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「俺……大丈夫だと思ってた」
バーの奥にある小部屋で、綾瀬は壁にもたれるように膝を抱えて座っていた。
テツも隣に寄り添うように座っている。
それを、エージは椅子に腰かけてじっと見つめていた。
サチ姐とスーちゃんはカウンターで客の相手をしている。賑やかな話声が時折聞こえてきた。
「そういう場面を見ても、平気でいられるって思ってた。普通の人を好きになったんだから、そうなっても仕方がないって……いつもちゃんと覚悟はしてたよ」
テツは綾瀬の背中を優しく撫でていた。
「頭ん中で何度もシミュレーションしてさ、何を見ても驚かないぞって……諦める覚悟もしてた」
「……」
エージは優しく微笑んで頷いた。
「倉見さんには婚約者がいたんだ。本当は結婚するはずだったけど、それがダメになって……たまたま1人でいるだけ。普通に結婚するような人だったんだよね」
「……」
「初めから、手の届く人じゃなかったんだ。その話を聞いた時に、俺、諦めればよかったのに」
綾瀬はそう言うと、肩を震わせた。こみ上げてきた涙を必死に堪える。テツが「カズミ君……」と呟く。
「エージさんの言った通りだよ。俺、どっかで期待してた。もしかしたら、ワンチャンあるんじゃないかなって――」
「――」
「その気にさせてやろうって、思ってた」
店の客がカラオケを始めたのか、かなり調子はずれの音程で歌い始めた。綾瀬はそれをぼんやりと聞きながら小さく笑うと、「自分になら落とせるかもって変な自信があったんだ」と言った。そして泣きそうな目でエージを見る。
「でも急に怖くなって……」
エージは何も言わずにその目を見つめた。
「嫌われたらどうしよう、避けられたらどうしよう、倉見さんにもしそんな態度を取られたら、俺――」
「……」
「拒否られて避けられるのは初めてじゃないけど、でもそれを倉見さんにされたらって思ったら本当に怖くて」
「本気になっちゃったんだ?」
エージに聞かれて綾瀬は頷いた。
「ただの男友達でいれば、ずっと一緒にいられるけど、ただの男友達ってどうやったらなれるの?あんな風に女の人と、ただ一緒にいる所を見ただけで頭が真っ白になるなんて……ただの男友達ならそうはならないよね?」
「そうだな」
エージは笑うと、「毎回そんな事でヤキモキするのも疲れるしな」と頷いた。
「ならいっそ本人に聞いてみたら?」
エージに言われて綾瀬は、え?と驚いた。
「俺はあなたの事好きだけど、あなたはどう?って」
「そんなこと……怖くて聞けないよ」
「なんで?」
「だって――」
綾瀬は、いつぞやの車内で交わした会話をエージに言った。するとエージは苦笑して言った。
「それはお前が茶化して言うからだろう?」
「だって怖かったんだもん。本気で言ったらドン引きされるって感じたから」
「茶化さず真剣に言ってみなよ。たとえそれで拒否られても、どのみちだろう?」
「……」
「もしフラれたら、慰めてあげるから」
その言葉にテツも頷くと、優しく肩を撫でた。エージは綾瀬の顔を覗き込むと、涙で濡れた頬に優しく手を当てて言った。
「一海の気持ちをちゃんと伝えてごらん。誠実そうな人だから、きっと真面目に答えてくれるよ。それでもしダメだったら潔く諦めろ。でももしうまくいったら、その時は店に連れてきてよ」
「エージさん……」
「俺見たいなぁ……一海を追い込んで泣かせた男」
そう言って笑うエージに、テツも笑うと、「爽やかなイケメン君ね」とウインクしてみせた。
綾瀬は俯くと、溢れてくる涙を必死に拭いながら何度も「うん。うん」と頷いた。
「それにしてもヘッタクソな歌だな……」
大音量で歌が聞こえてくる。リズムも音程も外しまくりで聞くに堪えないほど酷かった。
「ったく――うるせぇ!」
エージは顔をしかめると思い切り悪態を突いた。
それを見て綾瀬とテツは顔を見合わせると、声を上げて笑った。
