直後から自我があることなんかを話した。そうしたら、精霊様たちは同情してくれて、より親密さが増した。
 しばらく経つと、遊ぶだけだと悪いと思ったのか、惑星ガーランドの環境やスキル、魔法、魔導具などを基礎から丁寧ていねいに教えてくれた。でも一歳からこんな知識を付けて、問題ないのだろうか?
 ただ、せっかく教えてくれているんだから、文句は言えないよね。何事も基礎が一番大事なので、しっかり学ばせてもらった。
 そのおかげで、この世界のことも詳しくなった。ここは地球よりも少し小さい。人間、エルフ、獣人、ドワーフなど多種多様な種族がいる。私がいる国は、人間が統治するエルディア王国だ。
 スキルと魔法のレベルは1~10まである。魔法を使用するためには、自分自身が持つ属性と魔力量を把握はあくしなければならない。
 属性は、精霊の種類と同じ数だけ存在しており、火・水・土・木・風・雷・空間・光・闇の九つがある。人は、産まれつき属性を持つらしいが、人によって所持する属性が異なっているらしく、一つしか持たない人もいれば、四つ持つ人もいるし、まれに九つ全てを持っている人もいる。
 そして、魔法は所持している属性しか使用することができない。
 こういった具合に、精霊様は数多くのことを私に教えてくれた。本当にありがたい。ただし、教えてもらっただけで、使用はできない。肝心の技術がないからだ。
 私は女神様の言い付けを守った。今までは、『魔力感知』しか使っていない。そして、三歳となった今、やっと『魔力操作』と『魔力循環』の訓練ができる。チートとかはできないだろうけど、子供の段階で基礎スキルを上げておいた方が、魔法とかも覚えやすいはずだ。
 私の人生は、ここから新たな一歩を踏み出す!


 ――現在、私はお母様と文字の勉強をしている。
 母の名前はエルサ。私と同じ銀髪で、瞳は薄い青、どこかいやされるフンワリとした綺麗きれいな顔立ちをしている。服装も、顔に似合うさわやかなデザインのドレスを着用している。私は三歳だから、ドレスを着るのはまだ早いよね。重要なお客様が訪れたときは別だけど、普段は街の子供たちよりも少し上等くらいの子供服を着ている。
 うちは、公爵家だからといって、無駄に豪華な服は着ない。いつどこで災害が発生するかわからないから、質素倹約し、余った予算や食糧は備蓄しているのだ。

「ふふ、シャーロットは可愛かわいいわね~。見てて、いやされるわー」
「嬉しい、お母様」

 うーん、中身が三十三歳のおばさんだから、自分の発した言葉に違和感を覚える。まあ、かなり慣れてきてはいるけど、自分が三歳であることを忘れてはいけない。
 コンコンと、ドアをたたく音が聞こえた。昼食の時間かな?

「は~い。どうぞ」
「失礼いたします。奥様、シャーロットお嬢様、昼食の準備ができました」
「わかりました。シャーロット、行きましょうか」
「は~い」

 呼びに来たのは、メイドのマリル、十五歳の女性だ。この人は本当に苦労人なんだよね。五年前、村が盗賊に襲われ、まだ小さかった弟さんとなんとか逃げのび、私のお父様と出会ってメイドになったそうだ。髪色は赤く、長さはセミロング、まだ幼さを残しているけど、可愛かわいいというより綺麗きれいな顔立ちだ。

「お嬢様、先日はありがとうございました。お嬢様が教えてくれたおかげで、池の近くで高熱を出していた弟を発見できました。すぐに医者にてもらい、薬を処方してもらいました。今は健康に戻り、後遺症もありません」
「私じゃないよ。木の精霊様が教えてくれたの。いつも、花のお世話をしてくれているお礼だって。感謝は木の精霊様に言ってね。助かって良かったね」

 私がそう言うと、マリルは周りをキョロキョロした。木の精霊様を探しているのかな?

「木の精霊様、ありがとうございます。ところで奥様、お嬢様、お願いがあるのですが?」
「あら、マリルからのお願いは珍しいわね」
「な~に?」
「お嬢様を抱きしめてもいいですか?」

 は? なぜ抱きしめる必要が?

「ふふふ、あなたもシャーロットにやられちゃったかな」
「え、別にいいけど?」
「ありがとうございます。……あ~いやされます」

 なんで? 確かに私の見た目は、自分で言うのもなんだが可愛かわいい。長い銀髪、パッチリお目目、見ててフワッとした印象がある。でも、抱きしめただけでいやされるのだろうか?

「そろそろ、みんなのところに行きましょう」

 お母様の言葉で、マリルは名残なごりしそうに私から離れていった。ちなみに、私が精霊様たちを見て話もできることは、家の中では周知の事実となっている。たまに、精霊様たちから聞いたことをお父様に告げていたためだ。あまり話せない時期だったので、内容をわからせるのに苦労した。今でも、話すときは細心の注意を払っている。演技するのは大変だ。
 食堂には、すでにお父様とお兄様がいた。

「お父様、遅くなりました」
「大丈夫だよ、シャーロット。私たちも、今来たばかりだからね」

 お父様は、相変わらずさわやかな顔だ。

「シャーロット、おいで」
「はい、お兄様」

 お兄様も、お父様に負けないほどさわやかな顔なんだよね。
 お父様は三十二歳らしいけど、年齢より若く見える。お兄様もまだ六歳だけど、お父様に似ている。将来イケメンになって、女性陣に囲まれるだろうね。あのさわやかな顔で、綺麗きれいな歯をチラッと見せて微笑ほほえんだら、何人の女性が撃沈されるだろうか?

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