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しおりを挟むとても男らしく、なんてカッコいい男気なんだと拓也と共に尊敬していた由宇だったが、一瞬にして疑いにかかる。
「先生……もしかして違ったの……?」
理由はいくらでも後付け出来る。
だが、これ以上の美談はないはずなので、その憶測が違うとなると一体どんな理由で右手を庇ったのか。
由宇の口角が引き攣った。
と同時に、橘の口元も含み笑いに変わる。
「……いや、まぁ。 ぶっちゃけるとだな。 メシ食いづれぇのと、電子煙草持ちにくいのと、運転しにくくなるってのと、右が利き手だからお前抱く時に不便だなってのと……」
「も、もういい! 分かった!!」
「まぁ聞け。 まだあんだよ」
「何!!」
(なんだよなんだよ……! 全然美談じゃなかった! それも先生らしいって言えば先生らしいけど、俺と拓也さんの尊敬の気持ち返せぇぇーーっっ!)
飄々と言い募るいつもの悪魔な橘は、喉の奥でククッと笑っていて何とも悠々としている。
これは若干、裏切られた感がある。
それだけが橘を好きでいる理由には到底ならないけれど、危うく幻滅一歩手前だ。
嘘でも「そうだ」と言ってくれれば良かったのに、素直で真っ直ぐな人柄故にぶっちゃけたのだろうが……由宇は唖然だった。
「おい聞けよ。 由宇」
「むむっ……っ」
名前で呼ばれてドキッとする間もなく、ほっぺたをつねられる。
何だよ、と不満たらたらで三白眼を見詰めると、フッと悪魔がお目見えした。
「今のはあん時、頭ん中で一瞬で考えた事だ。 実を言うとな、……こんな事言いたくねーけど、ドス握る直前まで俺は躊躇した」
「……えっ!? そ、そうなんだ……?」
「あぁ。 これ握ったら絶対縫合なんだろ、跡残るよな、て事はお前に触る時気持ち悪りぃって思われんじゃねーのって」
「……そんな……そんな事思わないよ!」
「分かんねーじゃん。 少なくともあん時の俺はちょっとビビった。 お前に触りたくてウズウズしてたし、いざ触って不気味がられたらさすがの俺も凹む」
「ちょ、ちょっ、先生っ……手がやらしいよ……! ……やっっ……」
凹む、と言いながら、由宇のバスローブの隙間からするりと手のひらを差し込んだ橘は、胸元を直に触って乳首をくにくにし始めた。
小さな突起が少しずつ隆起し、橘の指先の感触が由宇の甘えた声を生む。
「これ握る覚悟あんなら、お前が誰を好きでも構わねぇ、襲っちまえって腹括った。 握ったところで死ぬわきゃねーって分かってたしな。 だから左にした。 以上」
「先、生……っ、待っ……やっ、!」
橘の右手が、由宇の左の乳首をこれでもかと弄ぶ。
置き去りにされた右の乳首も触れられたくてウズウズしてしまい、橘の胸に倒れ込んで「やめて」と涙目で見上げた。
いつからこんなに乳首が感じるようになったのか。
濃厚な初体験で欲は満たされたはずなのに、由宇の下腹部がジンジンしていて橘の話が入ってこない。
「感動したか?」
ちゅっ、と軽やかなキスを落としてきた橘に見下ろされたけれど、話半分だった由宇には乳首を弄られての快感の方が勝ってしまっていた。
「……っ! ……ちょっとだけ……」
「ちょっとかよ」
「だって先生が……っ!」
弄ぶだけ弄んで、わずかに反応した由宇の下腹部を見もせず橘の右手は肩に舞い戻ってきた。
隆起した乳首はバスローブが擦れただけでピリッと感じてしまう。
不完全燃焼とはこの事で、快感を知ってしまった由宇は前屈みになって欲を抑えなければならなかった。
橘に呼び起こされたのだからどうにかしてほしいのに、彼はひっそりと昂る由宇の欲情を見て見ぬフリしている。
「俺はな、お前の事しか頭になかった。 これ握った後、あの家出るまで絶対に意識飛ばせねーなって考えてたら、思った以上に出血しやがって止血が不十分だった。 だんだん目の前が青白くなってきてな。 でも俺があそこでぶっ倒れたら、お前があの家に取り残される事になんだろ。 それだけは阻止しねーとって俺様なりに踏ん張ったんだぞ」
「……せ、……先生……」
「あの不倫野郎共がはじめから親父さんのとこ行ってりゃ、話は早かったのにな。 お前に怖い思いもさせなくて済んだし、……悲しませる事も無かった」
「………………」
「まぁその事に関してはアイツらのせいには出来ねぇな。 俺が悪りぃ。 お前を悲しませたのは俺自身だもんな」
「……い、いいよ……そんな……。 大丈夫だから」
美談よりも、美談があった。
うっかり昂りかけた欲がサラサラとどこかへ飛んで行ってしまうほど、橘の言葉にグッときた。
由宇の事しか頭に無かった──。
教壇に立ち、チョークを握って黒板に文字を書く不便さより、募る由宇への愛情を最優先にしたという事だ。
橘が言った事はすべて真実だろう。
けれど、自らも不便だが、教師としてよりも一人の人間として由宇を想う気持ちが勝っての行動だったとは……。
──黒板に文字が書けなくなる。 授業に支障が出る恐れがある。
教師としての本分よりも由宇の事が脳裏によぎり、あの咄嗟の場で橘なりに葛藤したらしいと知ると、尊敬に値した美談よりも、由宇にとってそれは……喜ばしい情話となった。
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