バーの奥にある小部屋で、綾瀬は壁にもたれるように膝を抱えて座っていた。
テツも隣に寄り添うように座っている。
それを、エージは椅子に腰かけてじっと見つめていた。
サチ姐とスーちゃんはカウンターで客の相手をしている。賑やかな話声が時折聞こえてきた。
「そういう場面を見ても、平気でいられるって思ってた。普通の人を好きになったんだから、そうなっても仕方がないって……いつもちゃんと覚悟はしてたよ」
テツは綾瀬の背中を優しく撫でていた。
「頭ん中で何度もシミュレーションしてさ、何を見ても驚かないぞって……諦める覚悟もしてた」
「……」
エージは優しく微笑んで頷いた。
「倉見さんには婚約者がいたんだ。本当は結婚するはずだったけど、それがダメになって……たまたま1人でいるだけ。普通に結婚するような人だったんだよね」
「……」
「初めから、手の届く人じゃなかったんだ。その話を聞いた時に、俺、諦めればよかったのに」
綾瀬はそう言うと、肩を震わせた。こみ上げてきた涙を必死に堪える。テツが「カズミ君……」と呟く。
「エージさんの言った通りだよ。俺、どっかで期待してた。もしかしたら、ワンチャンあるんじゃないかなって――」
「――」
「その気にさせてやろうって、思ってた」
店の客がカラオケを始めたのか、かなり調子はずれの音程で歌い始めた。綾瀬はそれをぼんやりと聞きながら小さく笑うと、「自分になら落とせるかもって変な自信があったんだ」と言った。そして泣きそうな目でエージを見る。
「でも急に怖くなって……」
エージは何も言わずにその目を見つめた。
「嫌われたらどうしよう、避けられたらどうしよう、倉見さんにもしそんな態度を取られたら、俺――」
「……」
「拒否られて避けられるのは初めてじゃないけど、でもそれを倉見さんにされたらって思ったら本当に怖くて」
「本気になっちゃったんだ?」
エージに聞かれて綾瀬は頷いた。
「ただの男友達でいれば、ずっと一緒にいられるけど、ただの男友達ってどうやったらなれるの?あんな風に女の人と、ただ一緒にいる所を見ただけで頭が真っ白になるなんて……ただの男友達ならそうはならないよね?」
「そうだな」
エージは笑うと、「毎回そんな事でヤキモキするのも疲れるしな」と頷いた。
「ならいっそ本人に聞いてみたら?」
エージに言われて綾瀬は、え?と驚いた。
「俺はあなたの事好きだけど、あなたはどう?って」
「そんなこと……怖くて聞けないよ」
「なんで?」
「だって――」
綾瀬は、いつぞやの車内で交わした会話をエージに言った。するとエージは苦笑して言った。
「それはお前が茶化して言うからだろう?」
「だって怖かったんだもん。本気で言ったらドン引きされるって感じたから」
「茶化さず真剣に言ってみなよ。たとえそれで拒否られても、どのみちだろう?」
「……」
「もしフラれたら、慰めてあげるから」
その言葉にテツも頷くと、優しく肩を撫でた。エージは綾瀬の顔を覗き込むと、涙で濡れた頬に優しく手を当てて言った。
「一海の気持ちをちゃんと伝えてごらん。誠実そうな人だから、きっと真面目に答えてくれるよ。それでもしダメだったら潔く諦めろ。でももしうまくいったら、その時は店に連れてきてよ」
「エージさん……」
「俺見たいなぁ……一海を追い込んで泣かせた男」
そう言って笑うエージに、テツも笑うと、「爽やかなイケメン君ね」とウインクしてみせた。
綾瀬は俯くと、溢れてくる涙を必死に拭いながら何度も「うん。うん」と頷いた。
「それにしてもヘッタクソな歌だな……」
大音量で歌が聞こえてくる。リズムも音程も外しまくりで聞くに堪えないほど酷かった。
「ったく――うるせぇ!」
エージは顔をしかめると思い切り悪態を突いた。
それを見て綾瀬とテツは顔を見合わせると、声を上げて笑った。
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